第15話 初配信・閉幕

『魔石が落ちてきたって事は……!』

『イブキの勝ちだ!』

『まさかマジで一人で勝つとはな……!』

『【20000】初ダンジョン攻略記念!』

『成程……、結構やるじゃないか〈風雅〉』


 異変によって強化されたワーウルフを、僕一人で倒してしまった。視聴者もひどくざわついていたが、僕自身その事を信じきれていなかった。


「イブキ……、まさか一人で倒しちゃうなんて……! 凄いじゃん!」


 今回ばかりは、レイスさんも本気で驚いている様子だった。先程までの不安な表情から一転して、安堵した様子で優しい笑顔を浮かべていた。


「今回僕が勝てたのもレイスさんのお陰ですよ。レイスさんの技が咄嗟に頭の中に浮かんできて、それをイメージして放ったら勝てたんです。レイスさん、ありがとうございます!」


「いやいや、それこそ君の技量あっての事だよ! 相当高い技量が無ければ、即興であの技の模倣なんてできないから! イブキはもっと自信を持って! 君は凄いんだから!」


『なんかこの二人の会話、良いな』

『互いに譲り合ってる感じがたまらん。レオの時にはなかったな』

『俺レイイブのカップリング好きになってもうたわ』


「ちょっと視聴者、勝手な妄想しないで!」


 視聴者の妄想は完全に筒抜けだったので、レイスさんがツッコミを入れる。その慌てふためく姿も可愛いと思ったけれど、否定された事が何故か少し悲しく思える。これはやはり、僕がレイスさんをそう思っているという事なのか……? 今になっても、その答えが見つかる事は無かった。


「まぁとにかく……、魔石を回収しに行かないと。ほら、行くよ。歩ける?」

「大丈夫―――いや、やっぱり無理そうです。肩貸してくれませんか?」


 本当は何とか自分で歩けそうだったけれど、やはりまだ傷が痛むし、何よりレイスさんに甘えたい気分だったので、僕はお願いしてみる。


「仕方ないなぁ……。イブキ、少しはマシになったとはいえまだまだヒョロヒョロだから。これくらいの重さだったら、おぶってあげるよ。ほら、乗っかって」


 レイスさんから帰って来たのは予想の百八十度真逆の答えだった。腰を落として、僕を本気でおぶろうとしてくれている。


『わぁお……!』

『最高じゃねーかイブキぃ!』

『羨ましすぎるだろォ!』

『(発狂)』

『もうマジで二人は合ってくれ』


 視聴者の声が余りにも恥ずかしすぎたので、僕は一時的に伝達魔法の接続を切ってコメントが聞こえてこないようにした。静かになった後、僕はレイスさんの元に近寄っておぶったもらった。


 今までで最も近い距離で、レイスさんの体温を感じられている。その暖かさに、僕の顔も自然に火照っていった。


 レイスさんにもっと近づきたくて、僕はもう少しレイスさんに寄りかかってみる。少しずつ、レイスさんにバレないように、その距離を縮めていく。

 レイスさんは嫌な顔一つせず、にわかに笑みを浮かべながら僕をおぶって運んでくれた。


 魔石が落ちた場所まで到着し、僕はレイスさんの背中から降りた。さっきまでそこにあった温もりが失われて、強烈な寂しさを覚えてしまった。


「これがワーウルフの魔石……、さっきのスライムとは比べ物にならないくらい大きい……!」


 ワーウルフから落ちた魔石は、僕の握りこぶし程度の大きさがあった。手に持った時のずっしりとした感覚で、改めて僕はワーウルフに勝利したという実感を得た。


『おぉ……、すげぇ!』

『……あれ? でも何かおかしくね?』

『異変起きてたのに普通の大きさと変わって無くね?』


 聞いているだけで恥ずかしくなるコメントはもう流れていなさそうだったので、僕は伝達魔法を再びオンにした。だが、僕が持っている魔石に対して視聴者は違和感を覚えているようだった。

 流れてくるコメントを元にして記憶をたどり、僕はある一つの事実を思い出した。


 ダンジョンで稀に起きる、魔物がそのランクに見合わない程に強力になる「異変」。この異変が起きた魔物は当然協力であるが、その分得られる魔石の大きさもより巨大な物になる。

 以前読んだ本の中に、そのような内容が書かれていたのを思い出す。


 僕がワーウルフを倒したのは今回が初めてなので何とも言えないが、視聴者の言う事が本当ならば、今回倒した、異変が起きていたであろうワーウルフから落ちた魔石は、通常のワーウルフの鉱石と変わらないという事になる。


「レイスさん……、一体どういう事ですか?」


 多分、真実が分かるのはレイスさんだけだ。僕はレイスさんに聞いてみたが、彼女の顔色は若干悪いように見えた。少しの沈黙の後、レイスさんが口を開いた。


「うーん……、同じ種類の魔物でも魔石の大きさに個体差があるし、今回は元々の大きさが小さいワーウルフに異変が起きたから、結果的に普通と変わらないくらいになったんじゃないかな? ごめん、私も詳しい事は分からないや」


 レイスさんも真相は分からないみたいだったが、現状は彼女の言う説が一番あり得るような気がしてきた。


 でも、こんなことで悩んでいても仕方ない。折角ボスを倒して、ダンジョンを踏破したんだ。この記念すべき瞬間、悩んで過ごしてしまっては勿体ない。


「まあでも、この際魔石云々はどうでも良いじゃないですか! 僕、初めて自分の力でダンジョンを攻略したんですから!」


『確かに! 今は祝おう!』

『【30000】イブキおめでとう!』

『【40000】お疲れ様! よく頑張ったね!』

『【50000】おりゃー! 渾身の赤スパじゃあ!』

『ナイスパー!』

『イブキ、凄いじゃないか!〈風雅〉』


 その瞬間、コメント欄は僕へのお祝いの言葉と投げ銭で溢れかえった。


 僕が、これほど沢山の人に認められている。僕はその事が嬉しくなって、配信中だというのに泣き出してしまった。


「うっ……、皆さん、本当にありがとうございます……!」


「……良かったね、イブキ」


 レイスさんはそんな僕の姿を見て、嬉しそうに笑っていた。そしてまた僕をおぶって、ダンジョンの出口へと進んでいく。

 出口でまた降ろしてもらって、レイスさんが配信を閉める口上を語りだした。


「それじゃあ、今日はここら辺で。皆さん、今回もご視聴ありがとうございます! 今回の配信は近々ダイジェストにまとめる予定だから、それも見てね! それじゃあ、また!」


『今回も面白かったよ!』

『レイスさんとイブキが尊い……!』

『イブキもお疲れ様!』

『レイスもイブキもお疲れ様~〈風雅〉』

『イブキが出る配信にハズレ無しだな。次も期待してるぜ!』


 沢山の暖かいコメントに包まれながら、僕の初めてのダンジョン攻略は無事に幕を閉じた。

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