第10話 あ、修羅場の匂い





 そしてしばらく時が経ち、私を守るために亡くなった騎士たちへの感情にも整理がついた頃、私の恋心はいつの間にかに憧れよりも大きくなってしまっていた。


 だから、純潔を散らされていないことを家族には言わなかった。

 そうすれば平民である彼との結婚のハードルが大きく下がるからだ。


 それから更に1ヶ月後、私は彼が私が入学する予定のグリーディア学園に入学することを知った。

 その時の私はそれはもう大歓喜だ。


 それからは日に日に高まる恋心と期待を胸に入学の準備をしたり、彼と会った時の会話のシミュレーションをしたりし、遂にやってきた入学式。


(あ、あれは……!?)


 見つけた、特徴的な黒髪に黒目。

 厳しく見える目にその瞳の奥から見える優しさ。

 予想通り彼は眠そうな顔をし、校長先生の方へ体を向けたまま、話を聞き流していた。


 その後、入学式が終わり、解散となった。


(話しかけに行こう!)


 そう思って彼のことを追いかけるが人混みで一瞬、姿が見えなくなって見失ってしまった。


(ど、どうしよう……)


 調べたおかげで彼の部屋の場所は知っているが突然、部屋を訪れるだなんて、はしたないと思われるんじゃ……。

 そう思ってその日は諦め、寮でこれからどうするか考えていたのだけれど……


(そうだ、実家にこういうことに関する本がないか探してみよう)


 あんなに広い書庫があるのだから1冊くらいあってもおかしくない……と思って書庫に転移した。


 すると、そこには高位精霊様が居たのだ。

 そして精霊さんはなんと私の恋愛相談に乗ってくれて簡単な答えを示してくれた。


 私は精霊さんのアドバイスを実行してみた。


 そしたら……今、思い返しても顔が真っ赤になる。

 あんな簡単にセブトさんに好きだと言って貰えるなんて。


 私は精霊さんに感謝すると同時に『こうすればよかったのか』と思った。

 それと同時に、私の中の遠慮というタガが外れた音がしたような気がした。



 ――――――――


「ここか?」


 そういって俺が入ったのはもう使われていないらしい教員用の寮だった。

 クシュリナは〈影鞭〉使いながら俺を運んだらしく、魔力が残滓として残っていたため、場所がわかった。


 俺は建物に入ってからしばらく辺りを探索すると、一つの事実に気づく。


「地下……なのか?」


 どうやらクシュリナは地下に居るようだ。

 俺はクシュリナの微かな魔力の残滓を辿り、なんとか数分で地下室にたどり着くことが出来た。


「おーい、大丈夫か?」


 死神モドキは基本、一瞬しか具現化することが出来ないため、一撃しか放てない。


 その一撃は俺が受けたのでクシュリナが死神の第二撃を食らっていることはないので大丈夫だと思ったのだが……。


 ――ギィィ


 そんな音と共に木製の扉が開く。

 そこに居たのは――


「だ、誰?……え?」


 泣き崩れたクシュリナであった。

 彼女は信じられないといった目で俺を見ている。


「嘘でしょ? 生きてる……? いや、これは幻覚ね。セブトの死体はここにあるもの」


 そうしたら、今度は俺を勝手に幻覚扱いしてきやがった。


「いや、幻覚じゃないから! 本物、正真正銘の俺だから!」


「ああもうダメね、幻聴まで聞こえてきたわ。私があの死神モドキに気づかなかったせいで……どうして」


 何こいつ勝手に悲観し始めてんの?

 さっきまで尋問してきた奴を励ますのも変な話だと思うが……。


「馬鹿野郎! いい加減、目を覚ませヒステリック女!……勝手に人を死んだことにすんな」


「や、やけにリアルな幻聴ね。で、でも実際、彼の死体はあるし……」


「よく見ろ馬鹿。それちょっとずつ魔力になって消え始めてるだろ」


「え……?」


 クシュリナは俺に言われた通りに俺の死体を観察する。

 俺の〈分身デコイ〉は血まで再現された精巧なものだが流石に死んでから一定時間経てば魔力に分解されていく。


「嘘でしょ、じゃああなたは……」


「セブトさんですけど?」


「生き……ているの? 待って、あれは死神と同じ威力を持つ一撃よ?」


「転生者舐めんな! あんなので死ぬわけねえだろ」


 あんなの……と言ったが〈分身デコイ〉を使っていなかったら俺は実際、今、生きていたかはわからないんだけどね。


 せっかくだからコイツに俺の実力を勘違いしてもらおう。

 そしたら次から“尋問される”なんてことは無くなるだろう。


「け、けど……あなたは私を守るために〈身代わり〉スキルを使ったわよね?! 怪我は? だ、大丈夫なの?」


 やけにクシュリナは焦っているようだった。

 こいつにとって俺は拷問されるレベルの存在なんだけどな……まるで過去に何かあったかのようだ。


「だから俺を舐めんなって! あ、あんなの余裕で耐えられたし?」


 流石にこの嘘は無理があったか……?

