第8話 蜥蜴の尻尾

 共鳴の鈴が鳴り響く。

 心が安らぐような柔らかい音がする。

 それは次第に大きくなり、通路の物陰からルリの姿が現れた。


「あ、見つけましたよ。シンさん」

「現れる頃だと思った」


 共鳴の鈴は一定距離近づくと自動で鳴り止むようになっているようで、ルリが現れると音が消えた。

 もうちょっと聞いていたい気もしたけど、鈴の音で魔物が寄って来てもつまらない。

 また聞けることだし、次を待とう。


「今回はどうだった? また無理難題を?」

「はい……実はそうなんです。今回はリザードマンの鱗を納品しなくちゃいけなくて」

「リザードマンか」


 二足歩行の蜥蜴。

 剣と盾を使いこなし、防具を身に纏い、器用に立ち回る知能を備えた厄介な魔物だ。

 ある意味では力任せなミノタウロスのほうが相手をしやすいかも知れない。


「ルリの先輩ってイジワルなの?」

「いえ、いい先輩ですよ。よく相談に乗ってくれますし、困ったことがあると助けてくれるんです」

「なのに、こんな無理難題を?」

「それは……私のためを思って?」


 互いに首を傾げつつ、とりあえずリザードマンの巣に向かうことに。

 ルリの先輩像が全く見えて来ないが、本人が言うにはいい人らしい。ホントかな?


「ここのはずです」


 開けた空間に散らばる数々の骨。恐らくはこれらすべてリザードマンが捕食した魔物のものだろう。

 片付けは苦手らしい。

 巣の様子を覗っていると、中央付近から水音がしているのを耳が拾う。

 よくよく見てみると、暗がりでリザードマンが食事中だった。狩った獲物の肉を噛み千切っている。


「ああならないよう気を付けよう」

「はいっ」


 ルリは首を何度も縦に振った。


「じゃあルリ、最初の一発目を頼む。奇襲だ」

「わ、私がですか?」

「俺は派手な遠距離攻撃しかできないからさ」


 ヴイーヴルのスキル【宝石】は、強力だが強烈な光を伴う。奇襲には向かない。


「は、外しちゃうかも知れませんよ」

「驚かせればそれで十分だよ」

「わ、わかりました。やります、私!」


 ルリは両手を前に出し、魔法を唱える。


「天の道、不可視のしるべ、競い争う風魔の喧騒、果てなき地平に戦果を刻む」


 詠唱がなされ。


風斬峠かざきりとうげ


 放たれるのは不可視の風刃。身を斬られるまで、あるいは至近距離に迫るまで気が付かないこの魔法はまさに奇襲向き。

 馳せた風刃は見事に役目を果たす。

 リザードマンの悲鳴が響く。


「やったな、ルリ! 行くぞ!」

「は、はい!」


 奇襲は成功。

 このまま畳み掛けるために急接近。

 この目に捉えたリザードマンは肩から脇腹に掛けて、深い傷が刻まれていた。


「大手柄だ!」


 ミノタウロスのスキル【剣製】を発動。

 右手に剣を製造し、手負いのリザードマンに斬り掛かった。

 剣の扱い方はスキルが教えてくれる。

 こちらが繰り出す剣撃を、リザードマンは手負いながら剣と盾を駆使して凌ぐ。

 剣の扱い方が卓越している。

 こちらの攻めが悉く阻まれてしまう。

 そして、あまつさえ反撃まで繰り出してきた。


「尻尾――」


 いつの間にかリザードマンは尻尾で剣を握っていた。それが振るわれ、予想外の角度と方向から剣撃が迫る。

 対処が間に合わない。

 負傷覚悟で退くしかないと判断を下しかけた、その時だった。

 俺の隣に割って入ったルリが、リザードマンの尻尾の一撃を剣で受け止めてくれた。


「ナイス!」


 二人がかりで剣を振るい、追い詰める。

 これには堪らず、リザードマンは直ぐに後ろへ飛び退いた。

 距離を取られ、戦況はリセット。

 だけど、初手の奇襲成功が効いているようで、リザードマンは疲弊している。こちらが俄然有利だ。

 と、思ったのも束の間、リザードマンの色が変わる。深い緑から赤褐色に鱗が色付く。


「狂化ですッ」


 ルリが叫んだ直後、リザードマンの剣が飛んでくる。すかさず受け止めたが――


「重っ!?」


 先程よりも一撃が強烈になっている。


「くっ」


 ルリも尻尾の攻撃に力負けして苦戦気味。

 二対一の状況で奇襲まで決めているのにこの様か。けど、リザードマンの動きは直線的になった。

 放たれた突きを躱して反撃を見舞う。

 赤褐色の鱗を裂いて刻んだ一撃に、狂化状態のリザードマンは怯まない。

 更に攻撃を仕掛けて来るも、その太刀筋は単純すぎた。

 狂化で攻撃の威力は上がったものの、剣の卓越さは損なわれている。

 単純な攻撃なら、ミノタウロスのほうがよっぽど脅威だった。


「ここッ!」


 ルリが振るった剣が今、リザードマンの尻尾を断つ。先端が巻き付いた剣が宙を舞い、勝機が訪れる。

 トレントのスキル【緑化】を発動。地面から根を生やしてリザードマンを拘束する。

 恐らく通常のリザードマンなら、手と尻尾を器用に使って根を斬られていた。

 だが、今は器用さも尻尾もない。


「狂化が仇になったな」


 ケルピーのスキル【水操】を発動。

 指先から放つウォーターカッターで、リザードマンを両断。水飛沫が散る最中で、命の灯火が掻き消えた。


「や、やりましたね。ふぅ……」

「お疲れ様、今日は大活躍だったな」

「え? そうですか?」

「あぁ、初手の奇襲を成功させたし、俺のことも助けてくれた。尻尾だって刎ねたし、間違いなく大活躍だよ」

「そっか……えへへ、私が大活躍かぁ……」


 嬉しそうに、にやにやするルリだった。


「よし、じゃあ食事の時間だ!」

「あ、なら見張りやりますね」

「ありがと、頼んだ」


 リザードマンの死体の前に腰掛け、スキル【狂食】を発動。肉を貪り、残さず食い尽くし、後には骨と鱗だけが残される。

 リザードマンのスキル【狂化】も獲得した。

 使い所が難しいスキルだと思う。よく考えて使わないと。


「ルリ、終わったよ」

「はーい。わ、相変わらず綺麗に食べましたね」

「食い方は?」

「ノーコメントで」

「そんなにか」


 狂食中は食うことに必死すぎて、自分じゃわからないからな。

 まぁ、ルリの反応からして大体の想像はつくけど。


「鱗だっけ? 必要なの」

「はい。これだけあれば十分足ります」

「そりゃよかった。これでまた無理難題を突破したわけだ」

「シンさんのお陰です」

「そうかもだけど、その中にはちゃんとルリの活躍も入ってるよ。だろ?」

「ふふ、はい!」


 そう話していると、体に異変が起こる。

 全身が発光し、内側から魔力が溢れ出す。


「シ、シンさん?」

「大丈夫、進化するんだ」


 進化の時が訪れ、肉体が変化が完了する。

 次なる進化先は――


「これって」

「キョンシー?」


 キョンシーだった。

 


 ―――――――――――――



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