第8話 歌姫は高らかに

 高い金属音とともに、一瞬、時が止まった。


「なんだ、と」


 なんと、彼女はそのまま剣でアルフレッドの攻撃をはじき飛ばしたのだ。細腕で支えられたそれは、アルフレッドごとはねのける。

 これ以上押すのは得策ではない。アルフレッドはそのまま自ら引いた。


「重い」


 手にしびれが残る。あの細い剣が、まるで、石の柱をたたいたかのような感触を生んだ。

 アルフレッドの予想に反して、彼の初撃は純粋な力で受け止められた。リリアンの体は、アルフレッドの一撃を剣で受けても微動だにしなかった。それこそ、地面に刺さる柱のように。


 アルフレッドは動揺を隠して、距離をとる。じりっ、と足に力を込めて相手を注視した。

 彼が気になったのは、リリアンが力で受け止めたことだけではない。落ち着けば、違和感がはっきりとする。


(まさか、歌っている?)

 耳に届いた音色。気のせいかとも思ったが、集中してみるとはっきりと聞こえてきた。


『消えない願い ここにあれば 譲れない未来 つかめるはずさ』


 今度はリリアンが跳び込んでくる。距離をとっていたのに、その間が刹那で消える。一振り、地面からい上がってくるような右からの切り上げ。

 剣ではじく。彼女の動きに注目していたアルフレッドは何とか反応できた。


(跳んだ!?)


 しかし、それは本命ではなかった。剣で受けた反動を生かしてくるりと回転したリリアンは逆から横にいでくる。

 首のあたりを狙われている。致命傷になり得る攻撃を当てられたと判断されれば、そこで負けが決まってしまう。予測される軌跡の先に盾をあげた。

 間に合った。リリアンの剣がぶつかる。


「おっ、と」


 その重さに、アルフレッドは盾ごと体をはじき飛ばされた。

(なんだ、そのむちゃくちゃな力は)

 まさか、押されるとは思わなかったアルフレッドはそれでも足に力を入れて踏みとどまる。何とか体勢が崩れるのだけは阻止した。

 体格、第一印象での思い込みが拭えない。それが、反応の遅れを生んでいる。


『僕には これしかないのだから 共に作ろう 最高の舞台』


 歌声が近い。それなのに、注視していたはずのリリアンの姿が消えていた。

(上か!)

 とっさに振り上げた盾に、リリアンの剣が振り下ろされる。しかし。

(さっきの方が重かったっ)

 アルフレッドは難なく受け止めた。そして、大技のあとに目の前に着地するであろうリリアンに向けて、反撃を試みる。


『その手からこぼれ落ちた おもい 気持ち 欠片かけらさえも』


 しかし、アルフレッドの予測に反して、彼女は彼を飛び越えた。最初から、振り下ろしに体重をのせていなかったのだ。だから軽かったのか、とアルフレッドは舌打ちしたくなる気持ちをこらえて振り返った。

 思っていたとおり、速度もあった。このまま、連続攻撃がくる。そう思い、アルフレッドは次撃に備えた。


「なんだ?」


 しかし、リリアンはまたもアルフレッドの予想に反する。彼女は追撃することなく距離をとった。そして、まるで先程までの攻防が無かったかのようにりんと立っている。


 そういえば、彼女が言っていた。これは最高の『舞台』なのだと。彼女にとっては、アルフレッドとの試合は『演目』なのだ。


「今度は俺の番、ということか」

 リリアンは待ち構えている。試合開始、直後のように。

「何か、気に入らないけれど」

 馬鹿にされている感じはしない。リリアンのそれは、まさしく強者の振る舞いだ。

「望み通り、見せてやるよ!」

 アルフレッドは再び、リリアンの間合いへと跳び込んだ。


 アルフレッドの剣戟けんげきを、リリアンはその細腕でことごとくを受け止めた。どこにそんな力があるのか、体の軸がぶれることもない。

(さっき、俺は崩されたけどな)

 攻撃の守備の合間に息をつくと、アルフレッドに羞恥が襲ってくる。だが、それにとらわれている暇は無い。


『全て拾い上げ すくい上げて 天に僕らの存在を問おう』


 リリアンは相変わらず歌っている。そして、その歌に合わせるかのように上に下に、右に左に躍動していた。まさに、この闘技場は彼女の舞台である。

 一見、無駄な動きに見える。しかし、全ての行動が流れとなって繋がっているのは厄介であった。

 アルフレッドの突きをかわすために沈み込んだかと思えば、そのまま右への回転へと移行して、がら空きの腹を狙ってくるリリアン。

 このままでは間に合わない。前のめりになっていた体を支えていた右足に力を入れて、後ろに倒れ込んだ。

 格好は悪いが、リリアンの剣は空を切った。そのまま後方へ転がるように受け身をとって、アルフレッドは立ち上がる。

 何とか避けることができた。アルフレッドは大きく息を吐く。


(しかし、妙だな)

 二人の攻防に沸く歓声を浴びながら、アルフレッドは眉根を寄せた。


 リリアンの実力に疑いの余地はない。『最強』と言われるだけはある。そして、魅せることに特化した動きは武闘祭の主役に相応ふさわしい。戦士科の人間としては納得できない部分もあるが、それこそが彼女の強さなのだ。

 問題は、その相手役。そう、アルフレッド自身のことである。


(あいつはバートナーとして最高だとか言っていたけど)

 アルフレッドは今だからこそ実感する。

(俺は、まだ『足りていない』)

 リリアンの実力を知った今だからこそ思うのだ。悔しいが、アルフレッドはまだ彼女に届いていない。もっと早く決着がついてもいいはずだ。


かなしみを背負った 君の心に 自身の全てを込めてぶつかるよ』


 リリアンが手を抜いている様子は無い。歌っているし、今もアルフレッドが動くのを待っているが、あの挑発的な行動だって彼女の策の一つだ。実際に手痛い反撃を何度か受けている。

 振り返れば振り返るほど、不可解なことが増えてくる。


(俺は、こんなに動けないはずなんだ。あいつには届かないはずなんだ)


 気が遠くなるくらいの反復練習。全ては自分を高めるため。だからこそ、自分の今の限界も理解している。

 リリアンの攻撃の速さはアルフレッドが対応できるものではない。そして、アルフレッドの剣速はリリアンの間合いにすら入れない。後者はリリアンが受け止める選択をしていると考えられても、前者は不可解であった。


(なぜ、俺はまだ負けていない?)

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