第13話 因縁現る

 ヘイルの顔を見た瞬間、僕の記憶の奥底にこびりついている、忘れようにも忘れがたい記憶達が一斉にフラッシュバックした。


 彼らが他の人をいじめている所を目撃し、僕が止めに入った次の日から、彼らは僕をいじめのターゲットにした。

 ヘイルは高校在学中から魔法が得意で、氷の魔法を使ってじわじわと僕を痛めつけた。いじめの事を他の誰かに言ったら凍死させると脅されて、僕は従わざるを得なかった。


 それから僕へのいじめはどんどん悪化していった。これ以上は思い返すのも嫌なほどの辛い記憶達が、僕の意志とは無関係に勝手に想起される。


 それでも、僕は笑っていた。

 いじめられている内に、感情の制御が効かなくなってしまったのだ。感情が無ければ、いじめを辛く思うことも無い。だから僕は、彼に会うと自分の感情を押し殺すようになった。


「イブキ、この人と知り合いなの?」


 レイスさんが僕に質問する。


 昔の僕は、ヘイルの前では完璧に感情を押し殺せていた。

 でも、今は違った。


 レイスさんと出会って、僕の心はいつの間にか感情で満たされていた。今、感情を押し殺したら、レイスさん達と過ごして楽しいと思った心さえも消えてしまうような気がした。


「彼は俺の高校時代の友人ですよ。俺は凍星いてぼしヘイル。貴女はレイスさんですよね? 有名人だ。お会いできて光栄です」


 僕が答える前に、ヘイルは自ら名乗り出ていた。僕が本当の事を言う前にクリーンな第一印象を植え付けようとしているのだろう。


 彼はいつもそうだ。表面上は、気さくな優等生の仮面を被っている。凍星家が冒険者の名門一族で、父親が冒険者に有用なアイテムを売る大手メーカー「イーニーカンパニー」の社長である事もあり、彼は周囲から絶大な信頼を得ていた。


 それらの威光の影に隠れ、彼は僕にやったように人を傷つけてきた。彼の周りには、彼を疑う者など誰一人としていない。


「高校の友人……ね。イブキはいじめで高校を中退したはずだけど、彼にも友人がいたんだね。イブキからはそんな話聞いたことないけど」


「まあ彼はシャイですから。言うのが恥ずかしかったんじゃないですか?」


 でもレイスさんは今までの人達とは違って、ヘイルを少し疑っているようだった。だがヘイルも、適当に言いくるめようとしていた。


 ……ここで僕が本当の事を言ったら、どうなるだろうか。またヘイルに酷い目に合わされる?


 ―――いや。それは無い。以前は学校という逃げ場のない場所だったが、今となっては僕とヘイルはただの他人だ。逃げられない訳じゃない。

 それに、僕にはレイスさんにレオさん、セツカさんと、相談できる大人たちがいる。前みたいに、僕は孤独じゃない。


 そして何より、僕も前よりも強くなった。今のヘイルがどれくらいの強さなのかは分からないが、今の僕なら少なくとも抗うことくらいはできるはずだ。


 いつまでも過去のしがらみに囚われていては、真の勇者にはなれない。

 そう思い、僕は覚悟を決めた。


「―――違う。そいつは僕の友人なんかじゃない。そいつは俺をいじめたクソ野郎だ。とんだ嘘つきだ!」


 僕は今までの人生で一番大きいであろう声を出した。高校時代の僕からは想像もできないであろうその姿に、ヘイルは一瞬驚いた様子を見せ、その後怒りに表情を歪めたが、すぐにまたへらへらとした仮面を被った。


