第8話 完全無欠


「ここは……?」


 煌びやかなシャンデリアにシミひとつない天井……。


「知らない天井だ……なんて言ってる場合じゃないよな」


 俺はとりあえず自分が寝ているベッドから起き上がろうと力を込めるが。


 ――ガチャガチャ


 うん、四肢を完全に拘束されていた。

 俺は意識を失う前の出来事を思い出す。


 そうだ、クシュリナ王女に突然、魔法で拘束された末に気絶させられたのだ。


 王女の使った〈影鞭ダークウィップ〉は汎用性の高い闇属性の拘束魔法だ。

 あれによって、捕らえられた相手は魔力を少しずつ吸い取られる。

 その上、鞭はまるで使用者の手足のように動き、鞭から直接、別の魔法を放つことも出来た。


影鞭ダークウィップ〉からの雷魔法のコンボはプレイヤーの間でシンプルな上に超強力だと有名であった。

 ただ、それを行うためにはクシュリナ王女のレベルを相当上げた上に魔法の熟練度上げをしっかり行わなければならない。


 つまり、ゲーム最序盤でそれが使えるのは異常すぎるのだ。


 そこから考えられるにクシュリナ王女は――


「あら? もう起きたの? 流石、宮廷魔法使いの息子ね」


「……よくご存知で」


 確かに母さんも俺と同じ精霊魔法使いだ。

 そして、若い頃に手柄を立て、宮廷魔法使いとして起用された。


 まあ、仕事が忙しいのか1ヶ月に1回くらいしか会ってないが。

 それにしてもクシュリナ王女は俺についてそこそこ調べているようだ。


「どうかしら今の気分は?」


「最悪に決まってるだろ……なあ、お前は誰だ?」


「随分と王女に対して舐めた言い方をするのね」


「そりゃあ、何もしてないのに捕まってるからな」


 俺は肩をくすめながらそう答える。

 多分、この状況だとクシュリナは殺そうと思えば簡単に俺を殺せるはずだ。

 俺は目を瞑って辺りの気配を探る。


 うん、全くと言っていいほど精霊の気配を感じない。

 この状況下じゃ俺はまともな魔法を使えないのだ。


「まあいいわ、貴方の質問に答えるわ。私はクシュリナ・ウォルガルズ……この王国の第1王女よ」


 少し前にも聞いた自己紹介だ。


「違う、そういうことを聞きたいんじゃないぞ転生者」


「ッ……」


 俺の口にした言葉でクシュリナの顔が一瞬、歪んだ。

 なんだ、意外とわかりやすい反応をするじゃないか。

 クシュリナは少し考えるような素振りをした後、諦めたように口を開いた。


「まさか、こんなすぐにバレるとは思ってなかったわ……そうね、私は日本で暮らしていた高校生よ」


 高校生か……予想以上に若いな。

 その年齢でこの殺伐とした世界の王女に転生してしまうなんて……。

 俺は少しだけ同情してしまう。


「あら? 同情しているのかしら。別に私は王女になってもそんなに苦労してないわよ?」


「そうなのか?」


 だが、俺は王女の悪い噂なんて1つも聞いた事ないぞ?

 ゲームのクシュリナは完全無欠と周りから謳われる人物であった。

 つまり、コイツはゲームのクシュリナと同じような完璧を演じ続けているということ……?


「別に王女みたいな常に多くの人から期待される環境には前世で慣れていたもの。まだこっちの方がお金も沢山使えるし、好きなこともできるからマシよ?」


「嘘だろ……?」


 俺だったら完璧を演じ続けるなんてすれば心が病んでしまうだろう。

 コイツは前世どれだけ苦労していたのか……。


「あー、同情とかは要らないからね? 私はこれで満足しているもの……で、私のことについてはだいぶ話したわよ? あなたは何も語らないのかしら?」


 クシュリナが鋭い視線を俺に向ける。

 そうだな……俺も少し話すか。


「俺は……20歳の頃に除雪車に轢かれてこの世界に転生した。別に俺は貴族でもないがたまたま、精霊魔法の素質があったからそれを極めて、更なる成長のためにグリーディア学園へ入学した」


「本当にそれだけ? 最初の言葉以外は建前にしか聞こえないのだけれど」


 うっ……、流石にバレバレの嘘だったか?


「言っておくけれどあなたを殺すも生かすも私次第なのよ? これ以上嘘を言うようなら実力行使も考えるわ」


 そう言ってクシュリナは後ろに隠していた手から赤い宝玉を取り出した。


 待て、あれは……見覚えがある。


「真偽の宝玉……」


 あれは対象の言葉の真偽を判断し、色によってそれを示すウォルガルズ王国が持つ国宝だ。

 それが真っ赤に染まっている……ということは嘘を検知したということ。


 クソ……ただの一般人を尋問するのに国宝使うなんてやりすぎだ。


「嘘をついても無駄よ、正直に答えなさい。あなたはなぜグリーディア学園に入学したのかしら?」


「……」


 耳を閉ざし、何も答えない――それがこの道具に対する正解だ。

 すると、クシュリナはため息をつき、手を軽く振った。


「そう、それがあなたの答えね……〈電撃ライトニング〉」

 w

「あがっ……」


 手足を縛る拘束具から脳を揺らすような電撃が全身を走る。

 それでも俺は何も答えない。


「あなたは馬鹿なのかしら? 私は簡単にあなたを殺せるのよ? ああ、元日本人だから人を殺せないと思っているのね。残念ながら私は転生してから何回か人間を殺したことがあるわ」


「……」


「本当に意思が固いわね…… 〈電撃ライトニング〉」


 さっきよりも強い電撃が俺の全身を揺さぶる。

 だが、決して何も話さない。


「〈電撃ライトニング〉」


「……」


「〈電撃ライトニング〉」


「……」


「〈電撃ライトニング〉」


「……」


 流石にクシュリナも本気なのか流石にキツくなってきた。

 そんな時だった、クシュリナが諦めたようにため息を吐く。


「ほんっとに強情ね、別にただの情報提供じゃない。そんなに言いたくないの? 学園に入学した理由なんかを?」


「……」


 俺はそれでも黙秘を続ける。

 ただ一瞬のために。


「はあ〜、これじゃあ、学園が始まる時間が来ちゃうわね。仕方がないから一旦――」


 そうクシュリナが言った瞬間、黒い軌跡がクシュリナの首を通った。

 今だ。


「〈身代わり〉」


 刹那、代わりに俺の首が吹き飛んだ。


 死の最後に見えたのは大きな黒い鎌を持った死神だった。


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