第7話 黒衣の演出家

(まぁ、お目当ては俺というよりこいつだろうがな)


 そこには黒衣に身を包んだ者が一人、細身の剣を構えてアルフレッドに対峙している。その服は、あまり彼には縁の無いものであるが、ドレス姿の女性をエスコートする社交界の男性を思わせるものだ。

 黒に白いシャツが映える。そして、顔を覆う白い仮面も浮き上がって見えた。小柄な体躯が姿勢のせいであろうか、そこまで小さくは見えなかった。むしろ、気迫だろうか。その全身を覆う圧力が、その体を一回りも二回りも大きく見えた。


(落ち着け。目の前の真実だけに集中しろ)


 ぐるぐると思考が回る。あちらこちらにふらつく意識を、何とか真っ直ぐに保とうとアルフレッドは高鳴る鼓動を制御しようと息を吐いた。体温が高い。たかぶっているのが自分でも分かる。


(確かに、これだけの人に見られながら戦う経験は無いからな。試験の時とは大違い……ん?)


 ふと、アルフレッドの頭にあの日の出来事が浮かび上がった。確かに彼女はこう言っていた。


「これがおっきな舞台で、ここが特等席ということか」


 その台詞を口に出す。急に地に足がついた。

「特等席と言うには、ちょっと近すぎるな」

 アルフレッドの声を聞いて、仮面から出た耳がぴくりと動く。

「なぁ、リル……いや」

 言いかけて、首を振った。ここまで言ってしまって、相手の流儀に合わせる道理もないだろう。

 アルフレッドは剣を前に突きだして、その名を言い放った。


「リリアン」


 一瞬の静寂。

「あはっ」

 不思議な雰囲気を醸し出していた彼女の周囲がふわりと和らぐ。


「なんだ、もっとびっくりするかと思ったのにぃー」

 リルは仮面を横にずらす。そこには、悪戯いたずらっぽい笑みを浮かべるリリアンの顔があった。


「あいさつに行こうかぁ~とも思ったけど。こっちの方がおもしろそうでしょ?」


 あはは、と笑う彼女に先程まで放っていた威圧はない。まさしく、アルフレッドが芸術科で遭遇したリリアンその人だ。

「アルくんがどんな顔するかも楽しみだったんだ。それなのに、そんな涼しい顔しちゃってるんだから」

 つまんないなぁとか言いながら、手にする剣をくるくると回している。細身だが重量のあるそれをリリアンは木製のステッキのように扱っている。


「別に俺は面白みが無くてけっこう。見世物では無いからな」


 今の立場を考えると見世物以外の何物でもない。そんなことを思い至って意気がくじけたアルフレッドは一つ大きな息を吐いた。

「でも、実際、驚いたさ」

 さきほど名前を呼んだときだって十割の確証は無かった。こうして会話している今だって、信じられない気持ちはある。

 あの、芝居がかった話し方をリリアンがしてくれているから、何とか現実を認識している。


「まぁ、それでも、おまえならもしかしてって思ってたからな」


 組み合わせを見た瞬間、リリアンの顔が浮かんだ。勘に近いものだったが、妙にしっくりときた。

 それは予想外だったのか、驚きで眼を丸くしたリリアンは首をかしげた。


「そのわけ、聞いてもいい?」

「おまえ、『最強』をかわいくないって言ってたろ」


 ――『最強』って響き、かわいくなーい。


 冷静になって思い返せば、あれは明らかに当事者の感想だった。そこに、あの軽業かるわざの印象が加われば疑惑は確信に近づく。


「そっか。しっぱい、しっぱい」

 もう仮面で隠してしまったから分からないが、リリアンはおそらく舌を出している。

「リリィはね、隠してたわけじゃ無いんだけど、演出のひとつとしてありかなと思って黙ってたんだ」

 くるくると剣を回しながら、彼女はステップを踏む。


「アルくんがリリィに、ううん、リルに興味もってくれてるなら、やっぱり演出は大事にしないと」


 柔らかい砂地のはずだが、まるで固い木の床のように動きは軽やかだ。くるり、くるりと回転した後、ぴたりと足を止める。


「今日の演目は『黒衣の演出家』。リリィが作る、最高の舞台を見せてあげようと思ってね」


 彼女はすっと背筋を伸ばした。リリアンは細身の剣を、アルフレッドに突き出す。

「リリィもね、アルくんの特等席がそこになるのは予想外なんだ」


 剣を引いてリリアンは構えをとる。それは戦士のするものと違う。剣は抜いているものの、握る手は腰にある。武器を持たぬ方の手は前に差し出されていた。その姿は紳士が女性を誘うのに似ている。

「でも、パートナーとして選べるのなら最高だよね。アルくんとなら、いい舞台にできそう」

 今から武闘ではなく、舞踏会が始まるかのようだ。それだけ振る舞いが優雅である。


「じゃあ、約束通り。リリィの全力、見せてあげるね」


 ぞくりとした。アルフレッドの背筋に冷たいものが走る。リリアンが体が、一際大きく見えた。

 それは圧力だ。その様を見れば、『最強』の二つ名も納得できる。それだけ、リリアンのまとう空気はアルフレッドが今まで感じたことが無いものであった。


(飲まれるな)


 アルフレッドも負けじと気を放つ。気迫がぶつかり合って、二人の間で弾けた。

「よし」

 重かった体が、ふっと軽くなった。残ったのは、ちょうど良い緊張感だ。これなら勝負になると、彼は安堵した。


「双方、準備は整いましたか?」

 二人の間に審判が歩み寄ってきた。アルフレッドが頷くと、彼は大きく腕を振り上げた。

「はじめっ!」

 その合図よりもやや早いタイミングで、アルフレッドは動き出した。


 距離が一気に近づく。リリアンに動きはない。それを見て、彼は大きく剣を振り下ろす。


(さぁ、これならどうでる?)


 避けられることが前提だ。わざと大きな挙動で動いているのも策の一つ。あらかじめ生んだ隙の方に動いてもらう。

 アルフレッドには、リリアンとの初対面が大きく刻み込まれている。あの動きが元になっているのであれば、素早さを武器にしているはずだ。まずは、どう動くのかを確認したかった。

 怖いのは予想以上の動きをされること。予想内であれば、どれだけ速くとも対処はできる。

 反撃されぬよう、その後の防御に意識を注いでいる一撃。しかし、鋭さは申し分ない一太刀。


(えっ)

 高い金属音とともに、一瞬、時が止まった。

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