第6話 もう1人の転生者

 



「あまりにも早く起きすぎたな……」


 俺はミラの居なくなった部屋でそう呟く。

 ミラのせいで俺はいつもよりも早く、起きすぎてしまった。

 時計はまだ、5時半を指しており、学校が始まる8時まであと2時間以上ある。


「まあいいや、散歩でもするか」


 あの難攻不落のサブヒロインが俺に惚れているなんて信じられない事実を知り、俺は冷静ではなかった。

 だって、ミラは超美少女だし……正直言うとめっちゃ好みだし。


 だが、俺は彼女と付き合えない。

 そうすればシナリオにどれほどの影響を及ぼすかわからない。

 それに……ミラは絶対に主人公と結ばれないとならない。じゃないと……。

とにかく、シナリオ的にも彼女のためにも好意を受け取る訳にはいかない。


 頭ではわかっていてもどうしてもミラとそういう関係になることを期待してしまう。

 なのでそんな煩悩を晴らすために散歩をしたいのだ。


「さて、行くか」


 着替えをし、廊下に出る。

 廊下はまだ、消灯している上に人の気配を感じない。


 ちょっと怖いかも。


 明かりは窓から差し込んでくる少し光しかなく、暗すぎてどっちから外に出られるのかすらわからない。


 こういう時は――


精霊召喚サモン……光の精霊ライリィ」


 俺が手を広げ、魔法を使うと手の平から光り輝く精霊が姿を現す。


「あーもうっ!!! 朝早くから何よ、気持ちよく眠ってたっていうのにぃ……」


 その精霊は清純なオーラを漂わせ、妖精のように俺の周りを飛び回る。


「ごめんごめん、廊下が暗くて道がわからないんだ」


「はぁ?! つまり高位精霊である私をただの明かりとして使うために呼び出したっていうの?!」


 うるさく飛び回るこいつは俺と契約している光の高位精霊であるライリィ。


「まあ……ぶっちゃけたら」


「ふざけんじゃないわよ! もう……高位精霊をこんなにぞんざいに扱う人間なんて世界中探してもマスターだけね」


「そうか?」


「考えればわかるでしょ……一応、高位精霊は信仰の対象になることだってあるのよ?」


 そういえばミラも俺の操っていた精霊を見て騒いでいたな。

 俺にとっては友人のようなものなのだが。


 すると急かすようにライリィが俺の右肩に乗る。


「二度寝したいから早くして頂戴。いっそのこと、魔法でこの学園中を照らしちゃう?」


「ダメに決まってるだろ。大ごとにはしたくない」


「はいはい……」


 本当に何を言うんだか……。

 俺は何故か光と闇の精霊から好かれており、高位精霊である闇のダクリィと光のライリィには昔から世話になっていた。

 両方とも攻撃系の魔法は大したことはないのだが搦め手や支援、回復に関してはかなり重宝している。


「さ、ここが玄関ね。私はもう寝るからじゃあね! 変なことで呼び出さないで頂戴」


「ああ、助かったよ」


 本当に助かった。

 数日前にこの寮には来たばかりであり、2階への階段までの道すら覚えていなかったのだ。


「そうだ……ミラのことを相談しとけばよかったな」


 彼女は俺の第二の家族のようなものだからな。

 話せばこれからどうすべきかの手がかりくらい見つかったかもしれない。


 ――カキィィィン


 その時、剣と剣がぶつかるような音がどこからか聞こえてきた。

 体育館の方からだろう、きっと上級生の誰かが剣の練習をしているんだな。


「少し、覗いてみるか」


 ゲーム内では毎朝、体育館でヒロインの一人が自主練していたはずだ。

 一度、その姿を拝んでおこう。


 そう思い、俺は窓から体育館を覗くのだが――


「誰も……いない?」


 体育館の中は灯りすら点いておらず、人がいる雰囲気はしない。

 おかしいな、用事でもあったのか、寝過ごしたのか――。


 そこで俺は一つの違和感に気づく。


「待てよ、じゃあこの音は――」


 剣と剣がぶつかるような音はさっきよりも激しく聞こえてくる。

 つまり、この音は――


 自主練の音じゃない?!

 ガチの喧嘩か?


 俺は音の聞こえる先――体育館裏をこっそりと覗く。


「い、痛いよぉ……」


「うるせぇッ!! 平民ごときが口答えすんな……おい、お前らナイフ持ってるか? こいつは見せしめにしてやるよ」


「いいんすか? ピエール様、あれ結構えげつないっすよ!」


 そこには何人にも取り囲まれ、木剣で殴られながらも必死に応戦する生徒の姿があった。

 ピエールと呼ばれたリーダーのような男……ああ、思い出したぞ。

 あれは主人公を虐める悪役だ。

 だが、体育館で訓練していた上級生のヒロインに懲らしめられるんだっけ。


 あの虐められている子は主人公ではないようだが……どこかで見たことがあるような気がする。

 俺が眺めている間にも虐めはさらにヒートアップしていく。


「いいんだよ、こんな奴、どうなったって誰も気にしねぇっつうの」


「わかりやした……ピエール様どうぞ」


「早くよこせ……平民、口答えした罰だ。お前これからどうなるかわかるよな?」


 そう言ってピエールは仲間からもらったナイフを手に持ち、限界を迎え地面に倒れ込んだ男子生徒を見下ろす。


「や、やめてくれ」


 うわ、あれ絶対に服脱がして校門に張り付ける気じゃん。

 ピエールは三大貴族の一角であるゴミジンコ公爵家の次男であり、親や兄から甘やかされて育ってきた。

 そのため、平民だけでなく、三大貴族または王族以外は口出しが出来ないのだ。

 もしも、ゴミジンコ侯爵に告げ口されれば大変なことになるからな。


 でも、どうしようか。

 流石に見ていられない、助けるか。


「これでいいや……〈眠りへ誘う霧スリープミスト〉」


 俺が使ったのは強制的に相手を眠らせる広範囲魔法だ。

 レジストされない限り、対人戦においては最強といっても過言ではない。


 これを虐められている生徒以外にうまく当てようとした――のだが。

 ナイフが生徒の制服に触れた瞬間、場の雰囲気が突然、変わった。


「なにしてんだ? テメェら、面白いそうなことやってんじゃん」


 そう言いながら現れたのは赤髪の鋭い目つきをした男子生徒であった。

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