第6話 修行開幕

 朝六時と少し早めに設定したアラームがけたたましく鳴り、僕を起こした。

 新しい部屋に僅かに不慣れな感じを覚えながら、着替えを済ませて食堂へ向かう。


「お、イブキおはよう。今日から修行頑張ろうね」


「おはようございます! 今日から頑張るので、よろしくお願いします!」


 食堂には既にレイスさんがいて、朝食を作ってくれているようだった。


 程なくしてレオさんとセツカさんも来て、四人でフレンチトーストを食べる。

 レイスさんのフレンチトーストは一級品ともいえるくらい美味しいもので、甘いハチミツの味が口内全体に広がった。ここに来てから、これまで栄養ゼリーしか食べていなかった僕の味覚が満たされて行っているような気がする。


「それじゃあイブキ、八時から配信始めるから、それまでに用意しといてね。初日から飛ばしてくよ!」


 朝食を食べ終えると、レイスさんはそれだけ言い残して自分の部屋へと戻ってしまった。やっぱり少し怖いな……。


 僕は部屋で軽くストレッチをしてから、修行場へと向かった。

 修行場には既にレイスさんが来ていて、僕が来たことに気付くと声をかけてくれた。


「若干息が上がってる……。ストレッチしてたの?」


「あ、一応してました。やっといた方が良いと思って……」


「やる気があるのは良い事だよイブキ。頑張ろうね」


 レイスさんに褒められてモチベーションが上がったところで、配信が始まった。


「みんなおはよ~。レイスと」


「あっ……、イブキです!」


『おはよ~!』

『イブキの不慣れな感じが可愛い』

『早速修行か⁉』


 レイスさんの唐突なフリにすぐに反応できなかったが、それはそれで視聴者の反応は良さげだった。みんな僕に優しいのは嬉しいけれど、何でこんなにウケてるんだろう……? 僕はいたって真面目にやってるんだけど。


「イブキ、今日は基礎トレーニング……と言いたいところなんだけど、それだと動画映えしなさそうだから、その細い体を補うために魔力での肉体強化を教えるよ」


「うっ……、また細いって言われた……」


『実際ほっそいから仕方なし』

『この二人のやりとり好きだわw』

『レイスさんに言い返せるくらいにたくましくなれ、未来の勇者!』


 まあでも、こんなに細い体ではまともに戦えないだろう。勇者としてもみっともない。この辺りは配信以外の自己練習で鍛えるしか無さそうだな。


「魔物と戦うには、勿論攻撃魔法も大切だけど、自分自身の身体能力もすごく大事になるの。だから、冒険者は肉体強化の魔法で自分を強化する。イブキにはこれの使い方を学んでもらうよ」


 肉体強化の魔法。これを使えば、僕も少しは強くなれそうだ。貧弱な腕に力を込めながらそう思った。


「肉体強化の魔法は、最初は昨日と同じ。丹田にある魔力を意識する。そしたら、今度はその魔力を全身に纏うイメージでコントロールする。やってみて!」


「……こう、ですかね?」


 全神経を丹田に集中させて魔力を感知した後、それを鎧のように纏う想像をした。次の瞬間、僕の全身が魔力に包まれて、体が軽くなる……ような感覚がした。


「いいね! ちゃんとできてるよ! それじゃあ、そのままあっちまで走ってみて」


 レイスさんが指さしたのは、五十メートルくらい先にある藁人形だった。

 五十メートル走、最後に計ったのは高校一年の時だっけ。確かあの時の記録は九秒。あれから引きこもってほとんど運動してなかったし、遅くなってるだろうなぁ……。

 そう思いながら、僕は地面を蹴って走り出す。


 不思議な事に、体が軽く楽に進んでいく。自分の体じゃないみたいだ。

 そしてあっという間に藁人形の所までたどり着いていた。走り終わるまで本当に一瞬で、何ならもっと走れそうだった。昔の僕が聞いたら驚くだろうな。


「記録は……、五秒三!」


『はっや!』

『みんな当たり前に使ってるけど、身体強化の魔法って結構ヤバいんだよな……』

『引きこもりでもこんなに早くなるんだ……、すげぇ』

『悲報 ワイ、五十メートル走で元引きこもりに負ける』

『↑魔法使ってるんだから当たり前だろw』


 みんな驚いていたが、正直僕が一番驚いていた。魔法一つでここまで変わってしまうなんて……。もしかして、五十メートル走を五秒くらいで走っていた人は全員この魔法を使ってたのか? などという邪推もしてしまいたくなる。