「何だって……? お前が……?」


「ッ……! おいおいイブキ、何言ってんだよ~。悪ふざけもいい加減にしろよ?」


「悪ふざけなんかじゃない! そいつの言っている事は全部嘘だ! 僕以外にも人を傷つけて! 他人をおもちゃとしか思っていないようなクズ野郎だ!」


 ヘイルはあくまで冷静を装って僕をなだめようとしたが、そんな事は関係ない。僕はこれまで心の中にしまっていた思いを全部ぶちまけた。


「お前……! いい加減にしろ! これ以上つまんねぇ冗談言うんじゃねぇ———」


「黙れ! お前の嘘はもう聞き飽きた!」


 高校時代の僕が聞いたら、恐れの余りに震えあがってしまいそうな発言だ。あのヘイルに、今僕は逆らっているんだから。


「レイスさん、違うんです。俺は———」


「君は冒険者の名門一家・凍星家の末裔で、イーニーカンパニーの社長のご子息。そんな肩書があったら、皆君を信じちゃうだろうね。でも、私は違うよ。私はイブキの善性を信じてる。私の信念は、そう簡単には曲げられないよ」


 弁明しようと口を開けたヘイルだったが、それより早くレイスさんが鎌を突き立てていた。

 ヘイルの顔から血の気が引いていき、彼の頬を冷や汗が通っていくのが分かった。


「私は冒険者だから。人を殺したりはしないさ。でも、イブキをいじめてた奴を許すつもりはない。今後イブキに手を出したら、知り合いの記者に君の情報を渡して世間に広めてもらうから。そしたら、君もイーニーカンパニーもおしまいね」


「くッ……、仕方ない。分かりました。イブキに手は出しません。ここからも退きます。なのでここは穏便に済ませてもらえませんか?」


 ヘイルがそう言うと、レイスさんは鎌を降ろして彼を突き飛ばした。


「私達は今配信をしてるんだ。一般の冒険者だったら、どっちがダンジョンを攻略するか協議したけど……、君なら容赦なく追い出せる。邪魔だからさっさと出て行ってくれない?」


 レイスさんが今まで見たことが無い程冷酷な表情で告げた。ヘイルはこわばった笑いを浮かべながら、両手を上げてレイスさんから離れて行った。


「……分かりました。俺はここから立ち去ります。なので今回は、これで穏便に済ませてください」


「分かった。早く出て行って」


 ヘイルは悔しそうに顔を歪め、僕にすれ違いざまに「覚えてろよ」と言い残して、ダンジョンの出口へと歩いて行った。


「はぁ~……。怖かった……」


「アイツがイブキをいじめてた奴だったんだね。でも、イブキもよく勇気を出してくれたよ。よく頑張ったね」


 ヘイルの姿が見えなくなって一安心した僕の頭を、レイスさんは優しくなでてくれた。先程までの冷酷な表情はどこかへ消え去っていて、代わりに我が子を見つめるような優しいまなざしがそこにはあった。


「さて、邪魔者もいなくなったことだし、配信再開しよう! イブキ、準備はいい?」


「勿論! いつでもオーケーです!」


 レイスさんが再びカメラの電源をつけて、配信が再開された。


「皆お待たせ~。先客さんとの話し合いの結果、私達にこのダンジョンの攻略を譲ってくれるみたいです! 先客の方、ありがとうございます!」


『まだ配信できるのか、良かった~』

『イブキの初ダンジョンだからね、最後までできるみたいで嬉しいよ』


 話し合いというか、レイスさんが圧をかけて無理矢理帰ってもらったのだが。でもそれを言うのはヘイルとの約束を破ることになるので、不本意だけど黙っておくことにした。


「とはいっても、残ってそうなのはあとはボスだけみたいなんだよね。……まあそれも仕方ないか。イブキ、ボス戦頑張って!」


「はい! 全力を尽くします!」


 自分にとっての最大の恐怖だったヘイルに打ち勝ったのだ。もう僕に怖い物なんてない。


 ―――そう思っていた。


「それじゃあ、ボスの部屋の扉を開けます!」


『さあ、今回のボスは誰だ?』

『わくわく』

『オープンザドアー!』


 掛け声と同時に、僕はボスの待ち構える部屋への扉を開けた。

 その瞬間だった。


「……⁉ これは……⁉」


 部屋の中から異常なまでの邪悪な魔力が感じられた。レイスさんもそれを感じ取ったのか、顔を青ざめさせていた。


 ボスの部屋の扉を完全に開ける。その部屋の中は、ボスから発生したであろう邪悪な魔力で満ち溢れていた。

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