 あの英雄――騎士王であっても死神の一撃を受ければただじゃおかないだろうし。


「そ、そう……なのね。でも、なんで私を庇ったの? 庇う理由がわからないわ、脳内お花畑のお人好しなのかしら?」


「おい、お前は絶対に人を煽らないと気が済まないのか?! 一応、命の恩人だぞ?」


 まあ、確かにクシュリナの言うこともわからなくもない。

 俺は別にクシュリナに恩があるわけでもないし、それどころか拷問されたという恨みがある。

 それなのにせっかく、恨みのある相手を命の危機から救うと言うのは明らかにおかしい。


 けれどよく考えてみよう。

 死んだ第一王女にその場に居合わせた一人の男子生徒。

 その男子生徒には王女を殺してもおかしくない理由恨みがある。


 そしたらどうだ、俺は第一王女を殺害した大罪人として一生、この国どころかこの世界中で追われることになるだろう。

 そうなれば人生バッドエンド、第二の人生をゆったり過ごそうと思っていたのにそれが超刺激的でファンタスティックなものになってしまう。


 そんなの御免だ。


 けれどそんな本心を本人の前で言うわけにいかない。

 というわけで――


「いやほら、俺、人が悲しむところとか死んでいくところとか見たくないからさ?」


 ガッツリ嘘をついた。

 が――


「――宝玉が赤くなってるのだけど?」


 秒でバレた。


「スゥゥゥゥ……」


 おかしいだろォォォォォ!!!

 なんで恩人に対して真偽の宝玉とか使ってんだよ。

 信頼しとけよ! てかその道具ずるい、俺も欲しいぃ!


「はあ、まあ確かに死神は痕跡を残さないから、もしここで私が死んでしまえばあなたが疑われてしまうものね」


「そうっ……すねぇ、そう考えることもできますね」


「顔に『なんでわかった?!』って書いてあるわよ」


「うぐっ……」


 やだこの人、鋭すぎる。


「けど、よくあんなスキル持っていたわね」


「ああ〜、〈身代わり〉スキルのことか」


 あのスキルはゲームにも登場していない俺だけの持つスキルだ。

 まあ、なぜなら――


「死ぬ時にさ、俺、子供を庇ったんだよ」


「……嘘っ!? 本当なの?」


 クシュリナが青く光った宝玉を見てそう呟く。


「いや、疑いすぎだろ?! 信じられないものを見るような目で見るな? そんなに意外なのかよ」


 全く……恩人に対して失礼では?

 そんな様子の俺に気づいたのかクシュリナが申し訳なさそうに口を開く。


「まあ……理由や考えがなんであれ、助けてくれたことには心からお礼を言うわ。実際、あなたがスキルを使ってくれなきゃ私は死んでいたわけだし」


「そうだぜ、まあ……そうだな、貸し10ってところか」


「じゅ、10?!」


「なんだ、少なかったか? じゃあ100で」


 こいつ中々いい心意気じゃないか。

 10回だけじゃ少ないって言うんだな?


「なんで増えてるのよ……聞いたことないわよ、そんな数字。もうちょっと具体的な内容にして頂戴」


「へえ、それはなんでもしてくれるってことか?」


「っ?!……ま、まあそうね。私が叶えてあげられる範囲ならなんでも構わないわ」


「え、マジで?!」


 それなら真偽の宝玉でも貰うか?

 いや、こいつは王女だ、その権利を利用しても……。

 というかこいつから一生、遊んで暮らせるほどのお金をいただくことだって可能なはずだ。


 う〜む、悩む、悩むな。

 いっそのこと、こいつに養ってもらおうかな。


 散々考えた末、俺はようやく答えを出した。


「やっぱり、何か物じゃないで――」


「――ダメですッ!!!」


『バンッ!』と爆音を鳴らして壊れそうな勢いで扉が開く。

 その先にいたのは――


「み、ミラ?!」


「侯爵家の次女?!」


 それはわれらがゲームのサブヒロインにして俺に夜這いをしかけたミラ・ラミーレスであった。


 あ、修羅場の匂い。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る