第2話 芸術に燃える者達

 モーングローブ学院は校舎だけでも広大な敷地を誇っていた。


 だから、同じ学院内にあってアルフレッドの属する戦士科と、ここ芸術科は全くといって良いほど接点がない。学院は学科ごとに運営方針が違い、それぞれが独立しているのだ。その敷地ですら接していないのだから、目の前はアルフレッドにとっても未知の空間が広がっている。

 先程の男だけではない。個性的な服装にかぶとのように盛った髪型。明らかに舞台用と分かる化粧を厚く塗った顔があると思えば、模様なのか汚れなのか分からない服を着た少女もその近くを走っていく。

 壁に描かれた絵は、非常に抽象的でアルフレッドには何が描かれているか分からなかった。重ねに重ねた色使いは見ているだけで楽しいものだが。


 周囲に目を配りながらそのまま歩みを進めていく。

「開けた場所に来たな」

 急に視界が広がった。これまで比較的細い道だったのが、目の前には余裕のある空間が広がっている。その中心には何をモチーフにしたのか分からない、奇っ怪な彫刻が飾られている。ここから道が何本か延びて、建物の入り口につながっていた。


 どうやら、敷地の中央に位置する広場らしい。ここで待ち合わせをしている数人の生徒が、石でできた長椅子に腰をかけて談笑していた。

 それだけであれば、戦士科でも見る光景。しかし、アルフレッドの目を引くものが一点だけあった。


「なんだ、あれは」

 アルフレッドは広場のそれを注視する。


 一人の女性が男性達に囲まれていた。女性の方は少々刺激的な服装をしていて、困ったような笑顔を浮かべている。周囲の男性の目は非常に鋭い。血走っていると言ってもいい。

 何事か、とアルフレッドが身構える。むくむくと持ち前の正義感が顔を出そうとする。状況によっては助太刀が必要か。さすがに帯剣はしていないから素手で戦うことになるが。

 そんな風に色々と対処を考えながら、ゆっくりと前進するアルフレッド。しかし、その会話が聞こえる位置まで来てみれば、何てことは無かった。


「あなたの輝きを、僕の絵で永遠にして見せます!」

「いやいや、ここは自分が石の中から指先に至るまで取り出しましょう」

「それだったら、わたくしが・・・・・・」


 それは彼女の容姿に創作意欲を沸き立たせた芸術科の卵達が是非モデルにと頼み込んでいる場面だった。

 非常に気合いが入っているのも、そのせいだ。息が上がって、皆が早口になっている。自分の想いを伝えきろうと躍起になっているせいで、声が重なって聞こえづらい。


 勢いが強くなるばかりの男性達を最初は困った様子を見せていた女性も、ふぅと一息つくと妖艶な表情で笑った。

「ごめんなさい」

 そして、片目をパチリとすると、男性達に愛嬌あいきょうを振りまき始める。一人ひとりにちゃんと視線を合わせてから、彼女は動き出した。


「私、これからショーの準備があるのよ」


 軽やかな足取りで人の間を抜けていく女性。そのまま、囲みの外へと出てきた。まるで、ダンスのステップだ。そういうのにうといアルフレッドにも優雅だと感じさせる。

 そして、くるりと振り返ると、彼女の動きについていけていない男達へと最後の挨拶をする。幕が閉じる前に演者が行うそれに似た、深々とした礼儀正しい行動だ。


「私のことが気になったのなら、あなた達もショーにいらしてくださいな。作品を作っているよりも、ずっと有意義な時間にしてあげる。きっと満足させてあげるから、ね」


(大した自信だな)

 女性の物言いに、アルフレッドは感心すら覚える。生徒の中には学院の敷地内にある商業区で働いている生徒もいると聞くが、彼女もその一人のようだ。


「ふん、ふふ~♪」

 リズミカルな足取りで、彼女はアルフレッドに近づいてくる。と、いうよりはこれから校舎の外に出るのだろう。つまりは、アルフレッドがやってきた道を戻るということだ。

 広場に入ってから一直線に集団に向かって歩いていたアルフレッドは、当然、彼女と鉢合わせることになる。


「あら」


 そこで、アルフレッドと彼女の視線が交錯した。彼女はすぐにたたたっと軽い足取りで近づいてくる。

 その動きがあまりにも自然に素早くてアルフレッドは身動きとれずに立ち尽くしている。これが武器を持った相手なら警戒するのだが、反応が少し遅れてしまった。


「お兄さんも、よかったら来てくださいね。商業区の、リアナってお店だから」

 どうやら、先程までのやりとりをアルフレッドが見ていたことを彼女は悟ったようだ。


 彼の顔の近くまで、わざわざ目を近づけてから彼女は大人びた笑みで笑う。ふわりと、彼女がつけている香水の香りが周囲に広がった。

「お、おう」

 アルフレッドの返事は妙に上ずっていた。緊張を悟られぬよう、力が入ってしまっている。

 そんな彼のおかしな挙動も意に関せず、彼女は最後まで優雅に立ち去っていった。


「どうしよう、良い作品になると思ったのに」

「こうなったら、ショーに参戦して目に焼き付けてでも……あ、あいつ、もう先に行ってやがる!」

 残された男達も、早々に去って行った。結局、この場に残っているのはアルフレッドだけだ。


(芸術にしか興味ないのか。すごいな。あの集中力は見習うべきものがある)


 なぜか負けた気になるアルフレッドである。結局、彼は最後まで踊り子の女性らしさに心を乱されてしまっていた。

「ここまで剣しかやってこなかった弊害だな」

 アルフレッドは天を見上げ、大きく息を吐いた。どうも、年の近い女性は苦手である。記憶をさかのぼっても、まともに話せた覚えがない。


 幼い頃であれば例を挙げられるが、家族のようなものだったから意識したこともない。

「ま、いいや」

 消えぬ敗北感を抱えたまま、アルフレッドは足を進めた。


 建物のある場所まで来てみた。入り口らしき場所を素通りして、ぐるっと大きく外を回る。いくら何でも、いきなり用もなく中には入りづらい。

「やっぱり」

 それでも、外から見ていても分かることがある。

「生きている世界が違うよな」

 芸術科の生徒からはよく言えば余裕、悪く言えば怠惰な雰囲気をアルフレッドは感じ取った。


 うわさで聞くところでは裕福な家の出身が多数を占めているらしい。事実、ぱっと見は華美で無い衣服を見ても、布から違っているかのような品の良さを感じる。支給される制服が一番高価なアルフレッドとは大違いだ。

 何とか、この学院を足がかりにして、よい条件の就職先を探そうと躍起になっている。戦士科では珍しくない、自分のような生徒はいたとしてもかなりの少数派だろうとアルフレッドは思う。


「そうだ、だからこそ」

 俺はこんなところまでやってきたんだ、と芸術科に足を運んだ理由を思い出した。

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