第6話 高揚と緊張と

――今度はね、おっきな舞台でリリィの全力見せてあげる。アルくんのための特等席に、ご招待しちゃうよっ。


 特等席にご招待、とのことであったがアルフレッドにリリアンからの知らせが来ることはなかった。そもそも、初めて会った相手との単なる口約束である。

 アルフレッドの方も、とくに気にすることはなかった。いや、気にする余裕が無くなったと言っていい。忙しさに時間は削られ、他ごとを考えている余裕が無くなってしまった。

 そもそもが、彼の第一目標は良い就職先を見つけることである。そのため、鍛錬はもちろんのこと、学びに関しても学院の授業外に知らなければならないことが多々あった。

 その中の一つが、クレーゼルの情勢である。アルフレッドが戦士として生きるのであれば、力を欲している相手へ売り込むのが一番手っ取り早い。


「やっぱり、衝突は避けられないのか」

 しかし、それを知るということは、周辺の暗い話を聞くことと同意だ。


 アルフレッドは机から目を離して、天井を見上げた。彼が見ていたのはモーングローブ学院で発行された公報だ。クレーゼルのちょうど中央に位置するという情報の集まりやすいこの地の利を生かして、様々なことが書かれている。

 確かに、自分の力の生かす場を探している。戦場で死ぬ、なんてことは実際にそうならないと分からないが覚悟は完了しているつもりだ。


 しかし。当たり前のことではあるが。

「別に、戦争が起きて欲しいわけじゃ無いんだよ」

 その表情は変わらないように見える。しかし、内心は影が差し込んでいた。


 アルフレッドの出身地であるオルヴァンディア共和国と隣国であるシルヴァリア帝国は近年武力衝突を起こしたほどには良好とは言いづらい関係であった。

「俺の知っている状況よりも悪化してるんだよな」

 幸い、国境付近の生まれでは無いアルフレッドは実際に戦争の気配を肌に感じずに生きてきた。戦士を志したのも、自分の能力を最も生かせる道を選んだだけだ。


 仕えた先で戦力として期待されるのであれば、戦う意義がある。しかし、理想を言えば。

(誰かを護る為に、戦いたいよな)

 それが理想にすぎないことをアルフレッドは理解しているものの、いざ現実に戦争が起こったときに自分が剣を振るうことになったら。


「あんま想像できないな、ほんと」


 あれだけ明確にくっくりとしていた未来の自分像。それが、少しだけ遠ざかったような気がした。


「お、アルフレッド。ここにいたのか」


 しばらく、ぼんやりとしていたアルフレッドに声をかけてきた男が一人。同輩の一人でもある彼は、どうやらアルフレッドを探してここまでやってきたらしい。

「どうした?」

 若干、気の抜けた声を出すアルフレッドに苦笑しながら、彼は続けた。


「対戦表、もうできていたぞ」

「ああ」


 すっかり忘れていた。今日は、武闘祭の詳細が発表される日だ。出場の申請ができたことに安堵あんどして、意識の外に出してしまっていたらしい。

 そんなアルフレッドを見て、眼前がんぜんの男はニヤニヤと笑みを浮かべている。


「何だ、その顔は」

 彼は普段、あまりそう言った表情をしない。だから、アルフレッドは気になって尋ねた。

「いや、実際に見に行ったら分かるよ」

「はぁ」


 ここで言うと、面白くない。彼の表情はそう言っていた。そんな彼に促され、アルフレッドは実際に確認しに行くことにした。


「どれどれ」

 運営から一枚の用紙を受け取って、ひと目見たアルフレッドの目が一点に集中する。友のにやけた顔の意味が分かった。これは逆の立場なら、アルフレッドも笑えてくる。

「なるほど、な」

 自分の名前の隣、そこには覚えのある名前が併記されていた。


「俺の相手は『最強』、か」


 笑われていた理由は、アルフレッドが武闘祭『最強』ことリルに執着していたのを皆が知っているからだ。口を開けばリルのことしか言わない時期もあった。

 そのリルと対戦することが決定した。周囲の人間にも思うところはあるし、もちろんアルフレッドにも驚きはあった。

 しかし、彼は妙に冷静だった。理由は分からない。いや、分かっているが言葉にするには整理ができていない。

「ま、望むところさ」

 アルフレッドは表情も変えずに、用紙を懐にしまい込んだ。うちに、静かに闘志を燃やしながら。


 それからはあっという間だ。

 何かに取りかれたかのように一心不乱に剣を振るう姿で、周囲を心配させていたアルフレッドだったが、武闘祭当日には万全な状態で仕上げてきた。


「よし」


 武闘祭の進行は順調だった。予定よりも早くは無く、遅くも無い。アルフレッドが心の準備をする時間も十分であった。

 そして、出番が回ってきたのだ。指先が熱くなっているのを感じる。闘技場の中へと続く廊下をゆっくりと進んだ。薄暗さの奥に光が見える。そこから歓声を聞こえてくる。


 その、光の中へと足を踏み入れた。


「ん」

 まぶしさに目を細める。周囲から声が降り注いだ。アルフレッドが踏み込んだ場所はかすかに沈んだ。アルフレッドは一歩一歩踏みしめて中央に進んでいく。


 しっかりと力の入る砂地だ。深すぎて足を取られることはなく、そのうえ強く倒されても衝撃が緩和されそうなくらいに柔らかい。


 剣を抜く。アルフレッドが得意とする片手剣だ。刃引きはされているものの、重量、感触は真剣のそれである。


「あれ?」


 ただ、そこで初めて自身の異常にアルフレッドは気づく。握った感触がおかしい。一気に緊張感が増す。指の先まで、力が入ってしまっている。

 それは盾を持つ左手も同様であった。先程まで感じなかった重量を感じている。


(意外と緊張してたんだな、俺は)


 一回、二回剣を振る。彼の体躯に血が回っていく。こわばった体がほぐれた感触があり、アルフレッドはようやく周囲を見る余裕ができた。


(けっこう、人いるんだな)


 客席は立ち見すら出ているほどに埋まっている。始まったばかりの頃はアルフレッドがふらりと立ち寄っても大丈夫なくらい空席が目立っていたのに。

(まぁ、お目当ては俺というよりこいつだろうがな)


 アルフレッドは焦点の定まった目で前を見据えた。

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