第14話 異常状態のボス

 その部屋に鎮座していたボスは、ワーウルフだった。


 ワーウルフは人よりも一回りほど大きな狼の魔物で、なんと二足歩行ができるという。図鑑で見ていたのでその事は知っていたが、改めて直接相対すると、その異様な外見に悪寒が走る。


 そして一際目を引いたのが、異様に血走ったその眼球と、その奥にうっすらと見える魔法陣のような模様だった。図鑑で見たワーウルフには、そのような特徴は記載されていなかった。


『あのワーウルフ、様子がおかしくないか?』

『すげぇ狂暴そうな顔してるぜ……』

『なんか目がおかしくないか?』

『こんなワーウルフは見たこと無いな……〈風雅〉』


 魔物に精通した人も集まっているであろうコメント欄さえ、その異様さに驚かされているようだった。


「もしかして、異変が起きたんですかね……?」


「これは……、いや、今じゃないな。イブキ、あのワーウルフはかなり狂暴化している。通常の個体よりも強化されていると見て良いだろう。……それでも、イブキは戦う?」


 レイスさんは何かを言おうとしたがそれを飲み込み、代わりに僕に問いかけてきた。目の前のワーウルフからは、死の危険をこれでもかと言うほど感じた。でも。


「……戦わせてください。いつかはコレを一人で相手して倒さないといけない訳ですから。戦って負けるならまだしも、怯えて戦わないのは勇者の恥だ」


「分かった。私の教育は手厳しいからね。イブキが本当に死にそうになった時だけ助けに行く。だから、絶対に死ぬんじゃないよ」


 レイスさんはそう言って、僕の背中を押してくれた。

 これでいい。いつまでもレイスさんが僕のダンジョン攻略に着いてきてくれる訳じゃない。異変に遭遇したら、自分で対処しなければならない時がある。


「よし……、絶対に勝ってみせる!」


『よし、よく言った! 頑張れよ!』

『応援してるぞイブキ!』

『健闘を祈る!』


 僕は剣を構えて、ワーウルフと睨み合った。それを戦闘開始の合図ととらえたのか、ワーウルフが動き出した。その剛健な足で地面を蹴り、僕の方へと高速で接近してくる。


「―――速いッ!」


 この速度、恐らく身体強化を施しても勝てない程の速さだ。逆に、常に魔法を使っていなければ反応が追い付かずに殺されるだろう。


 僕はギリギリの所でワーウルフの突撃を回避したが、ワーウルフは今度は魔法を放って攻撃してくる。

 風が刃のようになって僕目掛けて飛んできて、僕の体を斬りつけた。右腕と左足に魔法が当たってしまったようで、そこから大量の血が溢れ出してくる。


 今の一撃でこれほどの威力とは。やはりこのワーウルフ、以前戦ったドッグルなどとは比べ物にならない程に強い。


 僕もやられてばかりではいられない。痛みを気合で抑え込んで、ワーウルフに魔法を放つ。


「ライトスターズ!」


 僕は左手に魔力の塊を出現させ、それを掴んでワーウルフ目掛けて投げつけた。

 魔力の塊は僕の手を離れた瞬間にいくつもの小さな星の形に変化して、無数の弾幕としてワーウルフの周囲を覆った。


 自慢の俊敏性で回避しようとしたワーウルフだったが、範囲攻撃を前にして回避が間に合わず、体毛の下から血が流れ出ているのが見えた。


『回避されることを読んで範囲魔法を放ったのか……、やっぱり頭良いな!』

『戦闘の各所で輝くイブキの戦闘センスとIQの高さよ』

『流石はレイスの弟子だね〈風雅〉』


 僕は自分の読みが当たったのと、コメントに褒められたのとで少し浮足立っていた。だが、すぐに戦闘中であることを思い出して、警戒を強める。


 先程の魔法は範囲攻撃に特化した魔法であり、威力はそこまで高くない。ワーウルフも出血しているとはいえ、まだまだ余裕で動けそうな様子だった。


「ダークハンド!」


 先手を打とうと攻撃を放った僕だったが、ワーウルフは持ち前の瞬発力でそれを避けて、自慢の足でボスの部屋の中を縦横無尽に駆け回りだした。


『イブキ、気をつけろ! どこから来るか分からないぞ!』

