第7話 招かれざる者

 トレントのスキル【緑化】で作った寝床には、ミイラのスキルで包帯を幾重にも張り巡らせている。

 もちろん茂みの影に隠れるように配置済み。簡単なトラップみたいなものだ。何かが侵入すれば直ぐにわかるようになっている。

 そしてたった今、包帯に何かが触れた。


「魔物か」


 微睡みから一気に目が覚め、防壁とした木々の隙間から様子を覗う。狭い視界から見えたのは雄々しい牛頭だった。


「ミノタウロス」


 立ち上がった雄牛のような風体。手には大剣を持ち、息は荒く、殺気立っている。

 恐らくこちらの気配を感じてのことだろう。包帯トラップもよくなかったかも知れない。

 仕切りに周囲を見渡しては包帯を切って回っている。


「さて、どうするか」


 トレントのスキルで奇襲。ここからウォーターカッター。獲得したばかりのヴイーヴルのスキル【宝石】で閃光を見舞う。

 どれが確実か思考を巡らせていると、狭い視界からミノタウロスの姿が消える。


「まずッ」


 即座に身を屈めると、その上を大剣が通り過ぎていく。

 木々を切り裂く豪快な音を響かせ、木屑のシャワーを伴いながら。


「決断は早く。学ばせてもらったよ」


 立ち上がって切り株となった防壁に上る。

 それでも目線が同じ位置にあるくらいの巨体。腕の太さも丸太ほどあって、足はより逞しい筋肉を纏っている。

 接近戦は分が悪そうだった。


「なるべく近づきたくないな」


 ミノタウロスが吼える。それが開戦の合図となり、再び大剣が振るわれた。横薙ぎではなく、今度は縦の振り下ろし。

 大剣とはとても思えない剣速で放たれたそれを間一髪のところで回避する。

 背後で凄まじい破壊音が響く。

 あれを食らったらおしまいだ。


「とにかく距離を!」


 足元から木を生やし、その勢いに乗って大跳躍。高く高く飛び上がり、現在の目線と同じ高さの壁に木を生やす。

 そこに包帯を巻き付け、ぶら下がった。


「とりあえず、よし」


 これで距離と時間が稼げた。

 今のうちに対策を――


「おい、嘘だろ!?」


 ミノタウロスは躊躇なく、手に持った大剣を投げた。回転するそれが包帯を切って壁に突き刺さる。

 俺は落下を余儀なくされ、地上に落とされた。


「くそ、マジかよ」


 木を生やして落下の衝撃を軽減しつつ、覚悟を決めてミノタウロスと対峙する。

 自ら得物を投げて失ったミノタウロスは、次に奇怪な行動を取った。

 自らの片角を、自ら折る。

 何をしているのかと思ったが、次の瞬間には合点がいく。

 折った角が形を変えて大剣と化した。

 しかも折れた方の角は元通りに成長し終わっている。ミノタウロスは幾らでも自分で得物を用意できるらしい。

 だから、あんなに躊躇なく得物を投げられたんだ。


「便利な体してやがる」


 感心している暇はなかった。

 屈強な肉体にものを言わせた大剣の剣撃が振るわれる。攻撃自体を躱しても、大剣が打ち砕いた地面の破片が身を切る始末。

 こうなったら嫌でも距離を取らせてやる。

 地面を割った大剣が持ち上がるタイミングを見計らい、大きく息を吸い込み火炎を吐く。

 ミノタウロスはそれを、大剣の側面を使うことで団扇を扇ぐように掻き消した。

 けど、凌がれるのは予想済み。

 風を受けながら、それを切り裂くようにスキル【水操】を発動。薙ぎ払う指先からのウォーターカッターを見舞う。

 だが、これも躱される。

 その強靭な脚力で後ろに飛び退き、絶対的な切断力をただの水飛沫にする。

 けど、これでいい。

 初めてミノタウロスは自分の意識で後退を選択した。

 手札を見せたことで、ミノタウロスはもう迂闊に接近戦を挑めない。ウォーターカッターが、ちらつくはず。

 距離は取れた。

 そして、こちらには遠距離攻撃の手段がある。


「今日手に入れたばっかりだ」


 スキル【宝石】を発動。ガーネットの宝石を生成し、それは赤い光を宿す。このまま距離を取りつつ、閃光で攻撃する。

 近づけさせはしない。

 それで勝てるはずだった。


「なッ!?」


 ミノタウロスが口腔で魔力を圧縮している。

 まさか持っているのか? 遠距離の攻撃法をを。どうする? 躱すしかない。カウンターで閃光を放ち、確実に仕留める。

 そう決心した瞬間、ミノタウロスの魔力圧縮が終わった。

 先んじて放たれる魔力の奔流。

 凄まじい速度で放たれたそれを、完全に回避することは叶わなかった。

 脇腹をかなり抉られる。

 けど、体は動く。

 しかし、ここで更に予想外のことが起こる。

 ミノタウロスが口を閉じて中断した。

 こちらがカウンターを狙っていると気づいていたんだ。


「上等だ!」


 残された道は真っ向勝負で押し勝つのみ。

 改めて放たれる角度修正された魔力の奔流を、ガーネットから放つ赤い閃光で迎え撃つ。

 衝突した二つはせめぎ合い、大量の魔力を消費しながら拮抗する。

 だがそれも今だけだ。


「そっちは一本、こっちは二本! 馬力が違うんだよ!」


 僅かに拮抗状態が崩れ、赤い閃光が押し返す。一度そうなれば二度と覆らない。

 二筋の赤い閃光が馳せ、その先の巨体を飲む。閃光が途切れると、絶命したミノタウロスがそこに立っていた。


「死してなおって奴か。凄いな」


 でも、勝ったのは俺だ。


「……焼くか、折角だし」


 ケルピーのスキル【水操】で血抜き。

 ヘルハウンドのスキル【火炎】でミノタウロスの死体をじっくり丸焼きにし、【狂食】を発動せずに食べてみる。


「いただきます……うま」


 ちゃんと牛肉の味がした。

 味付けも何もないから、ちょっと淡白だったけど。

 幾らか食べて満足したので、あとは【狂食】で。いつものことながら、気付いた時にはおわっていて、骨だけが残されていた。


「ふぅ……スキルもよし」


 ミノタウロスのスキル【剣製】は剣を作る。

 これでいつでも得物を用意できるようなった。戦闘の選択肢が大幅に増えた気がする。

 活かせるように、頑張らないと。


「ふぁ……もうちょっと寝るか。疲れたし」


 新たに木々を生やして寝床を作り、包帯を張り巡らせて眠りにつく。

 明日はルリが来るんだっけ。

 人と会話する貴重な機会だ、楽しみだな。

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