第2話 コロッと惚れちゃうもんだよ



「気分は大丈夫ですか?」


「は、はい……」


 俺はしばらくして目を覚ましたミラと話すためにベッドの上に座る。


「ええっと、部屋を間違えたってことですよね」


「それは……」


 ミラは毛布に顔をうずくめると口をモゴモゴさせる。

 頼むから早く否定してくれ……っ!

 そうでないと俺の謎の期待がどんどん膨れ上がってしまう。


「……違う。もうわかってますよね。気づかなかったフリなんて……セブトさんのバカ」


「へ?」


 ど、ドウイウコト。

 ミラはゲーム主人公に惚れてるはずじゃ――


 ミラはため息をつくと俺の目を見つめて覚悟を決めたように口を開いた。


「あなたが好きです。恋愛的な意味で、です」


「っ……?!」


 ナニコレ、“夜這でもすれば?”とは言ったが俺が対象だなんて聞いてないよ……。

 それに俺は今まで一回もこの子と関わったことなんてない。

 なのに、それなのになんで。

 この世界がラルファンの世界じゃないという可能性は……いや、あんなに入念に調べたんだ、そんなわけない。


 彼女は肌が触れてしまいそうな距離まで近づき、頬を赤ながら少し俯く。


「覚えてない……ですよね、あの時のこと」


「あの……時?」


 考えろ、考えろ俺……俺が今までとってきた行動の中でミラの心情を変えてしまいそうな行動はなんだ?


 冒険者になったこと?……いや、別にモブが冒険者になったこと自体には大した影響はないだろう。

 だとしたら冒険者になってから受けた依頼か?


 ……わからん、貴族関係の依頼などストーリーに関わりそうなものは受けないようにしていたからな。


「わからないですか?……そうですよね、私は黒いローブを目深に被っていた上に盗賊たちに外見を変えられてしまっていましたし」


「盗賊……あっ?!」


 思い出した、思い出したぞ。

 あれは約3ヶ月前、レベル3モンスターであるストレイフラビットの素材を採集しろ、という依頼を受けた時の話だ。

 ストレイフラビットは足がとてつもなく早く、追いかけていた時に盗賊のアジトらしき洞窟を見つけてしまったのだ。


 初めはギルドに報告して終わりにしようとしたが中から女性の悲鳴が聞こえたもんだから放っておく訳にはいかなくなり、アジトに侵入することにしたのだ。


 侵入自体は簡単だった、闇属性の高位精霊であるダクリィの力を借り、全員眠らせていったからな。

 そして頭領の男は中々の実力者っぽかったから新魔法の餌食になってもらった。


 でも、その時、俺が助けたのは黒髪の黒目の少女だったはずじゃ――


「……っ?! そういうことかよ」


「やっとわかってくれましたか?」


 髪色や目の色は魔道具で変えられていたのか……。

 だからあの子を連れて冒険者たちとすれ違った時、やけに注目されたのか。

 何かヤバいことをやったんじゃないかと思わず逃げちまったよ。


「……じゃあなんで俺のこと知ってるんですか?」


 俺が冒険者として活動している時は魔道具で髪色や顔立ちを変えているはずなのに……。

 だから誰もあの冒険者がセブトだとわからない……はずなのに?!


「私の目は真実をありのままに映すんですよ」


「あっ……」


 そうだった。

 彼女の目は嘘偽りを許さない。


 あーもうっ……誰があの少女をサブヒロインだと予想できるんだよ!

 というかストーリーではこの時期にミラが盗賊に攫われたなんて話、一切出てこなかったぞ。


 本来、盗賊に攫われるのはもう少し後の話だし、ミラではない他のヒロインだ。

 俺の行動が回り回って運命を変えたか……はたまた他の誰かがこの世界にしており、そいつが運命を変えたのか。


 どちらにしても今、ミラが同じ部屋で俺のベッドに隣り合って座っているという事実は変わらない。


 俺がどうしようと悩んでいると横からミラが顔を覗かせてくる。


「セブトさんが私を助ける時、本当にかっこよかったですよ。まるで物語の勇者様みたいで」


 違う違う違う。

 勇者は俺じゃない、ゲーム内主人公だよっ!!!

 それに俺はどちらかというと悪役みたいってよく言われるんだけど……。


「ええっと……君が思っている以上に俺って変な人間だし、だらしないですよ?……それに勇者みたいに勇敢でもない、なにするにも悩みまくってるし、優柔不断だし」


「知っています。私が好きになったのはそんなセブトさんですよ。だらしないのもちょっと変わってるのも知ってます。でもそれ以上にあなたは優しいし、思慮深い。悩むのだってそれはあなたが行動したことで周りにどんな影響を及ぼすか考えてるからなんでしょう?」


「そう……かもですけど」


 俺は彼女の顔を覗く。

 まるで全てを見透かしているような目だ。


 ゲーム内でもそうだったな。

 ミラは凄く繊細で真実を見抜く目のお陰で下心の含まれている選択肢を選んでしまうとすぐに好感度が下がってしまうキャラだった。


 そのため、下心の塊みたいなハーレムという概念はミラには通用せず、純愛ルートしか存在しなかったはず。

 まあ、逆にそこが好まれて人気が高かったんだけどね。


「セブトさん、謙虚なのはいいですけど自分を蔑むような発言はやめてくださいね」


「え?」


「そんなあなたを好きになる人もいるんですよ。わ、私は少し……悲しくなります」


「っ……?!」


 ああ、なにを俺はそんなに弱気になっているんだろう。

 ゲームのシナリオが変わる?……もう歯車は狂ってしまったんだ、割り切ってこの現実をしっかりと受け止めろよ。

 ミラは嘘を言う子じゃない……俺を本気で好きになっている。


「セブトさんのそういう謙虚なところも……す、好きですけど……ね」


 そう言って彼女は頬を赤らめる。


 うん、惚れそう。


「好きだ」


「ふぇ?!」


 あ、やべ。

 つい心の声が漏れ出してしまった。


「えっと……すみません、本音が出ました」


「そ、そうなんですか……って本音?!」


「ええ、どうやら俺が思っていた以上に男っていうのは単純だったらしいです」


『好きって言われただけでコロッと惚れちゃうもんだよ』……昨日、テキトーにこんなことを言ったが本当だったわ。


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