第5話 勇者じゃない





「ど、どどどうなってやがる?! 神隠しか?――グハァッ?!」


 焦ったように彼は辺りを見渡す。

 ――が、刹那、何者かの攻撃によって体が後方に吹っ飛んだ。


「え?」


 思わず、私の口から腑抜けた声が漏れだす。

 後ろから見ていた私にもそれは一瞬の出来事だったため、全く状況が理解できないでいる。


 するとどこかから青年の声が聞こえてきた。


「あーあ、あんたがその女の子に夢中になってる間にお仲間さんは全員死んじまったなぁ」


「て、テメェ!!! 卑怯な……姿を現しやがれッ!!!」


 盗賊の頭は辺りを見渡して必死に声の主を見つけようとするがどこにもその姿はなかった。

 ど、どういうことなの……?


 家の騎士たちがやってくるのには早すぎる気がするし……それにこんな変な手段は取らないはずなのに……。

 依頼を受けた冒険者……だとしても一人なのはおかしい。


 ということは通りすがりの実力者――もしかして勇者様?!

 なんて考えるのは浅はか過ぎる。


 もしかしたら別の盗賊集団かも知れない。

 けれど私は味方である可能性を信じる。


 そうじゃないと……耐えられなかった。


「盗賊が卑怯とか面白いことを言うんだね」


「く、クソが……こうなったら」


 すると、盗賊の頭は懐から魔道具らしきものを取り出す。


 私は少し前の記憶がフラッシュバックした。

 そうだ、奴らは魔法を封じてくるのだ、教えてあげないと――


「き、気をつけてください!!! 彼らは魔道具で魔法を封じてきます!」


「ヒャッハァー! 言うのがちょっと遅かったなお嬢ちゃん!!! 魔封じの魔道具はもう発動されちまったぜぇ」


 そう言う盗賊の手には真っ赤に輝く宝玉があった。

 不味い、こうなれば魔法で姿を隠していた彼も姿を現さざるをえなく――


「魔封じ? ああ、あれね。ゲームにあった気がするよ」


 ――なることはなかった。

 余裕そうな男の声がただ、この部屋中に響くだけでどこにもその姿はなかった。


「な、なぜだッ?! 魔法はもう使えねえんだぞ! どうして姿が見えねぇ?!」


「わからないのか? 可哀想に。精霊魔法は本来の魔法と使用方法が違うからその魔道具の効果を受けないだけだぜ? どうやら魔封じの魔道具に関する知識がないようだ。となると……その魔道具はどっかで拾ったか誰かから貰ったかどっちかだな?」


「う、うるせぇ! クソがっ……いい加減、姿を現しやがれ!」


「いいよ」


「へ?」


 思いもしなかった返事に盗賊の男は素っ頓狂な声を上げる。


「も、物分り良いじゃねぇか。わかったんなら早く――」


「現してあげる――君の仲間の姿をね……契約に従って魔法を行使し給へ、〈上位洗脳マスターブレイン〉」


「は?」


 男がそう唱えるとどこからか、ズンズンという重い足音が聞こえてきた。

 ランタンの灯りに照らされた先に居たのは――


「お前らは――おおっ!! 生きてたのか?!」


 盗賊の頭の部下たちであった。

 だが、何だか様子がおかしい……足取りはフラフラとしているし、顔色もなんだか青白い。


「お、おい? 返事をしろよ――って、うぉっ?!」


 部下たちは徐々に頭領に近づいていき、彼に飛びかかった。


「どうしちまったんだ?! あの男におかしくされちまったのか?!……クソッ、姑息な!」


「ふっはっは、姑息だなんて褒め言葉ありがとう」


 どっちが悪者かわからないようなセリフを彼は言う。

 流石の私でもわかる。


 この人は勇者様なんかじゃない。

 あまりにもやり方が汚く……まるで盗賊みたい。

 そして、ただ強いだけ。


 何も惹かれる部分なんてない……はずなのに。

 私はどこからか聞こえてくる彼の声に聞き入っていた。


「て、テメェらぁ! いい加減俺を離さないとぶん殴るぞ! 俺は元星5冒険者なんだぞ! どうなるかわかってんだろうな?」


 どうやら盗賊の頭は部下たちに飛びかかられ、動きを邪魔されて苦心しているらしかった。


「抵抗するだけ無駄だよ……契約に従って魔法を行使し給へ、上位洗脳マスターブレイン


「ぐ、あぁぁぁ?!」


 盗賊の頭がもがき苦しむ。

 あの魔法……闇属性の魔法なのかな。

 そして、あの効力……きっと星6つ相当の魔法だろう。


 声は若く聞こえるがきっと、何年ものの月日を魔法に費やした凄腕精霊術師なのだろう。


「さあ、これで君はこいつらに手をあげることができない……まあ、1週間もすれば洗脳は解けるからそれまで頑張ってくれよ」


「う、嘘だろ?! おい待て、ごらぁ!」


 結局、部下たちによって頭領は洞窟の奥へと連れて行かれたのであった。


 そして残ったのは私と……謎の男のみ。


「さぁてと、掃除も終わったし、帰ろうかなぁ」


 謎の男はあからさまにそんな言葉を放つ。

 この人は私のことを揶揄っている……だとしても今、引き止めなければ私は餓死してしまう……!


