第6話 外の世界

 ルリ・シキジョウ。

 数いる後輩の中でも五本の指に入るくらい愚鈍な冒険者の名だ。

 あたしは今日ルリに無理難題を出した。

 ヴイーヴルが持つ宝石の瞳の納品だ。

 今のルリじゃ逆立ちしたって不可能。

 きっと、いや確実に失敗して帰って来る。

 でも、それでいいんだ。

 失敗を経て至らなさを自覚し、自分を変えるための切っ掛けになってくれれば。

 ルリには冒険者の素質がある。

 習得した魔法の数が物語っていることだ。

 ただそれを活かし切れてないだけ。

 いつかきっと花開くはず。これはその時期を早めるための荒行事だ。

 しかし。


「遅いなぁ。ルリの奴……」


 ルリの帰りが遅い。

 いつもならとっくにダンジョンから帰還しているはずなのに。


「マキナ先輩が無理難題出すから無茶しちゃったんじゃないですかぁ?」


 冒険者の憩いの場、ギルドの酒場にて。

 後輩のカンナは最近人気の新メニュー、ノンアルコールのドラゴンオレンジが入ったグラスを眺めながら、そう呟いた。


「今頃、ヴイーヴルのお腹の中かもぉ!」

「カンナ! 馬鹿なことを言うんじゃない! ルリは帰って来る! 絶対に、今にきっと……」

「マキナ先輩だって目茶苦茶自信無さげじゃないですかぁ」

「うるさい! 大体、カンナはいつもいつも――」

「ルリ・シキジョウ。戻りました!」


 帰ってきた!


「ほら見ろ!」

「ひぇっ!?」

「あぁ、悪い悪い」


 熱くなってルリを驚かせてしまった。

 カンナに乗せられるとすぐこれだ。

 あたしもまだまだだな。


「おっほん。それでルリ。依頼のほうはどうだった?」


 まぁ、聞かずとも結果はわかっているが。


「それが……」


 言い出し辛そうにしている。

 やはり駄目だったか。


「いいか? ルリ。失敗は誰にでもあることだ。問題は失敗から何を学ぶか。自分の至らない部分を自覚して――」

「あの」

「なんだ? 反省点でも見つけ――」

「成功しました、依頼」


 ルリの手には確かにヴイーヴルの、ガーネットの瞳があった。おの赤い輝きは偽物なんかじゃなく、間違いなく本物だ。

 マ、マジかぁ。


「うっそー!? これホントにルリちゃんが取ってきたの? すごーい!」

「あはは。たまたまだよ、たまたま。ちょうど手負いのヴイーヴルがいたから、そのまま」

「なーんだ、そう言うカラクリかー。ラッキーだったね。羨ましー」

「うん。凄くラッキー、ホントに」


 手負いヴイーヴル。たしかにダンジョンの中ならそういうこともあるだろう。

 成功したのは喜ばしいことだが、しかしこれではルリの意識が変わらない。棚ぼた的な成功を体験をして間違った自信を付けかねない。

 ルリのためにならない成功だ。

 これはまた荒行事が必要なようだな。

 あたしに任せろ、ルリ。立派な冒険者にしてやるからな。


§


 共鳴の鈴という魔導具がある。

 これは同じ周波数を持つ鈴同士が共鳴し、近づくと音が鳴る仕組みになっている。

 ダンジョンで仲間と逸れた時に使うものらしく、ルリからまた会えるようにと渡された。

 普通に振っても音は鳴らないみたいだ。


「外の世界か」


 ダンジョンがあって、魔物がいて、魔法がある。きっとさぞかしファンタジーな世界なんだろう。

 アニメのような、ゲームのような、現実味のないまだ見ぬ世界。


「いつか、人間に……もっと人に近い種族になったら」


 ダンジョンの外に出てもいいかも知れない。

 正体がバレないように用心しつつ、酒場に入って久しぶりの酒を飲むんだ。きっと最高に美味いはず。

 まともな料理も頼もう。どんな料理があるかな? 郷土料理みたいで何が出てくるか楽しみだな。

 あ、金はどうするか。

 現状、ルリを頼るしかないよな。

 たしか冒険者はダンジョンの資源だとか、魔物の一部だとかを求めて来るんだっけ。

 それらしい何かを見つけたら拾っておくか。それをルリに買ってもらおう。

 いいね、未来にはやりたいことだらけだ。


「そのためにも今は休もう」


 トレントのスキル【緑化】によって、自分の周囲に植物を生やしてカムフラージュ。同時に樹木で防壁を立てて安全を確保した。

 これで安心して眠ることができる。

 寝込みを襲われる心配がないって最高だ。

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