第7話 王女
どうやら、彼は俺の反対側からこの虐めを見ていたらしい。
「お、お前……あの辺境の脳筋か?!」
ピエールが驚いたように後ずさる。
辺境の脳筋?……俺はゲームの知識を漁るが、そのように呼ばれていた人物は思いつかない。
強いて言うなら辺境伯がそれに当てはまるが、あそこは息子を死産で失っており、後継がいなかったはずだ。
だからこんな若い子供なんているはず――
「脳筋? 俺はレイベル・アルントンっていうちゃんとした名前があるだが? それはうちへの侮辱と捉えていいんだよな?」
アルントン?!……辺境伯の名前じゃないか。あの家は後継を持たないはずじゃ……。
それにレイベルという名前にも聞き覚えがあるような……。
俺が混乱しているとピエールの取り巻きの1人がぼそっと呟いた。
「な、なんだよ、辺境の貴族モドキが……脳筋なのは事実だろうが」
そう口にした瞬間、取り巻きの生徒が吹っ飛んだ。
レイベルが殴ったのだ、とんでもない速さで。
その風圧で俺の放った魔法の霧も吹き飛ばされる。
俺はレイベルのあまりの暴挙に驚き、目を丸くする。
「二度はねぇぞ……クソガキ共、死ね」
レイベルの拳はピエールの腹を捉える。
そして気持ちがいいくらい勢い良くピエールの体は吹き飛んだ。
「あ……やべ、やり過ぎた」
レイベルが正気に戻った時には周りの取り巻きたちは尻餅をつき、すっかり怯えきっていた。
思い出した、レイベル……それは辺境伯が死産した息子につけるはずだった名前だ。
憶測だが……俺と同じ転生者であり、なんらかの因果によって魂が入り込んだのだろう。
であればストーリーを改変するのはやめていただきたい。
軽く世界が滅ぶ。
本来、ピエールを懲らしめるのは主人公の役割である。
そして、主人公はそのイベントを通してヒロインとの距離が縮まったり、貴族や王族から好印象を抱かれたりする。
それを潰してしまうとこれから先、どんな影響があるか分からない。
それにも関わらず、こういう状況になっているのはレイベルがこの世界がゲームの世界であるということを知らないからだと考えれば腑に落ちる。
俺はこの生徒が転生者であることを確認するためにもう少し、この現場を陰から観察してみることにした。
レイベルは腹を抱えて踠き苦しむピエールをどうしたもんかと見下ろす。
先に口を開いたのはピエールだった。
「貴族モドキが! 三大貴族の息子である僕を殴ったな?! このことはお父様に――」
「どうせお前らはこの後、俺に殴られたなんて周りに言うつもりなんだろう? でもさ、俺、めんどくさいことって嫌いなんだよな。俺も退学になりたいわけじゃないんだわ」
「ふ、ふざけたことを言いやがって!! お前が僕を一方的に殴ったんだ、この状況を見れば誰しもそう思う。ふっはっは、お前はこれから犯罪者として生きていくんだよッ!」
確かにボロボロのピエールとその取り巻き……対してレイベルは無傷であり、虐められていた生徒も所々に傷が見られるが大した外傷は見られない。
この不利状況にピエールの貴族権力が組み合わさればレイベルが何らかの処罰をうけることは確実だ。
普通は。
「言ったよな? 俺はめんどくさいことが嫌いって……今、ここでお前らを亡き者にしてやってもいいんだぜ? 俺にはそれが出来る力があんだよ」
力……?
俺はこいつの力をゲームで見たことはないが、何か特別の力を持っているのだろうか。
本来は登場しないはずの人間であれば能力はカスみたいなものになるはずだ。つまり、こいつは神などの存在から転生時に能力を授かっている?
