第10話 結晶の巨亀

 ダンジョンの片隅で共鳴の鈴が奏でる心地いい音に耳を傾けていると、ルリが現れてそれは鳴り止んだ。

 ここでは貴重な音を楽しむ時間は終わり。

 また次回を楽しみにしておこう。


「シンさんみっけ」

「おはようルリ。こんにちはのほうがいいか」

「おはようで大丈夫ですよ。まだ午前中なので」

「そうなの? 俺の体内時計も捨てたもんじゃないな」


 たまたまだろうけど。

 起きて直ぐに共鳴の鈴がなりだしたから、そう始めに言っただけだし。


「さて、今日の無理難題は?」

「今日の献立を聞くみたいに……今回はクリスタル・タートルです。その結晶で出来た甲羅の一部をと」

「クリスタル・タートルか」


 その名の通り結晶の甲羅を持つ巨大な亀。

 今まで相手にして来たどの魔物より大きい。

 一歩間違えればぺしゃんこになってしまう、危険な相手だ。


「よし、じゃあ行こ――」


 不意に気配がしてそちらを見やる。

 何もいない。気のせいか? 気配も消えてるし、思い過ごしかな。


「どうかしました?」

「いや、なんでもない。行こう」

「はい! 案内しますね」


 先行するルリの背中を追いかける形で通路を進む。程なくしてダンジョンの様相が変わり始める。

 足を進めるたびに岩肌が青白い結晶に塗り替えられていく。景色が一変していく。


「綺麗なもんだな」

「ですよね。なんだか幻想的……」


 完全に結晶によって塗り替えられた通路を通り、俺たちはクリスタル・タートルの生息域に到着した。

 広く大きく開けた空間があり、その中央には

巨大な結晶の塊が鎮座している。

 言わずもがな、その結晶の塊がクリスタル・トータスである。


「さて、どう攻めようか」

「奇襲はあまり意味がないと思います。殻にこもったクリスタル・トータスの硬さは有名ですから」

「そっか。起こすだけになるなら、派手な攻撃はいらないな」


 無駄に消耗するだけだ。

 今回は奇襲を行わず、堂々とクリスタル・タートルに近づいた。結晶に擬態したまま眠る様子はそうと知らなければわからないほど。

 普段はああやって獲物を待ち、不意をていて捕食を行うのだろう。

 奇襲を拒否しつつも、自らは行うわけだ。

 ズルい。


「いい加減、起きてもらうぞ」


 軽く息を吸い込み、、スキル【火炎】を発動。

 灼熱が結晶を炙り、クリスタル・タートルの目が覚めた。眼前の結晶塊から手足が生え、頭と尻尾が伸びる。

 デカイデカイと事前にわかっていたが、実物を見ると想定以上だ。目測で五メートルは高さがある。

 簡単に踏み潰されてしまいそうだ。


「ぺしゃんこにならないようにな」

「もちろんです!」


 振り下ろされた震脚を躱して戦闘開始。

 まずは剥き出しの生身を狙う。

 スキル【宝石】でガーネットを生成し、光を宿して赤い閃光をクリスタル・タートルの顔面に放つ。

 ミノタウロスを屠った二筋。

 だけど、今回は相手が大きすぎた。

 攻撃の範囲が足りず、閃光はクリスタル・タートルの顔面に二筋の傷を刻むに終わる。

 でも、ダメージダメージだ。

 ルリの炎弾が脚にも着弾し、怯んだクリスタル・タートルは四肢と頭と尻尾を引っ込めた。


「おおっと、こりゃ不味い!」


 甲羅に身を潜めると、クリスタル・タートルは自転を開始した。物凄い勢いで回転し、こちらに迫る。

 あれに轢かれたらぺしゃんこどころの騒ぎじゃない。磨り潰されてしまう。


「ルリ!」


 とにかく軌道上から離脱しなければ。

 キョンシーのスキル【怪力】を発動し、その脚力で地面を蹴る。瞬間、自分でも思ってもみない速度が出た。


「おっととと」


 あまりの速度に転びそうになるのを必死に堪え、更に地面を蹴る。今度は速度に慣れ、次に繋げられた。

 そうしてあっという間にルリの元に到着。


「抱えるぞ」

「へ? きゃっ!」


 ルリを小脇に抱えてクリスタル・タートルの軌道上から離脱。

 クリスタル・タートルの回転突進を遠巻きに眺めつつ、どう倒すか思案する。


「とにかく、あの回転を停めないことには話にならないな」

「何か考えが?」

「無いわけじゃ無いけど……」

「けど?」

「時間が掛かると思う。準備してる間に磨り潰されるのがオチ」

「……準備が整うまで近づけさせなければいいんですね?」

「出来るのか?」

「たぶん……いえ、出来ます!」

「ルリ……出来れば誘導もしてほしいんだけど」

「そ、それも任せてください!」


 未だかつてないくらい、ルリが頼もしい。

 まるでルリじゃないみたいだ。


「わかった。ルリを信じる」

「ありがとうございます!」


 クリスタル・タートルから十分離れた位置にルリを下ろし、後のことは任せる。


「シンさんには近付けさせません!」


 迫りくる回転突進を前に、ルリは魔法を唱える。


「響け、地脈の音色、隆起、陥没、亀裂、崩壊、災禍の調べが地表を奔る」


 詠唱を終え。


大地転奏だいちてんそう


 発動した。

 魔法は自らに課された役目を果たし、結晶の大地を隆起させる。

 クリスタル・タートルの回転突進を受け止めるつもりかと思ったが違った。

 隆起した壁には角度が付けられていて、クリスタル・タートルが乗り上げると、そのまま進路を変える。

 地形を操ることで軌道を逸らしてみせた。


「やるな、ルリ。こっちも負けてらんないな」


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