「やっぱりイブキ、潜在的な魔法のセンスは結構高いと思うんだよ。それだけじゃない。潜在している魔力量も、多分私より多い」


 僕の走りを見ただけなのに、レイスさんはいきなりとんでもない事を言って来た。


「え⁉ いやいやいやいや、そんな訳ないじゃないですか! 僕の魔力量がレイスさんより多いなんて……」


『え、マジで?』

『これも勇者の血筋ってヤツ?』

『マジの才能の原石だった……。レイスさん人を見る目ありすぎでしょ』


 僕も視聴者も驚き困惑していると、レイスさんが説明してくれた。


「正直私も、初めての身体強化でここまで上手くいくとは思ってなかったんだ。素の肉体からの強化度はかなり高いと思う」


「え~、そうですか~?」


 レイスさんにかなり真面目に褒められ、僕は少しデレてしまう。……それを羨む視聴者も少しいたけれど。


「でも、魔力の出力と身体能力が低すぎるせいでとんでもなく弱くなってる。要するに基礎が出来てないんだね。やっぱりそこから叩きなおさないと」


 潜在的な能力の高さをほめて持ち上げた後で、致命的な弱点を叩かれて落とされた。レイスさん、やっぱり手厳しいよ……。


「それじゃあ、身体強化魔法の練習も込みで山道ランニング! そうだね……、ここから麓まで五往復くらいしてもらおうかな。カメラはそっちに渡しておくから。よし、行ってらっしゃーい!」


 僕が反論などする間も無く、地獄みたいな基礎トレーニングが決定してしまった。いくら身体強化を使っても良いとはいえ、流石にこの山道を五往復はきつい。しかもカメラまで渡されてしまったから、サボることもできない。


 ……まあサボる気は無いのだけれど。サボったら本当に殺されて骸骨コレクションの一つに加えられそうだから。


 カメラを受け取り、僕は身体強化の魔法を発動してから走り出した。やっぱり、体が羽でも生えたかのように軽い。

 カメラは僕の後を勝手に追随してきていた。ダンジョン配信用のカメラはフルオートで配信者の後をついてくるとは言っていたけれど、ここまで正確についてくるものなのか。僕はその技術力の高さに驚かされた。


 僕は体力が切れないように黙々と走っていたが、突然思い至った。配信中だし、少しは何か喋った方が良いのでは? 身体強化のお陰で今のところは呼吸も苦しくないし、喋る分には問題なさそうだ。でも。


「あー、えっとぉ……」


 何を話せばよいか全く分からない。ほとんど人と話してこなかった僕にとって、いきなり配信で声が聞こえない相手に向けて一方的に喋れというのは荷が重かった。


『無理して喋らなくても大丈夫だよ!』

『ちゃんとやらないと師匠に怒られるぞ~w』

『俺達は監視役だから。ちゃんと見てるから大丈夫だよ~』


 やはり視聴者は優しかったが、ただ僕が走り続けている所を映し続けるのも良くないと思ったので、僕は無理矢理にでも話題を作って喋ることにした。


「それじゃあ、自己紹介しますね。まだ軽くしかしてなかったと思うので。改めまして、僕は神威イブキです。十九歳で、誕生日は一月二十九日。高校はいじめで不登校になって中退しました。それで……、えっと……」


 あー駄目だ、やっぱり話題が出てこない。自己紹介ってこれ以上何を言えば良いんだ。

 何か奇跡でも起きて、話題が現れてくれれば……! 僕はそう天に祈った。


 ―――祈りは意外な方法で叶ってしまった。

 僕が草むらを通り過ぎたその時。その中から突然黒い影が僕に飛び掛かって来た。


「うわっ⁉」


『何だ⁉』

『イブキ、大丈夫か⁉』

『まさか魔物か⁉』

『やばいやばいやばい! レイスさん助けに来て!』


 飛び掛かって来たのは、黒い犬型の魔物、ドッグル。

 ダンジョンの外にも稀に魔物が現れるという噂は聞いたことがあったが、まさか本当だったとは。しかも、レイスさんのいないこのタイミングで。


 こんな形で盛り上がってほしいとは少しも思ってなかったのに!

 ドッグルはそんな僕をターゲットと認識したのか、牙を剥いて襲い掛かって来る。

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