サブヒロインに恋愛相談されたので『夜這いでもしたら?』と言ってみた。起きたらその子が目の前にいた。

わいん。

第1話 夜這いでもしたら?




「そうか……」


 深夜、俺は視界に映る無数の文字列に目を走らせながら納得する。

 歴史も設定も全部が全部、あの一致している。


「やっぱり、この世界はの世界なんだな」


 1年前、俺は死んだ。

 20歳の時に大雪が降った日、人を庇って除雪車に轢かれたのだ。


 そしたらあら不思議、いつの間に俺の意識は異世界の見知らぬ誰かに乗り移っていた。

 そしてどうやらこの世界は俺が前世、高校生の時にやっていたゲーム……『テーラルファンタジー』略してラルファンの世界らしい。

 テーラルファンタジー……それはグリーディア学園に在籍する登場人物たちが色々なことに巻き込まれながらも最終的に邪竜を倒す……というゲームだ。

 まあ、実際は何人ものの魅力的なヒロインたちとイチャコラするのが人気のゲームなんだけどな。


 そんなゲームの中で俺が乗り移ったのはラルファンの主人公……というわけでもなく、悪役……というわけでもなかった。


 俺が転生したのはヒロイン……の兄――セブトらしい。

 シスコンを拗らせ過ぎたそいつは、ゲーム主人公がそのヒロインに関わるたびに「俺の妹に手ェ出すなァ!!!」とキレ散らかすのだ。


 なんでこんなことになったんだろう……。


 前世じゃ別に悪いことしてないんだけどな。

 強いていうならエロゲを対象年齢満たしてないのにやったことぐらいだろうか。

 ……なんか、そのせいな気がしてきた。


 ――カツカツカツ

 俺がそうやって本棚の前でため息をついていると背後で足音がした。


「――誰かいるんですか?」


「ッ?!」


 俺が後ろを振り返るとそこには一人の少女が立っていた。


 い、いつの間に……ッ?!

 扉が開く音なんてしなかったぞ?!


 なぜ、俺がこんなに取り乱しているのか……それはここが俺の家ではなく大貴族であるラミーレス侯爵家の書斎であるからだ。


「せ、精霊さん?」


 俺に近づいた彼女はそう言った。

 そうだ、今の俺は精霊の姿だったんだ……!

 俺は安堵で胸を撫で下ろす。


 俺――セブトは腐っても作中トップレベルの力を持つ魔法使いであるヒロインの兄である上に母親は宮廷魔術師であるため魔法の才に恵まれていた。

 そのため母親が得意とする精霊魔法を同じく得意としていたのだ。


 その精霊魔法を使い精霊を操り、侯爵家に侵入している……というわけだ。


「ぼ、僕は良い精霊ですよ」


「喋った……? 高位精霊様!?」


 やべっ、精霊は高位精霊でなければ言葉を発さないんだっけか。

 少女は目を点にし、驚いている。


「た、大変です……誰か呼ばないと!」


「ま、待って!」


 俺は急いで少女の前に立ちはだかり、引き止める。

 俺は正体がバレないように普段と一人称と声を変える。


「僕は恥ずかしがり屋なんだ……だから誰にも言わないで欲しいんだ」


 よし、我ながら良い言い訳だ。

 精霊は恥ずかしがり屋であることはよく知られている事実なのだ。


「そう言われても……」


「頼むよ……いや、お願いします! なんでもしますから許してくださいぃ!!!」


 貴族が所有している本……それには世の中には出ていない大量の知恵や知識が入っている。

 そのため、書斎に勝手に侵入して勝手にそれらの本を閲覧したことがバレれば速攻で極刑になるだろう。


「う〜ん、そうですか。そこまで言うなら……」


 おおっ!

 見なかったことにしてくれるのか?!


「一つ、お願いを聞いてくれたら私は何も見なかったことにしますよ」


「……わかったよ、何が望みなの?」


 どうやらただでは許してくれないようだ。

 無理難題はやめてくれよ……!


