覚悟を決める

 時を進めて、現在。


 色々と部屋の中を見て回ったボクは、禁断の台詞を言ってしまう。


「キス、しないと……出られないんじゃないですかね?」

「おま、バカじゃねえの?」

「……うぉぉ……傷つくぅ……」


 言ってる事は、ごもっとも。

 閉じ込められたからキスしようぜ、は確かに狂気以外の何物でもない。

 菅野さんはベッドに座り、機嫌悪そうにスマホを確認する。


「ていうかさ。ここ、ラブホじゃん。ウチの学校に、こんな部屋あったっけ?」

「ないですね。あったら、絶対に絞られます」

「な~~~~んで、お前なんかと」


 ボクの台詞だよ。

 どうして、推しのアイドルじゃなくて、普段ボクをイジメてくるギャルと一緒にいる羽目になるのか。


 ボクは立ち上がって、もう一度扉の方に向かう。


「どこ行くん?」

「いえ。パネルを」

「パネル?」

「何か、書いてたんですよ。キスをすることって」

「はぁ?」


 今度は菅野さんと一緒に入口の所に向かう。

 そして、扉の真上にあるパネルを二人で確認。

 やはり、『キスをすること』と書いてあった。


「先に来てたから、てっきり気づいているかと」

「いやいや。あのさぁ」


 菅野さんは眉間に皺を寄せて言うのだ。


ぞ」

「マジっすか?」

「なかったって。言っただろ。ここ、調べたんだって。全部」


 いよいよきな臭くなってきた。

 誰が何のために、こんな部屋を用意したのか。

 目的は分からないし、謎が多いけど。


 菅野さんの話では、そもそもパネルがなかったという。

 でも、今は目の前にある。

 指示が書かれていて、キスをすることが条件。


 腕を組み、考える仕草をしながら、ボクは目だけを菅野さんに向けた。


「いや、無理でしょ」

「……」

「キスして鍵が開くの? あり得なくない?」

「……まあ、そうっすね」

「だいたい、アタシお前のこと嫌いだし」

「そんなハッキリ言わなくてもなぁ。何で、ボクの事そんな嫌うんですか?」

「顔がむかつくんだよ」

「おぉ、すっげ。ストレートにきた」


 回答は普段イジメられている時に聞くのと同じ。

 ボクだって、嫌がる女の子とキスなんかしたくない。

 したら、徹底的に罵詈雑言ばりぞうごんの嵐で、再起不能まで追い詰められることは明白。


 絶対に嫌だった。


 でも、このままジッとしていると、時間だけが経ってしまう。

 それに、今日は家に帰って、アニメの最新話を観ようと考えていた。

 あれだけがボクのオアシスなんだ。


「あの。菅野さん」


 不機嫌そうに首を傾け、ジロっと見てくる。


「キスを――」

「死ね」


 ボクが知っている密室系のシチュエーションだと、殺人が起きるか、エロいことが起きるかの二つしかない。


 菅野さん相手だと、前者になりそうで怖い。


「でも、このままだと出られないですよ」

「……くそ」

「菅野さん。ボクだって嫌ですよ。でも、やらないと部屋から出られないんだ! キスしましょうぜ!」

「……うわ、殺してぇ」


 何かを堪えるように、菅野さんは目を瞑り、顎を持ち上げた。

 閉じた口の中から、ギチギチと歯軋りの音が聞こえる。


 そこまで嫌かね。


「お前はいいのかよ。キスとか」


 ボクは考えた。

 アイドルが良い。

 叶わぬ夢を追いかける気持ちはあるけど。


 菅野さんとキスをする、と改めて考えると、「嫌だな」という気持ちが6割。「ありだな」と思う気持ちが4割だった。


 でも、ハッキリ言い過ぎるとキレると思うので、嘘を吐くことにした。


「キス。はい。そうっすね。大丈夫です」

「アタシは嫌なんだけど」


 ここは嘘を重ねまくって、色々と試してみるしかない。

 本当に神の悪戯にしては、あんまりだ。


 まさか、ボクを嫌う女子を説得する日が来るなんて思わなかった。


「ボク、キスしたいです。菅野さんの唇味わいです!」

「ねえ。キモい。ほんっと、きしょい」

「でも、出られないんですよ! だったら、するしかないですよ!」

「……くっ」

「決断をお願いします!」


 こめかみを押さえて、菅野さんが考える。

 頬は引き攣り、本当に嫌そうだった。

 ボクは両手の指を揃えて、直立不動のポーズ。


「んじゃ、歯磨いてきて」

「え?」

「くっせぇんだよ。お前」

「……すいません」


 こんなギャルとキスしても、絶対にエロさなんか感じないだろうな。

 ていうか、部屋の中に洗面台がある事自体が不思議だけど。


 キスをするために、ボクはわざわざシャワー室の方に向かう。

 バスタブの前に洗面器があった。

 鏡があって、台の上にはコップが二つと歯ブラシが二つ。


「……ふぅ。マジか」


 歯磨き粉を捻り、ボクは歯を磨くのだった。

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