第6話 月の降る夜、世界はマナで満たされる。

 窓から見えるまあるい月は、そろそろ天頂に掛かろうとしていた。

 街の灯りも落ち、人々は寝入った頃合い。

 お屋敷の中も静まり返り、働いている方たちももう寝入ったらしい。

 それでも、衛士? そんな騎士姿の方達がまだあちらこちらを巡回しているようだ。

 流石に公爵邸のお屋敷だ。普段から警備も万全、なのだろう。

 こっそりお外に行こうと思ったけど、このまま普通に歩いてじゃちょっと無理。

 だけれど。


 セラフィーナは宙に舞うアウラたちを集め希う。

(お願いアウラ。力を貸して)

 白銀の光の粒がより集まり白鳥の羽のような形になって、彼女の背中に二対の翼がふんわりと浮かぶ。

 ギアたちにはそれぞれ得意な特性がある。

 そんな中でもアウラは空間とか位置とかそんな属性を操るギアだ。

 風のアウラ。

 そんな名前でも呼ばれている。初級クラスでは風の魔法。中級クラスでは浮遊の魔法がその権能として行使できるのだ。

 若草色のストライプは結構目立つし、そうでなくともあれは人前で着れる一張羅だったからあまり汚したくもなかった。だから、もう一つの洗いざらしのワンピースに着替えて。

 白、というかくすんだベージュのそのワンピースに、純白の二対の翼。セラフィーナの髪もホワイトゴールドのストレートだったから、はたから見たら幽霊みたいにも見えなくはない。

(この格好で空に浮かんでいるところを見られても、まさかわたしだとは気が付かれないだろう)

 そう思うと結構大胆になれた。


 窓を開け放ち、空にふんわりと浮かぶ。

 騎士様たちに気付かれていないか、それだけをさっと確認して、そのまま月に向かって飛んだ。


 月の降る夜は世界がマナで満たされる。

 満月の日はそんなマナの量がピークに達する。


 命の根幹。魂の素。力の源。

 マナがなければ生き物は生きていけない。

 だから、こんな満月の夜は世界が喜びで満たされるのだ。


 植物がその命の調べを謳い、動物は喜び駆け回る。

 人の耳には聞こえはしないけれど、そんな歌声の連鎖は彼らの成長の促進にも役に立っているのだった。



 空の上で両手を広げた。キラキラとした月の光と共にセラフィーナの心の中にマナがいっぱい降り注いでくる。

 もういっぱいだったと思った心のバケツ、でもまだ余裕があった。

 溢れてる分もあるけど、どんどんマナの総量が増えているのを感じて。


(ああ。気持ちいい。チカラが溢れてくるのを感じる)

 この感覚は絶対に経験があるはず。でも、記憶を失う前の自分がこんな万能感を感じていたら、こんなに内気な性格になるだろうか?

 そこが疑問だった。

 自分は本当にセラフィーナなのか?

 自分の中のマナを解放してみたくてここまできた。

 聞いた話の中の過去の自分と、今のこの自分がどうしても繋がらなくって。

 だから、実際に魔法を試してみたかった。

 知識だけではない本気のチカラを出してみたかったのだ。



 そのまま実際にいくつか魔法を使ってみたけど、全部、ちゃんと発動した。

 ふだん空間の隙間に隠れて住んでいるギアたちもどんどん姿を現して眩しいくらいに周囲を飛び回っている。

 魂の中に降ってきた知識は知識だけじゃなくってちゃんと現実だった。

 でも、だとしたらいったいどういうことなんだろう。


 それが、知りたかった。

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