俺はもう少し、レイベルを観察するために潜伏し、話を聞き続ける――
「おい、ヒソヒソ隠れてる陰キャ野郎。お前が隠れて話を聞いてることは気づいてんだぞ」
つもりだったんだけどなぁ。
認識阻害の魔法を使っていたのだが……流石の転生者だ。
だが、ここでの転生者とのファーストコンタクトはあまりにも不都合すぎる。
同じ転生者同士であれば敵対したくないというのが俺の本心であった。
ここは1度撤退してから日を改め、別人として会うべきだろう。
「
精霊魔法は中級までは聖霊を召喚せずとも契約していれば普通の魔法を同じように使える。だが、上級となれば話は別だ。
『はぁぁぁぁい、こんな朝早くから何かしらぁぁぁ』
そこに現れたのはおっとりとした黒髪の女性だった。
だが、その体はまるで幽霊のように半透明である。
「緊急事態だ、とにかく力を貸してくれ……契約に従って魔法を行使し給へ〈
『わかったわぁぁぁ』
ダクリィが手をチョン、と振ると俺の体は空気に溶けていくように薄くなり、やがて完全透明になった。
この魔法使用中は相手に攻撃出来なくなったり、移動範囲が制限されたりするが、絶対に他人から視認されなくなる。
俺は魔法で姿を隠したままその場を後にしようとした――のだが。
突然、レイベルが俺のいる方向を睨みつけながら口を開いた。
「おい待て、逃げんなよ。姿は消せても気配は消えてねぇぞ卑怯者」
バレていた。
認識阻害で気配は誤魔化せると思ってたんだけどな……。
それにこれはミラを盗賊から救い出した時にも使った技だ。
それを見破られたということはレイベルはそれ以上の手馴れであることを意味する。
俺はレイベルへの警戒レベルを引き上げ、これ以上、隠れるのは逆に危険だと判断する。
そうして俺は魔法を解いた。
「参った、本当にすまない」
そう言い、俺は手を挙げながら姿を現す。
「ふん、無駄な抵抗しやがって……お前もコイツらと同じように虐めに加担してたんだろ?それどころか1人だけ逃げようとしたんだ、どうなるかわかってるよな?」
ピエールに向ける目よりも鋭い目付きでレイベルは俺を睨みつける。
うん?これって絶体絶命って呼ばれるやつじゃないか?
俺は誤解を解いてもらうために弁明の言葉を口にする。
「いえ、それは違います。私はレイベル様と同じように偶然、この現場を見つけてしまっただけです」
「見苦しいな、じゃあ、なんで助けようとしなかった? 俺は何が起きても傍観し、他人事だと思って関与しない者は嫌いだ」
「い、いえ、それは……」
ダメだ、どれだけ考えても有効そうな弁明が見つからない。
何を言ってもそれは悪魔の証明。
俺は実際、虐められっ子を助けられていないのだから。
やはり、絶体絶命。
衝突は避けられないか?
しかし、そんな状況は割って入るように誰かが言った言葉で大きく変わる。
「それは違いますわ、レイベルさん」
それは幼さが残っているものの力強い声だった。
その場にいるほとんどは声に聞き覚えを感じ、声のした方向を向く。
エメラルドのような瞳にロングの透き通った金色の髪。
見間違えるはずがない、あれは……
「クシュリナ様?!」
ピエールの取り巻きの1人が思わずその名を口にする。
あれはクシュリナ・ウォルガルズ……この王国の第1王女にしてゲームのメインヒロインだ。
なんでそんな大物がこんな場所に……?
「この者は確かに陰から虐めを見ていましたわ、でも――」
「は? じゃあ、ただの傍観者じゃねえか、やっぱコイツは何発か殴っておかねぇと気が済まないわ」
「言葉を慎みなさい! けれどこの者は虐められている生徒を助けるために〈スリープミスト〉を使って穏便に事を終わらせようとしていましたわ。レイベルさん、貴方と違って穏便にですわ」
今度はクシュリナ王女の鋭い目線がレイベルに突き刺さる。
それに対してレイベルは『この人誰?』みたいな顔をしている。
おいおい、本当にこの王国の貴族なのか?
