第3話 最強
――『最強』は芸術科の生徒である。
にわかに信じがたい噂をアルフレッドが聞いたのは、もう一月ほど前になる。
それは、モーングローブ学院が誇る一年に一度の大イベント、学院祭を運営するグループが話していたことだ。
学院祭は様々な行事が催されるが、アルフレッドの関心はただ一つである。お祭りの中で、真剣勝負の火花が散る舞台。それが武闘祭だ。
学院内には、クレーゼル全体を見ても珍しい本格的な闘技場が存在している。学院祭では、その闘技場で生徒同士が今まで鍛え上げた己の力と技を競い合う武闘祭が開催されていた。
あくまで学生達のイベントである。試行錯誤の末に競技化された模擬戦ではあるが、生徒達がここまで培ってきたものを外部にアピールする数少ない機会である。
実際に、この武闘祭をきっかけに様々な雇い主の下へ仕官した者も多い。そして、その職場での優秀さが語られるとあっては各国の軍事担当者、護衛に腕自慢を欲する富豪達といった各方面の関心が、この祭事に集まっていた。
学院としては単なる催し物。とは言っても就職が目的で学院に来ている生徒にとっては数少ないチャンスなのだ。
アルフレッドも、この機を逃すつもりはない。もちろん出場はするし、覚えを良くして次に
ただ、気がかりなのが、ここ三年、最優秀戦士として表彰された生徒の存在だ。どうやら同一人物らしく、リルという名前だけは噂の中で分かった。
その存在が気になったアルフレッドは生徒や先生に聞き込みを行った。そして、実際にリルの戦いを見た者は口々にこう言っていた。
――彼こそが『最強』だ。
――彼女は闘技場で一番『最強』だった。
彼、彼女。アルフレッドは思い出しつつ嘆息する。
「性別も分かんないんだよな。素性が割れていないのにも程がある」
そこを疑問に思ったアルフレッドはさらに聞いて分かった。どうやら、その『最強』は芸術科の生徒で、だから戦士科の人で知っている人が少ないのだと。
さらに聞けば、戦闘中は常に仮面を被っていて、おそらく名前も芸名だ。同名の生徒で闘技祭に参加した者はいないという。リルがまとう衣服も男性的な時もあれば、女性的な時もある。
この場をアピールの場としている戦士科の生徒ではありえない。そんなことが、『最強』と称されるリルをよりミステリアスに演出しているのだ。
それを面白がって、誰も噂の真実を追究しようとしない。存在するのは確実なのに、
そう、誰も本当のことか確かめようとしない。ここにいるアルフレッド、一人を除いて。
(それだけ噂になる『最強』を超えれば、俺の価値は跳ね上がるはずだ)
目立つのが苦手なアルフレッドだが、将来を考えて来賓に覚えてもらうにはそうはいかない。
リルが何者か知りたい。あわよくばリルと手合わせ願いたい。そう思い立ったら、行動せずにはいられなかった。
「まぁ、でも」
彼にしては珍しく衝動的に始めてしまった行動。しかし、時間が
まず第一に、アルフレッド自身に情報を集める力が足りない。
戦士科相手ですら苦戦するほどに、そういったコミュニケーションが彼は苦手である。まして、芸術科で会話のかみ合う相手に出会えるとは思えない。
第二に、その『最強』が芸術科だと判断された経緯だ。
リルは非常に戦士らしくない、のである。どうも聞く話に寄れば、勝敗に直結しない無駄な動きが多いらしい。跳ねたり跳んだり、わざと隙だらけの行動をとったり。相手に背中を向けて、観客に手を振るときすらある。
それで勝つのだから、実際には強いのだろう。しかし、たとえ強くても、そんな真剣味の無い戦士を必要とする者がいるだろうか。
そして、最後に。
「さすがに本人はもう学院にはいないよな。少なくとも、今年で四年目になるしな」
噂は三期分存在した。一般論として、セントリア学院を巣立つまでに二、三年程度かかるのが普通だ。アルフレッドは入学選考試験を優秀な成績で突破しているので、特別待遇として学費を免除してもらっているが、その期間も一年
ちなみにアルフレッドには、その三年ですら長く感じている。一年でも早く、モーングローブ学院を踏み台に次の段階に進みたいと思っている。
話を戻してリルのことだ。余生を研究に費やそうとしている魔術家の老生徒でなければ、もう学院には存在しないだろう。芸術科だって、三年以上教えてもらうことがあるのだろうか。これだけ個性的な人間ばかりで、すでに稼いでいる人もいて、学院にしがみつく必要性を感じられない。
「すまん。時間をとった」
「い、いえ、いいんですよ」
リルという名前を聞いてみているが、全て空振りだ。ろくな情報が集まらない。
(怖がられただけかもしれないけどな)
声をかけた相手は足早に去って行った。戦士科の自分を、おびえを含んで見ていた少年の顔を思い出して、アルフレッドは天を仰いだ。
「まぁ、でも、せっかく来たからな」
このまま収穫何も無しで帰るのも気分が悪い。そうなれば、次に打つ手は決まっている。
「中に入るか」
なぜか、塗料がべったりと塗られて自己主張の激しい入り口の前で小さく
意を決して、一歩を踏み出した。
「あっ」
刹那、目を丸く見開いた少女の顔が迫ってきた。勢いよく飛び出してきた彼女に向かって、反射的に構えをとるアルフレッド。
このままだと反撃でねじふせてしまうかもしれない。懸念よりも先に動いた手は止まらない。
(まずい!)
しかし、自らの身を守るために相手を征しようとした彼の手は空を切った。
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