「ま、待ってくださいッ!!!」


「わあ、びっくりした」


「せめて……この手錠と足枷を外してはもらえませんか? あと、この檻からもどうか、出してもらえると助かります」


「う〜ん、俺の出す条件を一つ、飲んでくれるならいいよ」


「……なんですか」


 ああ……やっぱりこの人は勇者なんかじゃない。

 絶対に違う。


 あの盗賊のように下心しかないクズ男なんだ。

 私はぎゅっと目を瞑り、男の言葉を待つのであった。


「街に戻ったら俺のことは誰にも言わずに一人で家に帰ること……当然、君は家族から色々と訊かれるだろうから『隙を見て逃げ出してきた』と言ってくれ」


「え? たった……それだけ?」


 絶対にその体を味見させろ、とか、奉仕しろ、とか言うと思っていたのに……。


 なんだか私が期待していたみたいで恥ずかしくなり、頬が赤く染まっていくのが自分でもわかる。


「ああ、それだけだ。守れるか?」


「と、当然です!」


「じゃあ、契約成立だ……よいしょっと」


 彼がそう呟くと柱の影から一人の男が現れた。


「あなたが……」


 それは紅玉のような赤色の髪に真っ黒な目をした男であった。

 だが、私はその髪色に違和感を抱く。


 赤髪のはずなのに、やけに黒っぽく見える。

 この部屋が暗いからと言われればそれだけなのだが、私は何らかの勘が働き、右目を瞑って左目だけで彼を見てみる。

 ラミーレス家は代々、幻覚や偽装魔法などの偽りを見破る力を左目に持っているのだ。


(髪が真っ黒? この人、姿を変える魔法を使ってるんだ……)


 そんな魔法を使う人間はそう多くない。

 彼がさっき提案した条件と合わせて考えるにどこかの偉い貴族の息子だろうか。


 だが……黒髪黒目の特徴を持つ貴族はそう多くなかったはず。


 何故ならば黒髪黒目の人間はこの大陸には元々、存在しないからである。

 黒髪黒目はこの大陸以外の場所から来た者――あるいはその血を継ぐ者しか持たないのだ。


 そこから考えるにこの者はどこかの成り上がり貴族……または何らかの事情で姿がバレたくない平民かな……?

 だが、大した教育も受けていない平民がここまでの力を手に入れられるのだろうか?


 ああ、そういえば以前、師事してもらった王宮の宮廷魔術師も黒髪黒目だったはずだ。

 あの凄腕宮廷魔術師の息子ともなればここまでの実力があるのも頷ける。


「言っておくが、俺が誰であるかなんて聞かないでくれよ? 一々説明するのは面倒だし、面倒ごとには関わりたくないからな」


「わかりました……」


 面倒だから……彼が正体がバレないようにしている理由は果たしてそれだけなのかな……?

 そんな理由が私を救ったことで得られる巨額な褒賞と名誉と釣り合うのだろうか?


 だ、ダメダメ……、この人が隠しているのだからなるべく、深掘りしないようにしないと……。


「わかったんならいいんだ……ふんっ!!!」


「え……?」


 ――ガキンッ!


 そんな金属同士がぶつかる音がし、鉄格子は大きく曲がり、子供一人が通れそうな隙間が出来上がる。

 彼が何をしたのか……簡単だ、大きく振りかぶって殴ったのだ、檻を。


「す、凄い筋力ですね。あなたは魔法使いでしょう? それなのにこんなに力が強いだなんて……」


「うん? まあな、俺の魔法は借り物の力だ。もしかしたら使えなくなってしまう時が来るかもしれないから、その時に備えて最低限、自分の身は守れるようにしてんだよ」


「凄いですね……私と同じくらいの歳に見えるのに」


「へ? そ、そうか……おかしいな、そんな事いつもは言われないのに……」


 彼が聞こえるか聞こえないかのギリギリの声でそんなことを言う。

 当然だ、彼は魔法で髪色だけでなく顔立ちも変えている。

 本当の彼はもっと子供っぽく、私と同じ14、15歳くらいに見える。


 ますます彼が何者なのか気になってしまう。


「ま、まあそんなことはいいんだ……〈解錠ディスペル〉」


 彼が魔法を唱えた瞬間、私についていた手錠と足枷は外れた。


「凄い魔法の腕ですね……精霊魔術でこれほど強力な魔術を使う方は中々居られませんよ」


「そ、そうかい……さっ、とっととこんな洞窟からおさらばしようぜ……」


 彼からは少し、動揺の色が見えたような気がした。

 私が何か勘付き始めていることに気づいたのだろう。


 段々、私はわかってきた。

 この人は勇者様だ。


 やっていることはどう考えても悪役……だけれど私にとっては物語の勇者様。

 彼は名誉も財産も欲さず、自らの命の危険と正体がバレるリスクがあるのに助けてくれた。

 メリットなんて彼には一つもないというのに。


 彼は優しいし、努力家だ。

 その上、謙虚である。


 私はさらに彼のことが知りたくって堪らなくなった。


 なんのために私を助けてくれたのだろうか。

 なんのために姿を変えているのだろうか。

 なんのためにこの森に来たのだろうか。

 どんな料理が好きなのだろうか。

 どんな女性が好みなのだろうか……。


 考えれば考えるほど質問は思い浮かぶ。

 けれど、訊くなと言われた側から質問するのは流石に憚れた。


「おい? 大丈夫か、ぼーっとして」


 彼は心配そうに檻の外から手を差し伸べる。


「大丈夫です、早くここから出ましょう――」


 私は彼の手を掴んだ。

 その感触を忘れないように強く、強く――。


「――私の勇者様」


 その言葉は誰の耳にも入らず、暗闇に消えていった。

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