『爪が光ってるな……。恐らく魔法で爪を強化してる。斬られたら大ダメージ必至だ!』


 ワーウルフが高速で駆け回り、その軌道上に赤く輝く目と爪の軌跡が残る。

 目で追おうとしたが、あまりに早すぎて捕捉できなかった。


 こうなったら、こっちに来たらすぐに迎撃できるように構えるしかない。そう思った瞬間、ワーウルフはこちらに飛び掛かってきていた。


「えっ⁉」


 あまりに唐突な事態に、僕の反応は遅れてしまった。だが、体の防衛本能が働いたのか、偶然にもワーウルフの爪を剣で受け止めることに成功していた。


 剣はワーウルフのスピードが乗った爪の強力な一撃で砕けてしまったが、ワーウルフにも一瞬の隙が生まれていた。僕はその隙に光のナイフを生成して、ワーウルフの脇腹に突き刺した。


「グォオオオオ⁉」


 ここに来て、ワーウルフが初めて苦しむような声を上げた。今の一撃は確実にダメージが入ったみたいだ。

 ワーウルフは刺された脇腹に手を当てて、若干ふらつきながら僕を睨みつけた。


「イブキ! その調子だよ! 頑張って!」


 レイスさんはまだ僕が戦えると判断してくれているのか、介入はせずに僕を応援してくれた。


 レイスさんに期待されている。その期待に応えたい。

 その思いが原動力になり、痛みに侵食されつつある僕の体は突き動かされた。


「レイスさん、視聴者、皆に期待されてるんだ……! ここで負けるわけにはいかない!」


 僕は砕けた剣を投げ捨てて、拳を握って力を込めた。剣を失った以上、己の拳で戦うしかない。人並みになったとはいえ、まだまだ他の冒険者と比べると貧弱な僕の拳で、どれほどダメージを与えられるかは分からない。だが、やるしかなかった。


 ワーウルフは僕に刺された事に相当腹を立てたのか、その口から巨大な風のブレスを放った。

 ブレスはまるで生きているかのように大きくうねりながら、僕の方へと飛んできた。当たったらその風の勢いに呑まれて、体の肉を大きく削ぎ取られてしまうだろう。


 これを避けるには、あの魔法を使うしかない。僕は覚悟を決め、一か八かの大博打に出た。


「ライトスニーカーズ!」


 足元に光の魔力で構築した靴を生成して、それを光の速さで移動させることで光速で移動する魔法。だが、靴の速度があまりに早すぎて制御が難しいのと、靴の形に魔力を錬成するのが難しいという理由で、これまで一度も成功したことが無い魔法だった。


 だが、土壇場で感覚が研ぎ澄まされていたのか、いつもは苦戦する靴の生成を今回は一瞬で終わらせることができた。そしてそのまま靴に引っ張られるようにして高速移動して、ブレスを回避することに成功していた。


 ブレスはそのまま壁に向かって飛んでいき、岩でできた壁を大きく崩していた。僕も靴に引っ張られるままに進んだ結果、壁に衝突して急停止した。

 流石に今のは予想外だったようで、ワーウルフは驚いたようにその動きを止めていた。


『ナイス回避ー!』

『土壇場で勇者の血が騒いだのか……!』

『あれ、ワーウルフの動きが止まってる! これチャンスじゃね?』

『イブキ、決めろ!』


 僕はワーウルフの隙を逃さずに、迷わずとどめを刺しに動いた。

 再びライトスニーカーズを発動して、ワーウルフに高速で迫る。そしてその傍ら、右手に闇の魔力を集める。


 レイスさんの十八番ともいえるあの魔法。即興だが、今なら放てるような気がしていた。

 この魔法で終わらせてやる!


「スカルスマッシュ!」


 全力を込めて振るった右の拳から、闇の魔力がドクロの形を模して勢いよく飛んでいく。ドクロはワーウルフに直撃し、その体を圧倒的な力で吹っ飛ばした。


 そのまま壁に衝突し、ワーウルフの形をした大穴が開く。しばらくして、その穴の中から赤く輝く鉱石が転がり落ちてきた。


 魔物を倒すと落ちてくる魔石―――それ即ち、僕の勝利を意味していた。

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