第11話 願わくば良き未来を

 場所を移動し、人通りの少ない場所で腰を下ろす。ここなら、しばらくはリリアンを追ってきた講師も来ないだろう。


「あの闘技祭の試合、見てくれてた人がいてな。俺は、今季が終わってからそこに雇われることになった」

「え」


 雇われる、ということは就職先が決まったということか。リリアンは認識した瞬間、花が開いたような笑顔を見せる。


「おめでとーっ」

 パチパチパチと、すごい速さで拍手をするリリアン。素直すぎる祝福に顔を赤らめながら、アルフレッドは言葉を続ける。


「かなり良いところの貴族の家で、まぁ、待遇も悪くなかったからな。そこに決めた」


 他にもいくつか話はあった。それも、リリアンとの一戦が無ければ生まれなかった縁だ。だからこそ、お礼が言いたかったし、だからこそ、不安もある。


「なんか、だましているみたいで気が引けるけどな」


 あの時の動きはリリアンの助力もあって、できたものだ。本当の自分ではない、という思いがどうしても後ろ髪を引っ張ってくる。

 そんな彼に対してリリアンは心底分からないといった態度で首をかしげる。


「そんなことないよ。リリィは扉を開けてるだけなんだから。あれは、アルくんの力に間違いないんだよ」

「扉?」

「うん」


 リリアンが言うには、力を発揮するために色々と邪魔している要素を排除する魔術があの歌なのだそうだ。力を加えているのではなく、自分では扱えていない元々存在する力を解放している。


「ああ」


 その事実を知ったアルフレッドには、一つ思い当たったことがあった。

(確かに、自分の力だったのかもな)


 たくさんのいい話がきた。しかし、『あれは自分の本来の力ではない』、そんな思いからすぐに返事ができなかった。その後、鮮明に残っている闘技祭の自分を思い出しながら鍛錬すると驚くべき効果が生まれた。

 今まで、どうしてもできなかった型がすんなりと身についたのだ。

 自分自身が見本となって、自分を引き上げたのだ。自信の持てたアルフレッドは、まだもやもやを残しながらも、保留していた返事を相手にしたのだ。


「どちらにせよ、おまえのおかげってことか」

 アルフレッドはあらためて、リリアンに頭を下げる。

「ありがとう」

「いえいえー、リリィも楽しかったから」


 そこで、アルフレッドはふと思った。自分がこれだけ話が来ているのなら、リリアンはどうなのだろうか。仕官の話だけではない。対戦相手の自分だけではなく、あれだけ観客を巻き込める能力があれば芸術科本来の仕事も多いはずだ。

 後者に関してはアルフレッドは門外漢だから実際のところは分からない。それでも、あの闘技祭の中心にいた人間が無名のままなのはおかしい。

 そんな疑問をぶつけたが、リリアンは小さく首を横に振った。


「ぜぇ~んぶ、リリィのやりたいことじゃない」


「やりたいこと?」

 そのやりたいことが気になった。


「うん、リリィは『砂上の女王』になりたいんだ」


 彼女の言葉にアルフレッドは心当たりがない。そんな彼の様子を見て、ニコニコしながらリリアンは話を続ける。

「リリィがちっちゃい時ね、帝都にある闘技場に行ったんだ」

 今もちいさいがな、という言葉をアルフレッドは飲み込んだ。


 帝都、と言えばシルヴァリア帝国の首都のことだろう。帝都にある闘技場とやらも、アルフレッドは覚えがある。

 確か、昔は帝国の威信を示すために剣奴を戦わせていた。しかし、魔王討伐後、庶民の娯楽として生まれ変わったという。戦争無き世に、英雄とすらたたえられる者も多くいた。

「その時に見たのが『砂上の女王』エリーン。すっごく、かっこよかったんだ」

 リリアンの目がキラキラと輝いている。演技の一切無い、純粋な憧れを感じた。

「エリーンはね、まるで演劇の一幕のように戦いを演出するの。砂上をこう、ステップ踏んでね」


 リリアンは立ち上がって、エリーンの真似まねをしている。軽やかに舞うその姿に、アルフレッドは闘技祭の彼女の動きを思い出す。その素地にあったのは、幼い頃の憧憬だったのだ。


「リリィは歌も好きだったし、子どもの頃からおかぁさんに褒められたんだ。リリィの歌はみんなを元気にするって。魔力がのってたのは……最近気づいたけど」


 彼女は小さく声を出した。空へと吸い込まれるような、透明感のある歌声は隣にいるアルフレッドの耳から体へと染み渡っていく。

「だったら、リリィは歌劇だって思って。学院で歌を伸ばして、それで、いつかはリリィも女王になるんだって。そう思って、ここに来たんだけど」

 そこで、急に声が小さくなったリリアンはちょこんとアルフレッドの隣に座り直した。あまり見せたこのない、悲しそうな顔であった。


「闘技場、壊されちゃったみたい」


「はっ?」

 それは知らなかった。

「もともとふるくなってたんだけどねぇ。ほら、共和国と帝国との衝突があったでしょ?」

 それなら、よく分かる。頷くアルフレッドにリリアンはにこりと笑った。しかし、どことなく力が無い。


「だから、戦いを娯楽にするのはふきんしんだーとかで。闘技者も全員、引退したんだって。噂では、軍隊の仕事をしてるとか。ほんと、そんなのかわいくない……」


 ここに来て、ようやくアルフレッドは理解した。彼女は夢を持って、この場所にやってきたのに、夢を持ち帰る場所をなくしてしまったのだと。


「だから、ずっと学院に残ってるってことか」

「う~ん、単位が取れてないのも事実なんだけど」

「なんだそりゃ」

 気を遣って損をした。結局、逃げ回っているのは彼女の悪癖のようだ。


 ただ、それでも同情の余地があるとしたら、本気になって終わらせても「それがどうなる?」が分かりづらいのだろうなとはアルフレッドも思う。目標のない練習ほど、辛いものは無い。

「学費とか、いいかげんマズイだろ」

「あ、それはだいじょーぶ。リリィ、働いてるから。これでも歌姫としてひょーばんなんだよ」

「……そうなのか?」


 今度、招待してあげるねとリリアンは片目をパチリと閉じる。彼女の調子は、また楽観的なものに戻っていた。悲観はここまでということだろう。

「でも、ずっと続けることはしないかな。うん、そろそろどうするか決めなきゃなんだけど」

 リリアンは新しい夢を探している。そんな彼女を見て、やりたいこととやれることが一致している自分は幸福なのだとアルフレッドは思う。

 何か、声をかけてあげたいが何も思いつかない。


「非合法の闘技場はいくつか残ってるだろ。そこはどうなんだ?」

「え、そんなのかわいくない」


 予想通りの答えだ。リリアンの理想とはかけ離れていることくらいは、アルフレッドにも理解できる。

「それに、こんなにかわいいリリィが、そんな場所に放り込まれたらどうなっちゃうか考えてよ」

 不満げに頬を膨らませるリリアン。たぶん、屈強な男どもを全て返り討ちにするのだろうなと想像しながら、アルフレッドは真顔で答える。

「まぁ、可愛いのは確かだもんな」

 そんな場所は似合わないだろう。アルフレッドはそのまま表情を変えずに次の提案を思案している。


「ふぇ」

 直球の褒め言葉に赤面しているリリィを一人置き去りにして。


 そうして、何も答えは出ないまま二人は別れた。ただ、アルフレッドは心から祈る。

 願わくば、あんなに輝いていたリリアンが輝ける世になってくれることを。


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