 彼女は俺に一歩近づき、苦しげに口を開いた。


「私、気になってる人がいるんです」


「え?」


 そう言った少女の目はどこまでも青く澄んでいった。

 今まで、暗くてしっかりこの子の姿が見えなかったのでわからなかったが今確信した。


 この澄んだ蒼眼、ラミーレス家を象徴するこの銀髪。

 間違うわけがない、この子はラルファンのサブヒロイン――ミランダ・ラミーレス。

 プレイヤーたちからはミラと呼ばれている。


 ラミーレス家の次女である空間魔法を大の得意とする作中屈指の実力者なのだ。

 なるほどな、合点がいったよ。

 だから先ほど扉が開く音もなく書斎に入ってこれたのか。

 ミラの得意魔法である転移による力だ。


 そんなミラの好きな人……言うまでもないゲーム主人公のことだ。


 ミラは作中で一番最初に主人公を好きになったと言われていたし、ゲーム開始直後である現時点で好意を持っていてもおかしくない。


 俺はもう一度、ミラの顔を凝視する。


 クソがっ! 現実だとゲームの中の何十倍も可愛いじゃねえか。

 こんなヒロインたちを独り占めできるゲーム主人公が羨ましくて羨ましくて堪らない。


「その人はどんな人なの?」


「とても強い上に私がピンチの時に助けてくれる上に見返りを求めないような人です……うぅ、自分で言っていておきながら恥ずかしいですね」


 あー、そんなの主人公まんまじゃないか。

 どうしよ、イライラしてきた。

 もう最悪捕まってもいいや、極刑……は嫌だけどこの精霊が俺だなんてどうせバレやしないだろう。

 よし、テキトーなことを言おう。


「夜這いでもしたら?」


「へ、ふぇぇぇ?! あまりにも段階を飛ばし過ぎじゃ……考えてなくはなかったですけど」


 考えてなくはなかったんかい!

 もう、なんでもいいや。


「男なんて君みたいな超可愛い子に好きって言ってもらえるだけでコロッと惚れちゃうもんなんだよ」


「超可愛いって……けれど起きたら突然、見知らぬ人がいたら明らかにおかしいんじゃ……」


「じゃあ、誰かにその人が盗られていいの? 君がウジウジしている間にその人は誰か別の女の子とイチャイチャしているかもよ?」


「それは……っ!」


 そういえばミラが主人公と結ばれない理由の一つにこの子が超ヘタレであることがったな。

 よし、俺は背中を押してあげてるだけだ。

 決してリア充爆発!、だなんて思ってないぞ。


「ヘタレになっちゃダメだ、君は可愛い。それに努力家だ。自信を持ってよ」


「……わかりました、やってみます。今夜」


「あ、ああ、うん。頑張ってね」


 今夜だなんて随分、思い切りがいいんだな。

 あまりにもミラのやる気を出してしまい、ちょっと戸惑ってしまった。


 さっ、恋のキューピットという大役を果たしたんだしとっとと自分の元の体に戻って寝るか。

 そう思い、俺は魔法を切断して寮のベッドで寝るのであった。


 ……

 …………

 ………………


「う゛う……」


 カーテンの隙間から光が差し込み始めた頃。


 俺は違和感を感じ薄らと目を開ける。

 なんだかいつもよりも毛布が暖かい。

 それになんだか腹の上に何かが乗っているような……。


 俺が毛布を捲ると……


「は、はああぁぁっ!?」


 自分でも驚くほど大きな声が口から漏れ、俺は慌てて口を押さえる。

 そこにいたのは――


「ミランダ……ラミーレス……ははっ」


 銀髪蒼目……ああ、見紛うわけがない、ミラだ。

 すると、ミラも気づいたのか起き上がると俺を見るなり、驚いたように飛び跳ねた。


「うぅ……ひぇっ?! セブトさん?!」


 なんでこの子が驚いてんだよ?!

 ベッドに潜り込んできたのはこの子では……?


「えっと、ラミーレス……様ですよね。ど、どうして俺なんかの部屋になんて」


 思い出した、昨日の夜、調子に乗って夜這いを勧めたのだ。

 で、でもミラが好きなのはゲーム主人公なはずで……。

 もしかして部屋を間違えたのか?


 あれ、じゃあなんでモブなんかである俺の名前を。


「え、えっと、ええっと……ぁ」


 ミラは目をぐるぐるとさせると小さな呻き声を上げて――


「え……?」


 気を失ってしまった。


「嘘……だろ?」


 どうなってるんだよぉぉぉぉ!!!

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