第11話 縄で縛られるのと、手錠と足枷で拘束されるの、どっちがいいですか?





「――ダメですッ!!!」


 そんな言葉と共に現れたのは息を切らしたミラだ。

 どうやら相当、急いでここにやってきたらしい。


 俺の頭の中には『なぜここに?』という疑問が浮かぶと同時に嫌な予感がした。


「ダメですからね? 貴族である私とじゃダメだって言うなら王女様となんて絶対に! 絶対に許しませんからね!?」


 ミラは切らした息を整えると語気を強めてそう言った。


「ええっと……あなたは侯爵家の次女の人よね?」


 クシュリナは状況がよくわかっていないのか困惑した様子だ。

 うん、俺もよくわかってない。


 どうやらミラは俺がクシュリナにクズみたいな欲求をすると思われていたらしい。

 一応、俺ってミラの想い人なんだよね?!


 まあ、そういうのも考えなくもなかったが。


「あ、すみません、申し遅れました。ラミーレス家の次女のミランダ・ラミーレスです」


 ミラはクシュリナを見て一旦冷静になったのか口調を敬語にして自己紹介した。


「ええ、あなたのことは何度かパーティーで見かけたことがあるけれど実際、会って話すのは初めてね。この国の第1王女のクシュリナ・ウォルガルズよ、よろしくね?」


 そう言ってクシュリナの差し出した握手の手はなんだか怖く見えた。

 急に話に割って入られたのが癪に触ったのだろうか。


「はい、よろしくお願いします」


 すると、今度はミラがにこやかに笑いながら握手の手を握り返す。

 なんだかその笑顔も怖く見えてきた。


「ねえ、あなたの噂はよく聞くわ。世界に数人しかいない空間魔法の使い手らしいわね。この部屋の場所もその魔法で突き止めたのかしら? 正直な話をするとあまり私がここにいたと多くの人にバレるのは面倒なのよね」


 ああ、そう言うことか。

 クシュリナはここにここにこっそり来ている訳だから誰かにバレるのは面倒なのか。


 確かこの時点でのクシュリナは縁談の話の途中だったから……そんな時に平民の男と部屋で何かをしていたとバレるのは面倒なのだろう。


「それは重々、承知していますよ? けれどあんまりセブトさんに意地悪するのはやめてもらってもいいですか?」


「あら、私が何をしたと言うのかしら」


 タイミング的にミラは俺がこいつに拷問されていたことを知らない。

 俺がそのことを言おうかなと思い、口を開きかけるが正面から鋭い視線を感じて中断した。


 ミラも実際、俺の言葉だけを聞いて勢いで飛び出してきたらしく硬直する。

 ――が、暫くするとミラが少し赤い顔をして口を開いた。


「……せ、セブトさんに『なんでもしてあげる』って言って誘惑してました」


「は、はぁ?……えっと、確かにそんなニュアンスの言葉は言ったけどそれで誘惑って言われるのは違うわ!」


「知っていますか? 王女様、男性にとってそのような言葉は時に別の意味を持つこともあるのですよ」


「はい? 何を言って――」


 クシュリナは訳がわからないと言った様子で困惑していたが次第に何かに気付いたのか頬が少し赤く染まった。


「せ、セブト……あなた、もしかしてそういうことを想像していたの?!」


「おい待て、勘違いだ、俺は決してそんなこと考えてなんか――」


 俺は言おうとしていないだけで一瞬、そういうことを考えてしまっていたことを失念していた。

 そして、真偽の宝玉がこの場にあることも。


 俺は言葉を発する途中でその事実に気づき、話すのをやめるがもう時すでに遅し。

 無慈悲にも宝玉は赤く染まった。


 そしてクシュリナはゆっくりと宝玉の方へ視線を向け――


「っ?!〜〜〜〜〜……最低ッ!!! 王族への不敬罪で死刑にするわよ?!」


 顔を真っ赤にした。


「いや、ちがっ――」


「違わないじゃない!」


 俺が咄嗟に否定しようとするがクシュリナは同じく真っ赤になった宝玉を指差しながら俺の言葉を遮った。


 ま、不味い。いくらここが平等を唱えるグリーディア学園だとしてもそもそもここはウォルガルズ王国に位置している。

 その国の王女様から不敬罪を告発されてしまえば一発牢屋行きだ。


「すみませんでしたクシュリナ様!!!」


「謝っても許さないわ」


「そんなことを言わないでくださいって、ほら、俺さっきクシュリナ様のことを助けたじゃないですか」


「……あら、そんなことあったかしら」


 クズだこいつッ!

 確かに助けた現場は誰も見ていないが……だからと言って無かったことにするのはないだろ!


 俺が抗議の視線を送るとクシュリナは今度は独り言のように何かを呟いた。


「ええ、それとあなたが何故、謝っているかもよくわからないわね。何かあったかしら?」


「え……?」


 ああ、そういうことか。

 助けてくれたことを無かったことにする代わりにさっきの不敬もなかったことにしてくれるのか。

 なんだかとっても損した気分だが……まあ、いいか、どうせ大した要求も思いつかなかったし。


「どういうことですか?」


 すると、この場で唯一、クシュリナが俺に助けられたことを知らないミラが困惑の声を上げた。


「え? ああ、なんでもないよ。俺の勘違いだ」


「助けた? セブトさんがクシュリナ様を……?」


 俺が勘違いだと言ってもミラはまるで自分の世界に入ったかのようにボソボソと何かを呟き始めた。


「セブトさんが他の女性を助けた? 私だけじゃなかったの? じゃあ私は他の女の中のただの一人ってこと?」


 待て待て待て、確かに間違っちゃいないけどなんか怖い。

 ミラは一通り、考え尽くしたのか顔を上げて俺に語りかける。


「セブトさん」


 その目にはハイライトが無かった。

 俺は困惑のあまり、返事が遅れる。


「は、はい」


「縄で縛られるのと、手錠と足枷で拘束されるの、どっちがいいですか?」


 うん、多分、転生してから今までで一番答えたくない質問だわそれ。


 ミラは普通の少し冷ためのサブヒロインだとずっと、セブトは認識していたが……死ぬ直前に入ったアップデートによってミラはゲームで好感度が上限に達した時、ごく稀にヤンデレ化するルートが生まれたことをまだ、知らなかった。


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