第15話 窮地。

 旦那様の寝室のちょうど向こう側にある執務室。普段は音なんか漏れることもないしそんなに注意をしていなかったせいもあって、ここまで声が聞こえてくることは今までなかった。

 それでも今日はよっぽど慌てていたのか、扉が完全には閉め切っていなかった。


(っていうか、アルバート、って……)

 兄の名前と一緒。

 どういうことだろう? 潜入って?


 気になって、思わずバタンと目の前の扉を開けてしまっていたセラフィーナ。


 目を見開きはっと彼女を見る旦那様。

 セバスともう一人見知らぬ顔。それもこちらをを責める目つきではなく、聞かれちゃいけない事を聞かれてしまった、といったお顔で。


「あ、ごめんなさい。アルバートって聞こえたものだから……」


 一瞬、目を伏せる旦那様。


「すまない。セラフィーナ。君の兄さんを危険な目に合わせてしまった……」


 勝手に執務室に入ってきた事を責めるでも怒るでもなく、逆にそう謝られてしまった。

 ということは確定なのだろう、これはセラフィーナの兄に関する事であると。兄が窮地に陥っているのだと。


「兄の事、なのですね……」


 そう言葉を絞り出す。


「ああ。しかし、君の兄さんはきっと助け出す」


 そうこちらをみてはっきり断言する旦那様。


(でも……。危険、なのでしょう? 連絡が取れない、のでしょう? じゃぁもしかしたらもう兄は……)


 シャラン。何かが割れるような音がしてそのまま頭の中が真っ白になっていく。

 兄の記憶。今まで残っていないと思っていたそんな兄との幼い頃の記憶が走馬灯のようにそんな真っ白な画面に映し出されていった。


(好きだったんだ。わたしは。兄さんの、こと)


 兄と遊んで楽しかった、そんな感情を明確に思い出していた——


 ♢ ♢ ♢


 断片的に映し出される映像。

 これは、夢?

 それとも、過去の記憶?

 夢の中でこれは夢だと理解しているような、そんな非現実感をあじわって。


 それはセラフィーナがまだ小さな少女だった頃。

 金髪巻毛の兄。すごくキラキラした笑顔のアルバートがこちらに手を伸ばして。

 シロツメクサを編んで王冠を作っていた手をとめ、やはり笑顔で彼の手を取った。

 兄が大好きでいつもあとをついていっていたセラフィーナ。兄の隣にいつもいる男の子、白銀の髪のその子のことも大好きだった。王子様みたい。そう思っていた——

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