第2話 少女との出会い

 ヘルハウンドを【狂食】によって食べたからか、手足の火傷はすっかり治っていた。

 相変わらず腐ってはいるけど、ゾンビも傷は治せるらしい。

 そしてヘルハウンドを食べたことによって、経験値というか、進化ゲージのようなものがある程度溜まったような気がする。

 あくまで感覚の話だから間違っているかも知れないけど。あと何体か魔物を食べれば、進化して別の種族になれるかも知れない。

 この胸には希望が宿っていた。


「割とすぐに腹が減るな。都合がいいけど」


 腹の具合も確認しつつ当てもなく歩いていると、目の前に横たわる通路を何かが猛スピードで駆けていく。

 今のは人か? 人型の魔物かも知れないけど、人のように見えた。

 人がいる。

 助けては、たぶん貰えない。

 見かけはただのゾンビだし、きっと襲われるのがオチだ。

 話をしたいけど、諦めよう。

 そこまで思考が巡った時、更に通路を横切るモノがいた。

 今度は人じゃない、間違いのない魔物だった。人の直ぐ後に魔物が駆けている。

 これはつまり……


「襲われてる?」


 だとしたら。

 だとしたらなんだ?

 助けるのか? 自分にそんな余裕なんてないのに?

 相手は見ず知らずの誰かなのに?


「……あぁ、もう!」


 それでも見捨てられず、俺は通路に入って魔物の後を追い掛けた。

 自分になにか出来るとは限らない。けど、少なくともヘルハウンド一匹分くらいの仕事をはできるはず。

 勝てなさそうなら、その誰かを抱えて逃げを試みよう。

 とにかく、見殺しには出来なかった。


「いた」


 走ることしばらく、人と魔物の姿が見えた。通路の先にある広間で追い付かれたみたいだ。

 誰かは腰を抜かしている。

 魔物のほうは、近づいたことによって判別が付いた。

 強靱な四肢、飛沫を上げる毛並み、透き通る体。水生の馬、ケルピー。


「水か……」


 ケルピーは水の魔物だ。

 先ほど手に入れたばかりのヘルハウンドの能力とは相性が悪い。

 けど、まずは先手必勝。不意打ちだ。


「食らえ!」


 ケルピーの背後から火炎を吹き付けて灼熱に晒す。普通の魔物ならここで終わりなはずなんだけど、水の魔物であるケルピーには大した効果はないようで。

 お返しとばかりに飛んできた後ろ脚の蹄を間一髪の所で躱して距離を取る。

 そしてケルピーがゆっくりと、こちらに方向転換した。


「な、なに? ゾンビ?」


 人のほうは状況が飲み込めていないみたいだ。さて、ケルピーをどうしよう?


