第9話 高みへ誘う歌声

(なぜ、俺はまだ負けていない?)


 考えられるのは一つ。今のアルフレッドは、彼が想定するアルフレッドを超えていること。


「なんだ、そりゃ」

 自分の出した結論に、思わず反論しそうになる。だったら、今の自分は誰なのだとアルフレッドは言いたくなる。


「いや、まぁ、でも、それしかないか」


 しかし、それは事実に相違なかった。それ以外、今の状況を説明する言葉はなかった。

 実戦で成長する。そんな感覚になったことはあるが、今はそんな感じがしない。あの時抱いた高揚感が、この手には無い。

「気持ち悪い」

 気づいてしまえば、自分で把握できない状態は気分が悪くて仕方が無い。たとえ、良い方向であっても認識できなければ活用できない。


 リリアンはまだ動かない。だったら。

(ちょっと、試してみるか)

 自分に起きている変化を、確認するぐらいの時間は取れそうだ。


 どきどきと強く動く脈を感じつつ、ゆっくりとアルフレッドは目を閉じた。


 一瞬だけ、周りの情報を遮断する。自分の内面へと意識を張り巡らせる。

「はっ」

 だが、すぐに弾かれたようにアルフレッドは眼を開けた。驚きと戸惑いの色が彼の表情に浮かぶ。


「なんだ、これ」


 そうして、分かった。自分の体に起こっている変化を。眼前には、変わらぬ態度で待つリリアンの姿があった。

「うわ、これは、なんだ。どうなってんだ?」

 認識すればするほど違和感が生まれてくる。そんな、アルフレッドに起こっている体の変化。これはきっと、誰かが引き起こしている。


 誰か。そんなのは一人しかいない。


「おまえ、魔術使ってるよな。俺に」

 体のところどころに感じる、自分以外の力が及ぼしているもの。それをもたらしているであろう人物を、アルフレッドは睨み付けた。


 ふっ、と歌がむ。

「遅かったね。ようやく気づいた?」

 その声色こわいろは明らかに楽しそうであった。誕生日にサプライズでプレゼントを渡す友人のそれに似ている。


「でも、悪いのじゃないから安心していーよ」


 リリアンは明らかに笑っている。しかし、アルフレッドにとってこれが悪いものなのか、良いものなのかはどうでもいいことであった。

「別に、文句はない」

 そう、魔術自体は禁止されていないから文句は無い。文句は無いのだが、問題がある。


(いつからだ?)

 問題、それはリリアンがかけた魔術に、アルフレッドが今の今まで気づいていないことだ。


 大なり小なり、人には魔術に対する抵抗がある。全くゼロの者もいるが、少なくともアルフレッドはそうではない。後天的に身につけることもできるから、その中でも彼は鍛えてきた方である。

 それなのに、アルフレッドは無抵抗でリリアンの魔術を受け入れている。これは事件だ。


『二度と消える事ない 魂の記憶を 君に刻もう』


 リリアンが再び歌い始める。

「あっ」

 そこで気がついた。耳から、魔力が流れ込んできているのを。かすかではあるが、一度確認した魔力の流れと同じものを感じ取った。


「まさか、歌で魔術行使してるのか」


 そんなことは聞いたことは無い。しかし、現実に目の前で、そして自分の身に起こっている。

 どうりで気がつかないはずだ。しかも、おそらくかけているのは能力向上の魔術。悪意が無いから、アルフレッドの体は素直に受け取ってしまう。


「なるほど。だから、か。だから、俺はあんなに動けたのか」

 アルフレッドは苦笑いを浮かべた。リリアンがなぜ、こんなことをしているのかは分からない。だが。

「予想できるなら、やりようはある」


『燃え尽きることもなく 終わりたくない』


「ああ、そうだよ。俺もこのままでは終われない」

 初めて、アルフレッドはリリアンの歌詞に返答した。そう、終われない。このまま戸惑ったままで終わるなんて許されない。


『ここで僕らの輝きを 見せつけてあげよう』

「ああ、見せてやるさ。俺の、精一杯を」


 アルフレッドは再び駆ける。足も、普段より軽い。能力が向上していることを考慮して剣を振るう。

 一瞬、リリアンの反応が遅れる。彼女は今までのように受け止めるのでなく、体を沈めてかわした。そのまま、地をう右足が鎌のようにアルフレッドの足を襲う。

 しかし、前のめりになっていたアルフレッドは難なく後ろに蹴り出すことで、それを回避した。


(まだ、いける)


 初撃がリリアンの予想を超えたことで、彼女の動きが乱れた。ただ、さすがに反撃が早い。アルフレッドの追撃を彼女は許してくれなかった。


『熱く 熱く 羽ばたき合い 強く 強く 奏で合おう』


 リリアンの歌にも熱がこもる。彼女の動きはとにかく大きく、派手だ。砂上に舞う彼女の姿に、周囲の眼は釘付くぎづけになる。本来なら歓声で打ち消される彼女の歌声は、闘技場に高らかに響いていた。

 対してアルフレッドの戦い方は地味である。しかし、そんな基本通りの型でリリアンと優れた攻防を繰り広げている姿は、玄人くろうとの心を打ち抜いた。


「ちょっと待て。今のを避けるのか」


 実際のアルフレッドに余裕は無かった。リリアンの本領発揮、アルフレッドの意識の外をぜるように跳ねる彼女に彼の剣は届かなくなってきた。

 今も、リリアンの動きの終点、ここまで見てきて分かるようになってきた彼女の円の動きの終着点に剣を振るったというのに、彼女はさらにそれを飛び越えた。


『そう 涙を握りしめて 僕にも君にも似合いはしない』

「泣いてねぇよ」


 リリアンを睨み付ける。まだ気力は保っている。アルフレッドは、妙な高揚感を覚えていた。

 たしかに、リリアンの魔術で上乗せされている。しかし、これは自分の力に相違ない。後々、自分がいたる場所に、今すでに立っている。そして、それでも届かない相手が目の前にいた。


(楽しい)


 ふと、心に浮かんだ言葉にアルフレッドは吹き出してしまう。

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