ボクとギャル

変化

 翌日。


「あれ? 今日はイジメない感じ?」

「……いいよ」


 菅野さんが一瞥いちべつしてくるが、すぐに顔を背けた。

 素っ気ない感じだ。


 そりゃ、そうか。

 菅野さんは、ボクと違って遊んでいそうだし。

 経験豊富なんだろうな。


 そう思った矢先、ボクの脳裏にある一言が浮かんだ。


だよ』


 ファーストキスの件を感情のままにぶつけたら、思いも寄らない答えが返ってきたことを思い出す。


 菅野さんは、キスをした事がない。

 見た目だけみれば、たくさん大人の階段を上っているように思える。

 実際は、キスもしたことがなかったという。


 考えてみれば、相手はいじめっ子のギャルとはいえ、ファーストキスを奪ったのは、いささか罪悪感がある。


 ボクは廊下側の端っこの一番後ろの席。

 菅野さんは、斜め向かいの席。


 これだけ近いのに、ボクは感情が高まって、つい口にしてしまった。


「もう一回したかったな」

「っ⁉」


 ゴチン。

 脳天に衝撃が走り、反射的に頭を押さえる。


「い、ってぇ!」

「キモいんだよ!」


 歯を剥き出しに怒る菅野さんは、顔を真っ赤に染めて叫んだ。

 怒った所はたくさん見たことがある。

 でも、ここまで感情的な所は見たことがなかった。


 びっくりして固まっていると、周りのギャルたちが「どうどう」と宥めてくれる。


「頭はマズいよ。紐で首を絞めないと」

「それ死にますよ?」


 取り巻きの方が殺意高めだった。


「くっ」


 乱暴に椅子を引いて、腰を下ろす。

 菅野さんは頭を抱えて、唸り声を上げていた。

 周りの友達は心配しつつ、ボクの方に殺意を向けてきた。


「大丈夫? あいつに何かされた?」

「されて、……ない」

「ウチらが絞めようか? 紐で」

「死にますって」

「うるせぇんだよ!」


 怒鳴られて縮こまる。

 ボクだってしたくてしたわけじゃない。

 なのに、ここまで一方的に責められるのは納得がいかなかった。


 いっそ、復讐をしてやろうか。なんて考えた矢先、昨日の光景が浮かぶ。


 ふわふわの唇。

 表面はグロスで濡れていて、唇がちょっとだけくっ付いたのだ。

 離れる瞬間に、ボクの口まで持っていかれた。

 顔を離した直後の菅野さんは、これまた意外な事に、普段の獰猛な気配が全く感じられなかったのだ。


 自分の体を抱いて、「くそ」と小さな声で呟き、口を噤む。

 普段とは全く違うしおらしい姿を見て、不覚にもドキドキしてしまった。


 あんな菅野さんを初めて見た。


「くそぉ。もう一回だけ……」


 ゴチン。


 呟いただけで、菅野さんが強めに殴りかかってきた。

 結構、気にしてるみたいだ。

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