「……はあ、名乗り忘れましたわ、私はクシュリナ・ウォルガルズ――この王国の第1王女ですわ」
クシュリナ王女が誰にも聞こえないくらい小さなため息を吐くと呆れたように自己紹介した。
そりゃそうだ、自国の貴族の子息が王女の名前や姿を知らないなんて普通なら有り得ない。
やはり、レイベルは転生者なのだろう。
「第1王女……? そうなのか、偉いやつなのか?」
多分、君は一旦黙った方がいいと思うよ?
もうここはレイベルの独壇場じゃない、クシュリナ王女のフィールドだ……ピエールとレイベルを裁くための。
「レイベルさん、あなたは王女である私に少し失礼な態度を取りすぎなのでは無いでしょうか? まあ、この学園は貴族位の差別を禁止しているので今日は大目にみましょう。ですがピエールさんに対する暴行は許されたものではありません」
「……チッ」
レイベルの小さな舌打ちがたまたま聞こえる。
そりゃそうだ、ここは学園である前に王国領だ。
いくら貴族の息子であろうと上位の貴族の次男を殴ったら重い罰が待っている。
「そうだそうだ! こいつは俺の事を一方的に――」
「ピエールさん、あなたの平民の生徒に対する暴行は見ていましたよ? それも許されたことではありません。今度、公爵家にこの事を記した手紙を送らせて貰います」
「そ、そんな!?」
ピエールは父親から可愛がられていただけにこのことが父親にバレるのが嫌なのだろうな。
俺は無事に事態が収束することに安心感を抱いていた。
一つの大切な違和感に気づかず。
「レイベルさん、今回、あなたの罰が最も重いことは理解しているでしょうか?」
「は、はぁ? そんなの間違ってる……間違ってますよ! 虐めを行っていたのはこのピエールって奴です、俺はそれを懲らしめただけです」
「懲らしめるにも限度があります、あなたが疑っていたこの者のように穏便に済まそうとは思わなかったのですか?」
「だ、だが……そうだ、あいつらは俺の事を脳筋だって言ってきやがったんだ。これは侮辱、宣戦布告だ!」
おい、見苦しいぞ?
このわがままさ……前世は小学生か?
「過大解釈ですね、確かに侮辱するのはよくありませんが手を出すのはもっとよろしくありません。この事は辺境伯にも責任を取ってもらいましょう」
「くッ……わかり、ました」
その後、ピエールとレイベルは苦虫を噛み潰したような表情をすると拳を静かに握りしめて去っていった。
本当にクシュリナ王女が来てくれて助かった。
このままじゃ、レイベルからの心象は最悪、その上、殴られるところだった。
「クシュリナ様、この度は本当にありがとうございました。では私は部屋に戻りますので」
俺はクシュリナ王女に深く頭を下げ、寮に向かって歩き出す。
この時、俺は修羅場から開放された安心感からつい肩の力が抜けていた。
――王女の次の言葉を聞くまで
「何を言ってるんですか? あなたの処罰をまだ決めていませんよ?」
「は?」
俺は予想外の言葉に足を止める。
待て、俺の冤罪は晴れたはずじゃ……。
「詳しくは私の部屋で話しましょう――〈
「え……?」
クシュリナ王女の足元から漆黒の鞭が現れ、目にも止まらぬ速さで俺の体に巻き付く。
「ら、ライリィ! 〈
鞭はまるで意識があるかのように動き、俺の口を塞いだ。
知っているぞ、この魔法……ゲーム終盤でようやく習得できる星6つレベルの強力な拘束魔法だ。
魔法の最高レベルは星7つ。
王女が、ゲーム開始時点で星6つレベルの魔法を使えるのは明らかにおかしい。
つまり――
「では、おやすみなさい――〈マインドクラッシュ〉」
「ぁ……」
そもそも、もっと疑うべきだった。
なぜ、このタイミングでクシュリナ王女が現れ、俺の弁明したのか。
それはあまりにも都合がよく、出来過ぎた話なのに……あまりにも俺は油断しきっていた。
そんな後悔をしながら俺はクシュリナ王女の放った魔法をモロに食らって気を失った。
――――――――
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