協力関係
ボクらの恥部告白大会は始まったばかりだ。
「実は、菅野さんの尻をずっと眺めていました。一度でいいから、顔面に乗ってほしいです!」
「お前、ほんっとキモいな」
「ムッチリし過ぎなんですよ!」
さっきから、恥部をさらけ出す度に、ローキックをかまされる。
おかげで、膝から下が笑っていて、上手く立てなかった。
「えー、と。トイレに行くのが面倒で、ベランダで用を足したことがある」
「だ、大ですか?」
「小だよ!」
げしっ。
戦慄するボクの膝が蹴られる。
机に手を突くことで、何とか持ちこたえた。
二人で答え終わると、菅野さんは扉を引いて開けようと試みた。
だが、鍵は一向に開く気配がない。
なんだ。
何が足りないんだ。
ボクは腕を組んで考えた。
もしかして、恥ずかしいところを全部言えってことか?
だとしたら、生涯が恥のボクは、とんでもないことになるぞ。
「くそー、開かないじゃん!」
「何か見落としてるんですよ。恥ずかしい事を言え、って書いてるのに。言ったのに開かない。だとしたら、何かが足りないんだ」
「人の
おっしゃる通り。
恥ずかしい事を言え、と聞くと軽く聞こえる。
だが、口にすることで、他人を交えて自分の醜さと強制的に向き合う事となるお題だ。
相当、精神的にくるのは、言うまでもない。
「何が足りないんだ。考えろ……。考えるんだ……」
こういう時、ラノベの主人公では、ひたすら脳内で「考えろ」とか言いながら知恵を絞りだしていた。
ああ言うのは、大抵イケメン補正が掛かってると睨んでいる。
ならば、ボクはブサメン代表として、知恵を絞りだそうじゃないか。
「たぶん、二人に関係する事だと思うんだよなぁ」
「アタシ、山田の事しばき倒した記憶しかないんだけど」
「はは。奇遇ですね。ボクもですよ」
古傷が痛む。
イジメ、と聞くと嫌な記憶が蘇る人の方が大半だ。
その中でも、ボクの場合はレアケース。
嫌ではあるけれど、世間で言われているようなシリアスなイジメじゃない。どちらかというと、ほのぼのと、バイオレンスを絶妙に混ぜた感じか。
大抵は、菅野さんのオモチャになって終わりだ。
「ん?」
オモチャ、と考えてボクはピンときた。
このお題って、ボクには見えない、あるいは見たことがない菅野さんが、さらけ出されないといけない。
当たり前だけど、現実では誰もが一人称。
これを考えると、世の中は死角が多い。
つまり、陰に潜んだ菅野さんを見つける『手探りゲーム』みたいなものだ。
ボクは過去の事を思い出し、片っ端から菅野さんにアプローチを試みた。
「菅野さん。ちょっと試してみませんか?」
「色々試したろ」
疲れた様子で机に座り、ため息を吐く菅野さん。
後ろの席に足を乗せ、「だっる」と文句を言っているが、伸ばされた足は、磨かれた餅のように、白の中に奥行きがあった。さらに、何も塗っていないのに、照明の明かりが反射し、染み一つない卵白のような光沢がある。
どこまでも、容姿だけは完ぺきだった。
「おい」
「あ、はい」
「なんだよ。試したい事って」
「はい。思ったんですけど。この恥ずかしいって、たぶん本人が絶対に言いたくない部分だと思うんですよ。ポイントは、嫌な事、ではないです。恥ずかしい、というのがポイントです」
分かったような、分かってないような、曖昧な反応だった。
「ボクが質問をするので、正直に答えてもらっていいですか?」
「は? なんで?」
「菅野さん!」
ボクは大きな声を上げて、菅野さんに近づく。
さりげなく太ももに手を置くと、電光石火の速さで頬を殴られた。
「ん”っ!」
ゴトン。
机を巻き込んで倒れ、ボクは挫けずに立ち上がる。
「キモい。ほんっとキモい! 死ね!」
「はぁ、はぁ、まだ、……分からないのかよ」
「いや、触る必要ないだろ!」
ボクは正論に屈しない。
絶対に折れない。
ボクの中には、どす黒い欲望がムラムラと湧き上がっていた。
基本的に、閉じ込められた場合、双方の協力関係が前提。
一方で、ボクにとっては、ちょっとした復讐の機会でもある。
誰も死ななくていい、穏やかな復讐だ。
「ボクらは、閉じ込められた以上、協力しないといけないんだ。強制的に、協力関係を結ばざるを得ないんだ!」
ツンとした表情で菅野さんは腕を組む。
「分かってるっつうの」
「だから、正直に答えてくれ。お願いします! 正直に答えてください!」
その場に土下座をして、ボクは腹の底から叫んだ。
いじめっ子であるけど、可愛い女子の秘密が何としても知りたかった。
女の子は建前が二重、三重に分厚くて、絶対に中身の柔らかい部分をさらけ出してくれない。
ずるいよ!
ボクは喋るだけで、全てが恥なのに!
「分かったから! うざいし、やめて」
「ほんっとすか? 女に二言はないですね?」
「……ぶん殴るぞ」
言質は取れた。
復讐スタートだ。
まあ、ボクが楽しみたいだけなんだけど。
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