第3話 種族進化
ゾンビに肉体的な疲労はないか、現れにくいもののようで、魔物との二連戦を経ても体力的には平気だった。
けど、精神のほうはそうもいかない。
精神的な疲労は着実に蓄積していて、すぐにでも休息が必要だった。
「よかった。心はまだ人間だ」
それが今は嬉しい。
「ちょっと休憩」
通路の行き止まり、袋小路に背を預けて腰を据える。しばらくここで心を休めよう。
§
どうやらいつの間にか眠ってしまっていたようだった。
目が覚めると直ぐに異変に気がつく。
場所が違う。いや、変化していた。
岩肌に覆われた袋小路にいたはずなのに、今は植物に囲まれている。
どういう訳か、俺の両足は太い何本かの根っこに絡め取られていた。
「ぬ、抜けない」
どれだけ力を込めても無駄みたいだ。
「かくなる上は」
ヘルハウンドのスキル【火炎】で自らの両足を発火させる。
根を焼いて空間を確保するつもりだったけれど、ここで予想外のことが起こった。
動いたのだ、根っ子が。
まるで炎の熱さに耐えかねたかのように、自ら蛇蝮の如く這い回って離れて行った。
「今のも魔物……なのか」
硬い幹と自在に動く根を持つ、植物の魔物トレント。
奴はまだ俺を養分にしたいようで、周囲の植物が急速に生い茂ってきた。
「でも、植物だろ?」
息を吸い込み、火炎を吐く。
周囲の植物はたちまち灰になり、足元に薄く積もる。
「本体も燃やしてやる」
末端をちまちま焼いても切りがない。
燃やすなら本体である樹の幹のほう。
植物を焼き払いながら突き進むと、トレントの本体が顔を見せる。
神社なら神木としてしめ縄を巻かれ、祀られていそうなほど立派な樹木。皺や虚の配置で顔に見える個所もある。
これがトレントの本体で間違いない。
「灰にしてやる」
再び息を大きく吸い込み、火炎を吐く。
灼熱の赤は容赦なく襲い掛かり、トレントを覆い尽くす。これで勝負あったかに思われたが、そう簡単には行かなかった。
「なっ! 燃えてない!?」
トレントは火炎に包まれながらも健在だ。
燃えているのに燃えていない。
その矛盾を成立させているのは何か? それは直ぐに判明した。
「樹液か!」
トレントの全身から滲み出る樹液が火炎を遮っている。代わりに燃え尽きることで本体を守っているんだ。
「それなら!」
ケルピーのスキル【水操】を発動。
それなりの大きさの水弾を幾つも浮かべ、次々に放つ。炎は消えるが樹液は洗い流せるはず。だと、思ったのだけど。
「……しぶとい樹液だ」
樹液の粘着力が尋常ではなく、とても洗い流し切れなかった。そして、こうしている間にも新たな樹液が滲み出る。
こちらが手を
「こいつはヤバい!」
容赦なく突き立てられる樹液槍を、必死になって交わしながら考える。
どうすれば勝てるのか。
炎は樹液に遮られて、水でも洗い流せない。
最後の手段は【死爪】だけど、何十と同じ個所を攻撃してもトレントを切り倒せるとは思えなかった。
「くっ」
樹液槍が足を掠め、その隙を付くように攻撃が降り注ぐ。ついに交わし切れず、胴体に三本ほど突き刺さってしまった。
もう身動きが取れない。
「なにか、ないか」
この状況からトレントを真っ二つに出来るような、そんな手段が。
「あるわけ……」
いや、ある。
一つだけあった。
ケルピーの【水操】だ。
スキルを発動し、指先に一点集中。薙ぎ払うように振るうことで、超高水圧のウォーターカッターを再現する。
無数の樹液槍ごと本体の幹を斬り裂いて両断し、とれを半ばから断ち切った。
流石にこれは樹液でも防げない。
トレントは長い寿命に終止符を打ち、活動を停止した。
「い、今までで一番危なかった……」
土壇場での閃きがなければ殺られていた。
今頃はトレントの養分だっただろう。
「さて、倒したはいいものの……食えないよな?」
流石に木までは食わないだろう。
ゾンビとはいえ。
「ただ疲れただけか……」
と、気落ちしていると、ふと切り倒したトレントに実が生っているのに気がつく。
「マジか、あれなら食えるぞ!」
早速、身を回収する。
一つで俺の背丈くらいある巨大な果実だ。
「こりゃいい。魔物が来ないうちに、いただきます」
スキル【狂食】を発動し、林檎のように赤い果実を貪り食う。気がつけば種と芯とヘタしか残っておらず、体感ではあっという間だった。
「ふぅ……ごちそうさま。腹いっぱい」
トレントの能力も獲得できているようで、スキルを使うと目の前に木が生えた。これをどう活かすかは俺次第か。
なんてことを考えていると、体に異変が生じる。全身が発光し、身の内側から魔力が溢れ出してくる。
「これ、は――ついにッ」
種族進化だ。
ゾンビから別の種族に変わろうとしている。進化先は誰にもわからない。人間でありますようにと祈りながらその時を待つ。
そして肉体が変化し、進化は完了した。
「これって」
進化先は――
「ミイラ」
ミイラだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます