第14話 兄。

 そんなこんなでなんとか公爵家の妻として過ごしていたセラフィーナ。

 でも、記憶はやっぱり戻っては来なかった。

 というか周囲からの自分の話を聞けば聞くほど今の自分とは乖離しすぎてて、それが自分の過去だってふうには信じられなくなっていく。


 このまま過去を思い出さなくってもそんなに困らないかなぁ?

 そんなふうにも思えてくる。

 とりあえず今のセラフィーナにはここにいるしかすることがない。

 公爵夫人だったらそれなりにお仕事あるだろうって思っていたけれど、お飾りのいるだけ妻にはそんなお仕事も任されるわけもなく。

 ただただお部屋で過ごすかたまに社交に出るかするくらいだった。


 実際にはその隙間を縫って勝手に出かけて、冒険者の真似事をしながらお小遣いを稼いだりはしていたから結構忙しくはあったんだけれど、それでも。


(わたしは、それだけでいいの?)

 長い人生、誰とも恋愛もせずに過ごすのは、なんだかすごく悲しいことのような気がして。


(離縁とか、してもらえるんだろうか?)

 そろそろ自分でなんとか生計を立てる算段もできてきた。

 ここを追い出されても生きていける自信はできたから。


 だけど。元々の契約の条件とかを旦那様に尋ねるのはちょっと憚られる。

 記憶を無くしてなかったら、ちゃんと理解していたんだろうし。

 それなのにそういった事を内緒にしたまま、今更聞けない。


 ああでも、もしかしたら肉親に会ったら少しは記憶も蘇るんだろうか?

 そんなふうにも考える。

 結局実家の父にも兄にも会う事もなくここまできてしまった。

 お酒に溺れたお父様ってシチュエーションはちょっとあんまり受け入れたくないけど、一人お仕事して家計を支えてくれていたお兄様っていう存在には会ってみたいかな。

 とも思ってみたりして。

 今更ながら、この記憶喪失を最初に打ち明けるならやっぱり身内の人だろう。少なくとも親身に考えてくれる可能性がある人じゃないと、打ち明けるのは怖い。そう思う。

 それでもこのまま記憶が戻らず一人で生きていくことになったとしても、やっぱり今のこの状況を兄くらいには伝えておくべきだって、そうも考えて。


 そんな事をうだうだ考えるようになったある日。


「何? 潜入中のアルバートと連絡が取れなくなった、だと?」

「はい。非常に危険な状態であると思われます」

「侯爵の様子は、何か変わったところはあったか?」

「それが……。すでに王都のどこにもおりません。領地に戻っていると思われます」


 声を荒げる旦那様の声が廊下にいたセラフィーナにも聞こえてきた。

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