「やるだけ、やってみるか」


 ケルピーはこちらを敵と見做すと、首から触手を幾つも生やして襲ってくる。

 こちらはそれに【死爪】で対処し、近づく触手を斬り裂いてなんとか凌ぐ。

 だけど、触手に痛覚がないのか、どれだけ斬り裂いても絶え間なく押し寄せてくる。

 このまま立ち止まって爪を振るっているだけじゃ埒があかない。

 それなら。

 大きく息を吸って火炎を吐き、押し寄せる触手を蒸発させる。

 一度に、何本も触手を失えば次を繰り出すのに時間が掛かるのは当然。

 その僅かな時間を使って距離を詰め、ケルピー本体に【死爪】を振るう。

 けれど、それは空振りに終わる。

 跳ねたからだ。美しく、雄々しく、大きく跳躍して、【死爪】は空を切った。

 蹄が岩肌に着地した刹那、触手が伸びて俺の足を絡め取る。


「しまったっ」


 簡単に持ち上げられてしまい、ごつごつした岩肌に何度も叩き付けられる。

 痛みはない。痛みはないけど、体中の骨や筋肉が破壊される感触や音が直に伝わって気持ち悪い。

 しばらくそんな感覚が続き、飽きたのかケルピーの前に吊される。

 どうするつもりかと血塗れ状態で思っていると、俺はケルピーの体の中に取り込まれてしまう。

 食われた。

 いや、違う。溺死させるつもりだ。

 ゾンビを、元から死んでいて息の必要のないゾンビを。


「とんだお笑い種だ!」


 折角、ケルピー本体に取り込んでもらったんだ。これを生かさない手はない。

 水の中にいるのと等しいので息は吸い込めないが、全身から火炎を放つことが出来る。

 蒸発させるとまではいかなくても、ケルピーを形成する水分を熱することが出来ればそれでいい。

 最大火力の炎を身に纏い、ケルピーを内側から茹でる。

 当然、ケルピーは熱さに耐えかねて暴れ狂うも、火炎を纏った俺に触手で触れることはもう叶わない。

 あっという間にケルピーの体は沸騰し、断末魔の叫びを上げて命尽きる。

 熱い風呂から出るように、湯気を昇らせながら、俺はケルピーの腹を突き破った。


「熱さも感じないもんなんだな、ゾンビって。寒いのも平気か」


 意外と便利なのかも?


「ゾ、ゾンビが喋った?」

「ん?」

「ひぇっ」


 近くに人がいた。高校生くらいの少女だった。彼女はとてもファンタジーな格好をしていて、現代ファッションとは似ても似つかない。

 きっとどこの国のファッションとも合致しないだろう。

 それを見て、気付かないようにしていたことに気がついてしまった。

 俺が住んでいた世界とここは決定的に違うのだと。


「やあ、喋るゾンビは初めて?」

「ひぅっ。は、はい」


 俺も初めて。


「あ、あなたは……いったい」

「キミの敵じゃないとだけ言っておく」


 流石にこの状況でこの子に襲われたりはしない、はず。


「じゃあ、やっぱり助けてくれたんですか? 私のこと」

「まぁ、そういうことになるかな。別に目的もあったけど」


 これからケルピーの死体を食べないと。


「あ、ありがとうございます。お陰で命拾いしました」

「どう致しまして」

「なにかお礼が出来ればいいんですけど……」

「お礼ねぇ……あ、そうだ。じゃあ、見張りをお願い」

「見張り、ですか?」

「そ。今から食事だから」


 そう言ってケルピーの前に腰を据える。

 完全に茹だったケルピーは水分がゼラチンのように固まり、肉のようになっていた。

 これなら手掴みで食べられる。スキル【狂食】を発動し、ケルピーの死体にかぶり付いた。

 それから一心不乱に食べ続け、折れた骨や壊れた筋肉を修復しながら食事を終える。


「ふぅ……食った食った」


 我に返ると、ケルピーは跡形もなく食べ尽くされていた。


「水も出せるな」


 口からぴゅっと吐いて確認。

 それから周囲に目をやると、こちらに背を向けて立ち尽くす彼女がいた。


「見張り、ありがとね」

「ひゃっ! い、いえ、お気になさらず」

「あ、もしかして怖かった? 食事風景」

「そ、そんなことは……いえ、はい。正直、見てられなかったです」

「ははっ、だろうね。そうだと思った」


 それでも見張りを続けてくれたあたり、義理堅い子みたいだ。


「助かったよ。キミ、名前は?」

「ルリ・シキジョウです」

「ルリか」


 あれ、もしかしてこっちが名前で、後が苗字か?


「俺は藤高シン……シン・フジタカだ」

「……シンさん、ですか」

「今、ゾンビにも名前があるんだって思ったでしょ?」

「へぁっ!? い、いえ、決してそんなことは……」


 分かり易い子だった。


「今日はありがとう、助かったよ。また会おう、ルリ」

「はい。こちらこそありがとうございました」


 話もそこそこにして別々の道をいく。

 ルリはこの洞窟の外へ。俺はより深くへ。

 今現在、唯一の交友関係だ。また会えたらいいな。

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