密室、再び
晴れた日の昼食時。
ボクは階段の踊り場に呼び出された。
ボクの前には犬歯を剥き出しにする菅野さん。
いわゆる、壁ドンのポーズで退路を塞がれ、詰められていた。
「おまえさぁ。どうすんの?」
「……ボクに言われても分からないですよ」
「何で盗撮されてんだよ」
昨日、高島に例の盗撮していたアカウントを見せられ、ボクは自宅に帰ってから好奇心で検索した。
すると、出るわ、出るわで、ボク以外の人間が閉じ込められた一部のシーンが公開されていた。
みんな、指示に従った場面だけを切り取ったものだ。
全部はさすがに公開されていなかったのが、まだ救いか。
得体の知れないアカウントは、『密室シリーズ』という名前。
数ある動画の中に、ボクと菅野さんがキスをしている所もバッチリあったわけだ。
「最悪~~~~~っ!」
菅野さんは、ボクにキスをする時、ボクの膝を握りしめていた。
盗撮映像という第三者視点で、初めて分かった事だ。
キスされている時は、興奮のあまり気づけなかった。
改めて気づいた事実に興奮していたのも束の間。
菅野さんに胸倉を掴まれて呼び出されたのだ。
「でも、アングル的に天井の斜め上? くらいでしたね。顔までは、小さくて誰だか分からないと思いますけど」
アップで撮られているわけではないから、顔はよほどカメラに近づかない限り、誰だかは分からないと思う。
「そういう問題じゃねえだろ」
「そ、そっすね」
「お前のせいで、みんなから詰められるし。マジ最悪」
菅野さんが乱暴に頭を掻いた際、ふわりと上品な香りが漂ってきた。
たぶん、香水だ。
癖のない香りが鼻の奥にまで届き、菅野さんのいかにも気丈な外見と比べて、妙にマッチしていた。
「学校に、まだ被害者みたいのいるんですかね」
「知らねーよ」
「ですよね。まあ、人の噂も三日までと言いますし。放っておけば、たぶん忘れますよ」
慰めるつもりで言ったのに、菅野さんは気に入らなかったようだ。
ぐにっ、と頬を片手で掴まれ、ギリギリと握りしめられる。
「周りが忘れても、こっちは忘れられねえっての」
「ず、ずい”ま”ぜん”」
「相変わらず、むかつく顔しやがって。何発殴っても足りねえわ」
頭を前後に揺さぶられた後、乱暴に解放された。
まだ溜飲が下がらないらしく、菅野さんは「もう話しかけてくんな」と、舌打ちをして去っていく。
残されたボクは、不思議な気持ちが芽生えていた。
今まで、怖いいじめっ子としか見てなかった菅野さん。
いけない事なんだろうけど、キスの時にしおらしくなる一面を見てから、もっと菅野さんの事が知りたいという欲求が芽生えてきた。
「まあ、ちょっとした思い出として覚えておくのがいいのかな」
やれやれ、とため息をこぼし、教室に戻ろうと角を曲がった。
その時だった。
菅野さんが腕を組み、廊下に立っていた。
「あれ? どうしたんです?」
「おい。山田」
「ん?」
ゆっくりと振り向き、菅野さんは教室を指した。
前の方を指した後、横に線を引くような仕草で言った。
「何か、おかしくね?」
「え、なんだろう」
菅野さんの隣に並び、ボクは教室を見る。
別に普通だった。
窓ガラス越しに見えるのは、机とか黒板とか、馴染みのある風景だ。
端から端まで教室を目だけで見渡し、「別におかしなところないですけど」と正直に言う。
「いやいや。ウチの学校って、教室三つでしょ」
「あれ、そうでしたっけ?」
「階段の踊り場挟んで、向こうに空き教室あるだろ。なのに、何でここに四つあるんだよ」
言われてみると、教室が一つ多い気がする。
2-A。
2ーB。
2ーC。
2ーD。――この教室が存在しない。
「ふざけんなよぉ。またぁ?」
「とりあえず、ボクらの教室に入りましょう」
ボクらは、『C組』に入る。
ところが、扉を開けて中に入ると、異変に気付いた。
「誰もいないじゃん」
「次って、何の授業でしたっけ?」
「知らない。授業寝てるし」
これだから、ヤンキーは。
何気なく黒板の方を見ると、異変の正体を確信する。
『恥ずかしい告白をすること』
パタン。
菅野さんが後ろ手で、教室の扉を閉めてしまった。
「あの、言い辛いんですけど」
「あん?」
「あれ」
ボクが黒板を指すと、菅野さんは顔を両手で覆った。
気づいたようだ。
「まただ……」
指示をクリアしないと出られない部屋。
2度目である。
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