第2話 英雄の最期
自身を省みず、ロランは拳を
しかし、そんなものは魔王には届かない。今までの経験則から、魔王はロランの拳を闇の衣で受け止めてから彼の命を奪う算段をたてる。
しかし、どこかおかしい。魔王は、そこで初めて己の浅はかさを知った。
「……!」
視界にロランの右腕が映る。そこで魔王は、己の見通しの甘さを悟る。ロランの右拳、そこに込められた魔力の流れ。それが目に見えたとき、魔王は直感する。
あれを、あの拳を、放たせてはいけない。それは破滅への道だ。
今までは攻撃の届かぬ相手の絶望を感じてから、その命を刈り取ってきた。そんな魔王が、先手をとろうと腕を振るう。まだ宙にいるロラン目がけて、漆黒の
それは驚くべき速度でロランの体を打ち抜こうとする。ロランは避けようと試みるも、杭は彼の腹を貫いた。
(これでいい)
よけきれなかった。しかし、これでいいのだ。最低限、最後の一撃だけが放てれば良い。腕は渡せぬが、腹ならくれてやる。
まさに全身全霊。そんなロランの拳が、二撃目を繰り出そうとしていた魔王の脳天へと
一瞬の
響き渡る、魔王の絶叫に全てが震えた。
「ロラン!」
アイヴァンが駆けだしたのを見て、まだうめき声をあげている魔王が奥へと去って行く。足下に、倒れたロランを置いて。
アイヴァンも魔王を見ること無く、ロランを抱き起こした。べっとりと、アイヴァンの体がロランの血で
「ラーナ、治癒だ。早く!」
遅れて駆け寄ってきた白衣の少女は、何かを悟って立ち止まった。ロランの体を見る彼女の顔は一気に青ざめる。
私の力では彼を助けることはできない。そんな無情な現実。
それがラーナの
それでもできることはしようと、ラーナは意識を集中させようとする。そのとき、ロランと目が合った。
彼は小さく首を横に振る。ラーナはビクッと体を縮めた後に、涙がこぼれた。
「無駄遣いをするな。ここから先、まだアイヴァンに使う余地がある」
まだ、口から息は出る。それに感謝して、ロランは自分を抱きかかえ、泣きそうな顔をしているアイヴァンに口端を
「なんて顔だ。おまえの悲願はもうすぐだろう」
「でも、でも……」
まるで幼子のように首を横に振るアイヴァン。常に周囲に気を張っていた彼が、こうした子どもっぽさを見せるとき。
それがロランの好きな時間であった。
「闇の衣は
ロランの思考に、様々な場面が現れては消えていく。そのほとんどが、最近のものだ。アイヴァン
「満足だよ」
ロランは心からの声を出す。かつて、アイヴァンに誘われた時を思い出していた。
若い頃から淡々と高みを目指した。頂天に達したとロランが思ったとき、同時に生きる意味も失った。目標も無く、淡々と過ごすロランにアイヴァンは言った。
――あなたのこれまでには、ちゃんと意味があるはずなんだ。あなたの終着点は、こんなところじゃない。どうか、俺と一緒に来て欲しい。俺と、俺達と新しい未来を見ましょう。
その日から、ロランに新たな目標が生まれた。この少年の、熱い
まだ、半ばではあるが、思ったよりも満足だ。これで確実に、アイヴァンの語った未来のクレーゼルは訪れる。
彼のことを記した英雄
「さぁ、こんな老いぼれは捨てて先に行け。おまえの夢は、まだ手にできていない」
わざと突き放すように、ロランはアイヴァンに言い放った。彼なりの、激励である。
そんな強い言葉を受け、アイヴァンも覚悟を決めた。
「……必ず、後で迎えに来る。行こう、ラーナ」
まだ戸惑っているラーナを引き連れ、アイヴァンは魔王が立ち去った奥へと駆けていく。
その背中を見て、一つだけ未練をロランは持った。
「そうだな。願わくば、おまえがつくった未来を、見てみたかった」
枯れた彼の心を満たした、アイヴァンの理想。そんな夢の実現を、実際には見ることができない。
それだけが、ロランに残された後悔であった。
そうして、勇者として後に語られるアイヴァンの英雄譚は最終章を迎えた。勇者の仲間の一人、『
その英雄譚かどんなものか。少しだけ話すとしよう。
西の地に魔王あり。
そんな
魔族の頂天に位置する魔王は、突如として人間の文明に対して侵攻を開始した。西の地は、そのことごとくが魔王に
闘争の絶えないクレーゼルであったが、共通の敵の登場に一つになって立ち向かう。しかし、魔王の軍勢を押し返すことはできなかった。徐々に
そんなクレーゼルに、一筋の光が差す。勇者アイヴァンの誕生である。彼はその勇気と力で、人々を解放していった。
そしてついに魔王打倒に成功。人の世は、久々の夜明けを迎えたのであった。
勇者アイヴァンの英雄譚は、こうして今もなお語られている。百年後の、今でも。
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