第15話 蜘蛛の糸

 緋緋色蜘蛛の口から何本もの炎の鞭が伸び、それぞれが意思を持つようにうねり、こちらの行く手を阻む。

 鞭の先端の速度は音速を超えると言う。

 そんな攻撃をいつまでも凌げるはずもなく。キョンシーの肉体は火に焼かれ、鞭で引き裂けている。

 このままじゃジリ貧だ。


「だったらこっちは!」


 スキル【緑化】を発動し、地面から木の根を伸ばす。それらはすでに滲み出した樹液でコーティングされており、燃えることはない。

 それらを鞭のようにしならせて迎撃。振るわれた炎の鞭を叩き、樹液の粘着力で絡め取った。

 すべての炎の鞭が、ぴんと真っ直ぐに伸びる。

 新たな炎の鞭を編むのには時を要するはず。その隙に駆け抜けて、ようやく至近距離へ。

 振り下ろされた槍のように鋭い脚をスキル【結晶】で防ぎ、三度スキル【怪力】を発動する。


「三度目の正直だ!」


 火の粉を漏らし、火炎を吐こうとしたその口腔に大剣の切っ先を差し向け、勢いのまま根本まで捩じ込んだ。

 口を裂き、牙を折り、貫いた大剣から吹き出す火炎。それすらスキル【結晶】で阻み、緋緋色蜘蛛は絶命する。

 巨体が倒れ伏し、勝負はついた。


「小蜘蛛が逃げてく……倒したんですね、シンさん」

「すごーい! ホントに一人で倒しちゃった!」

「任せてもらったからな。頑張った」


 これで倒せませんでした、じゃ格好がつかない。そういう意味でも無事に勝ててよかった。


「さてと、それじゃあ早速」


 緋緋色蜘蛛の前に腰掛ける。


「え、食べるんですか? 蜘蛛ですよ? 蜘蛛」

「そりゃ、食うのに抵抗はあるけど」


 昆虫食を嗜んでいる人にとっては、なんてことなく口に運べてしまうのだろうけれど。

 その経験がない俺にはかなりハードルが高い。狂食中は食べることだけしか考えられないとはいえ、正直なこと言えば食べたくない。

 けど。


「食べなきゃ人間に近づけないから」

「あ」

「食べてる間、見張り頼む」

「わ、わかりました」


 緋緋色金蜘蛛の亡骸に視線を戻し、スキル【狂食】を発動。我を忘れたように食らいつき、緋緋色蜘蛛を平らげた。


「ふぅ……口の中がねばねばする」

「止めてくださいよぉ、想像しちゃうじゃないですかぁ。うえー」

「私もちょっと……」

「そんなに? まぁ、そうか」


 蜘蛛を食ったんだしな。


「あ、そうだ、忘れてた!」

「どうしたの?」

「緋緋色蜘蛛の糸! 集めなきゃ!」


 緋緋色蜘蛛の糸を?


「なんでまた」

「えへへ、実は緋緋色蜘蛛の糸って手間を掛ければ柔らかくなるんです」

「あっ」


 ルリが何かに気づく。


「その柔らかくした糸で作った戦闘服は超丈夫で目茶苦茶長持ちするんですよ! しかも、自分でもデザインできる! もう最高ですよ!」

「まさか、そのために緋緋色蜘蛛の提案を?」

「……えへっ」


 カンナは笑って誤摩化した。

 まぁ、いいか。スキルも手に入ったし。


「でも、この蜘蛛の巣……」


 ルリの視線に釣られて、この空間に張り巡らされた無数の糸を見上げた。


「汚いな」


 細かな羽虫、食べ残された肉片、血の跡、土、埃、糞などなど。緋緋色蜘蛛の生活痕が巣をかなり汚している。


「これを回収して帰るの? 二人とも」

「……新しい戦闘服ほしいよね? ルリちゃん。ちょっとくらい汚れたって」

「戦闘服はほしいけど、流石にあれは……」

「……やっぱり? えー! 残念! おしゃれな戦闘服になる予定だったのなぁ!」


 がくんと気持ちが沈み、カンナは意気消沈してしまった。でも、こればっかりはしょうがない。


「いや、待てよ?」


 スキルを発動。


「カンナ」

「はい?」

「これならどう?」


 手の平から綺麗な糸が現れる。

 緋緋色蜘蛛のスキル【鋼糸】なら、綺麗な糸が量産可能。ちょっと精神的に疲れるけど平気だ。


「わぁ! 凄い凄い! 綺麗な糸! やったー! ありがとうシンさん! 大好き!」

「おっとっと」

「カ、カンナちゃん! 抱きついたりしたら!」


 抱きつかれるっていうか、飛び付かれるって感じだったけど。それだけ嬉しかったってことかな。

 喜んでくれたみたいでなにより。


「どのくらい必要なんだ?」

「えっとですねぇ。私とルリちゃんの二人分だから――」


 納品先を詳しく知っているカンナの言う通りに糸を出す。

 人二人分の衣服を賄えるだけの量を出すのは一苦労だったけど、代わりにとびっきりの笑顔が見られた。


「ありがとうございまーす! 新しい戦闘服、楽しみー!」

「私の分まで、ありがとうございます。シンさん」

「どうやらいたしまして」


 ちなみに大量の糸の束は、二人が腰に巻き付けている雑嚢鞄に仕舞われた。

 どう考えても入り切らないはずの量なんだけど、あれも魔導具なのかも。 


「お?」


 ふと、感じたちょっとした違和感。

 それはどうやら進化の兆候のようで、直後に全身が輝き始める。


「今回は早いな」

「なになに? なんで光ってるの?」

「シンさんが進化するんだよ。でも、いつもより早い。大物を続けて食べたからかな?」

「それだ!」


 言っているうちに肉体の変異が始まり、新たな種族への進化が完了する。

 進化先は――


「リッチ」


 リッチだった。


「人間どころか骨だけになったんだけど!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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転生したらゾンビだったので人間目指して種族進化しまくります 〜魔物を食べて別種族へ、ミイラにリッチ、ドラゴンまで!?〜 黒井カラス @karasukuroi96

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