第12話 やりたいこと

 早いもので、アルフレッドが学院を去ってから一年が経つ。


(さて、どうしたものか)


 貴族の領地を護る民兵の指導を託されていた彼は、そのまま何人か引き連れて領地の境界線近くまで来ていた。

 どうやら、隣国で怪しい動きがあるとのこと。念のため、兵力を増やしたいとの命で来たアルフレッドだったが、その疑念が現実になりそうだということを現地に来て知った。


「脅しだけなら、いいんだけど」


 偵察から帰ってきた者が血相変えていたことをアルフレッドは思い出す。何も起きなかったらそれでいい。昨日までの日常に戻るだけだ。

 しかし、何かあったら?

「……やるしかないか」

 そんな殺伐とした空気を感じるのか、陣営全体が暗く淀ん(よどん)でいるように感じる。嫌な感じだ、とアルフレッドは見回りを続けていた。


 すると。


「さぁ、みんな。準備はいいかなぁ?」


 この空気を吹き飛ばすような、底抜けに明るい声が響いてきた。よく通るそれは、けっこう離れているはずなのにアルフレッドの耳を震わせた。

「なっ」

 仰天で目を丸くしたアルフレッドは声のした方に駆けだした。どこか心がざわつく。そこにはかなりの人数が集まっていて、アルフレッドが先に進めないほどに人の輪ができていた。


『朝のあいさつ ニッコリ笑って 自分にかけよう 笑顔の魔法を』


 歌声は集まってきた人の中心から聞こえてきていた。この人の輪が即席の会場だ。皆、困惑している者もいるが、どこか表情が暖かい。青くなっていた者も、顔に血が通い出している。

 ここ最近、見ることのなかった温和な顔である。


(まさか、な)


 アルフレッドの頭に一人浮かぶ。ありえないことだと否定したくなるも、ただ、こんな歌声は一人しか知らないし、他に例もいないだろう。

 アルフレッドは、彼女の舞台となった陣の一角を遠めで眺めながら口角を上げた。


 一曲歌い終えた機会に、アルフレッドは人の輪の中心に入っていった。そこには予想通りの人物が、見たことのない女の子らしい服装でにこにことファンサービスをしている。歌姫、というより本当の姫様みたいな様相だ。

「おい、そこのくせ者。勝手に何してんだ」

 アルフレッドの声に反応して振り返った彼女は大きな目をさらにまん丸にする。


「ずいぶんかわいい服を着てるんだな、先輩」

「うっ、だからアルくんの『先輩』はかわいくないんだってばー」


 リリアンはかつてのように頬を膨らませていた。懐かしい、その顔は一年経った今でも突いたら破裂しそうであった。

「だから、事実だろ」

 久しぶりの再開だというのに、お互いあの頃と変わらない。いや、逆にこの相手だからこそ変わらない様子で話せるといったところか。

 ただ彼女が何の用もなく、こんなところまで来ているわけがない。それは問いたださなければいけない。

「いったい、どうした。こんなところで」

「今日はね、ともだちのお手伝い」


「友達?」

 リリアンの視線を追うと、赤毛の少年と目が合った。彼はぺこりと会釈する。


 その後、アルフレッドは彼から色々と話を聞き出した。その内容はアルフレッドを迷わせるのには十分であった。この少年も悪い人間ではないし、リリアンにも義理はある。

 力を貸してあげたいが、さて、どうするか。


「先輩からの助言なんだけどな」


 少年と手合わせしたアルフレッドは思った。彼がしたいことには、彼自身の力が追いついていない。

 素材はいいのだが、どこかチグハグにアルフレッドは感じた。


「両手剣、向いていないと思うぞ。短剣か、そもそも武器を持たない方が強いかな」


 少年は背中に背負うような剣を装備していた。その剣が彼の動きを阻害しているのが、アルフレッドにはもったいなく思える。

「それは、よく言われる。向いていない、と」

 少年は自分の手に握った剣を見つめている。その目に迷いの色はない。

「しかし」

 顔をあげた少年と視線が交錯する。その瞳からアルフレッドは熱を感じた。


「これが私のやりたいことだ」


 ――ぜぇ~んぶ、リリィのやりたいことじゃない。


「あはっ」


 全く違う表情なのに、彼の言葉とリリアンの言葉が重なってアルフレッドは思わず笑ってしまった。ずっと、表情の硬かったアルフレッドの破顔に少年は明らかに動揺していた。

「いや、すまん」

 すっ、と顔を元に戻すとアルフレッドは少年に近づいた。

「あいつが気に入るはずだ」

 アルフレッドは片手を差し出す。その意図をつかめない少年は目を丸くしていた。


「手伝ってやろうか。俺も、おまえのやりたいことをな」


 こうして紡がれていく魔王無き世の新たな英雄譚。そこに、アルフレッドの名も刻まれることになったのだった。

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