第16話 レイスの秘密

 屋敷に戻った僕達は、ひとまず僕の傷を癒してもらうために回復魔法を使える医者を屋敷に呼んで、医務室で待機していた。


「……レイスさん、やっぱり変だと思いませんか?」


 先生を待っている間、医務室では僕とレイスさんの二人きりだった。だから僕は、気になっていた事を聞いてみることにした。


「ん? 何が?」


「さっきのダンジョンのワーウルフですよ。あの強さと凶暴さは間違いなく異変が起きている個体だった。でも、冷静に考えたらおかしい所がいくつかあるんですよ。視聴者も指摘してた、魔石が異変が起きた個体にしては小さいっていうのと、あとは部屋中に満ちていた邪悪な魔力、そして目の奥にうっすら見えた魔法陣。今までの異変でそんな事が確認された事は無いはずです。やっぱり、あれはただの異変じゃない気がして……。レイスさん、やっぱり何か知りませんか?」


 僕はレイスさんに聞いてみたが、やっぱり彼女はさっきと同じように黙り込んでしまった。うつむいているのでよく分からなかったが、若干顔色が悪いように見える。


「あの……レイスさん、大丈夫ですか?」


「あぁ……、大丈夫だよ。ごめんね、心配かけちゃって」


 心配になってレイスさんに声をかけると、彼女は顔を上げて笑いかけてくれた。顔色の悪さは無くなっているようだった。


「……まさかアイツらが? いや、そんなハズは……。もしかして、私に気付いて……?」


「レイスさん……?」


 レイスさんは突然、小さな声で何かをぼそぼそと呟きだした。声が小さくてよく聞こえなかったが、その様子はとても不安そうだった。


「……あ、ごめん。聞こえちゃってた? そうだね……、イブキ、私からはまだ詳しい事は教えられない。でも、これはイブキや皆を守るためだから。イブキが強くなったら、教えてあげる」


「今はまだ駄目なんですか……?」


「今はまだね。でも、私は大丈夫だから。心配してくれてありがとう」


 レイスさんの秘密が何なのかとても気になったが、ここで無暗に突っかかるのは失礼だろう。僕はその秘密を教えてもらうために、少しでも早く強くなることを決意した。


 そんな会話をしているうちに先生が到着して、四十分ほどかけて僕の傷を治療してくれた。


「今回のは酷い怪我だったな。治癒魔法でも完全に治しきれてない場所がありそうだから、三日間は絶対安静で!」


 治癒魔法を受けて体はかなり楽になったが、まだ奥底に鈍い痛みがあるように感じた。どうやら熟練の治癒魔法でも完全に全てを治せるわけではないらしい。

 先生はレイスさんから治療費を受け取って、そのまま帰っていった。そして部屋には僕とレイスさんだけが残されて、沈黙が場を支配した。


「……やっぱり僕、レイスさんの秘密を知りたいです。レイスさん、その秘密にすごく苦しめられていそうだから。それを知ることで、僕もその苦しみを一緒に背負う事ができるなら、僕はそうしたい。だから僕、早く強くなりたいです。レイスさんに心配かけさせないくらいに」


 僕はその沈黙が耐え切れず、自らの想いを零した。レイスさんからしたら、僕なんかが一緒にその苦しみを背負った所で、余計なお世話かもしれない。でも僕はやっぱり、レイスさんが苦しんでいる所は見たくなかった。


「イブキ……。ありがとう。それじゃあ、早く私より強くなって私を守ってほしいな。弟子にこんな事お願いするのは変かもしれないけど、イブキになら私、守られたいかも」


 僕、頼られてる。レイスさんから期待されてる。


 絶対安静と言われた僕の体は、そのあまりの嬉しさに勝手に暴れ出しそうになっていた。そしてその衝動を抑えきれなかったのか、左足に変に力を入れてしまう。その瞬間、力を入れた部分に激痛が走った。


「―――いった!」


「イブキ⁉ 大丈夫⁉」


「ハハ……、間違えて力入れちゃいました……」


 そんな僕の滑稽な姿を見たレイスさんは、何か閃いたような顔をして、僕が横になっているベッドの近くに椅子を持ってきて座った。


「それじゃあ、強くなるための第一歩。治癒魔法を使えるようになろう!」


「え~、今から修行するんですか⁉」


「当たり前でしょ? 強くなりたいんだったら、少しの時間も無駄にしちゃダメだよ! ほら、やり方教えるから!」


 そう言うとレイスさんは救急箱からハサミを取り出して、それで自分の掌を薄く切った。その部分から微量の血が流れ出てくる。


「見てて。魔力をこの回復させたい部分に集中させて、何か癒される物を想像するの。そうすれば……」


 レイスさんは目を閉じながら僕に説明してくれた。何かのイメージをしているのだろう。


 次の瞬間、レイスさんの掌からの出血が止まった。そしてみるみるうちに傷口がふさがっていき、最初から何もなかったかのように傷は消えてしまった。


「おぉ……! すごい!」


「さ、次はイブキの番だよ」


 そう言って、レイスさんは僕にハサミを手渡してきた。


「え……? まさか、これで手を切れって言うんですか⁉ 怪我人に何てことさせようとしてるんですか?」


「え? 別にこれくらい良くない? どうせすぐに治るんだからさ。ほら、やってみて!」


 レイスさんに迫られて、僕は仕方なくハサミを掌に押し付けた。そしてそれを引いて自分の手を切る。

 小さな痛みと共に、そこから少量の血が流れだしてきた。


 僕はレイスさんに言われた通りのイメージを頭の中で繰り返した。

 魔力を回復させたい場所に集中させるのは、痛みが伴った方がやりやすそうに感じた。掌の小さな痛みのお陰で、比較的簡単に魔力を集めることができた。


 そしてさらに、癒しをイメージする。僕が思い浮かべたのは、レイスさんの姿だった。レイスさんに膝枕をしてもらいながら頭を撫でてもらって幸せな眠りにつくという、本人には絶対に言えないようなイメージだ。


 そうこうしていると、出血が止まっていた。そして先程レイスさんがやったように、傷口もふさがって完全に治ってしまった。


「ほら、できたじゃん! やっぱりイブキ、センスあるよ!」


「いやぁ、そうですかね? やっぱりイメージした物が凄く癒しになったから?」


「ふーん。それで、何をイメージしたの?」


「それは……、ちょっと言えないですね」


「え~、教えてくれて良いじゃん!」


 レイスさんは随分と僕のイメージした事が気になるようで、グイグイ迫って来た。僕も答えるわけにはいかないので、ひたすらに躱し続ける。


 危機一髪だったけれど、この時間は本当に楽しかった。ヘイルにいじめられていた時には想像もできなかったような幸せな生活が、ここにはある。


 こんな幸せを提供してくれているレイスさんの期待に応える為にも、早く強くなりたい。僕はそう決意を新たにした。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 自販機で勝った缶コーヒーを一気に飲み干して、怒りに任せて踏みつぶした。

 イブキとレイスにダンジョンで丸め込まされたことが気に食わず、俺はひどくイライラしていた。


 あのイブキごときが、Sランク冒険者にして人気配信者のレイスを味方につけたくらいで調子に乗りやがって……!


 俺の中で怒りは発散しなければ危ない程にまで膨れ上がった。俺はすぐ近くにあったゴミ箱を思いっきり蹴り倒した。それで少しは落ち着いたが、根本的な解決には至っていなさそうだった。


「アイツら……、いつか絶対地獄を見させてやる……!」


 心の奥底に居座って消えない怒りを抱えながら、俺は獣のような声で呟いた。

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