源為義と白拍子・玉藻の間に生まれた子供、八郎の誕生を軸に展開する歴史ファンタジーです。時代考証や歴史的事実に基づきつつも、玉藻という謎めいた存在と彼女が産んだ異様な子供を中心に、独自の物語世界を構築しています。
登場人物の造形が特徴的です。主人公の源為義は、乱暴者として知られる一方で、家の繁栄を願う父親としての顔も持つ、時代の荒波に揉まれた武将といえます。対する玉藻は、美貌と才能を兼ね備えながら、人間離れした神秘性を漂わせる女性として描かれています。二人の出会いと交流、玉藻の懐妊・出産が丁寧に描写されることで、登場人物への親近感と物語への没入感が高まります。
背景描写には、時代考証の跡が見られます。平安末期から鎌倉初期にかけての、武士の台頭と朝廷の衰退という時代の流れが、白拍子という存在を通して象徴的に表現されています。人々の価値観の変化や当時の慣習などについても、物語の随所で言及されており、当時の時代背景を感じさせます。
赤子・八郎の異様さが、物語全体に緊張感を与えています。整いすぎた容姿と、母親と決別するかのような玉藻の不穏な言葉。八郎の正体と、彼の存在が今後の物語にどう影響するのかは謎のままであり、先の展開への期待が高まります。
この物語は、時代物としての風合いを持ちながら、ファンタジー的な要素も絶妙に織り交ぜた作品だといえます。登場人物たちがたどる運命と、その先に待つ結末、そして物語の鍵を握る八郎の存在に注目が集まります。
最初にいっておくと『異聞・鎮西八郎為朝伝』はカクヨムトップクラスの傑作である。
豊かな古典の教養を感じるリズミカルな文体(この文体にまずショックを受けた、web小説でこれほど雅な表現に出会えるとは!)、八郎や母玉藻の強烈なキャラ造形、平安末期というなじみの薄い時代なのに読者を迷わせない確固たるビジュアルイメージ……など完成度や面白さでこの小説の右に出る作品はほとんどないと思う。
リズミカルな文体というとラップを連想しがちだが、むしろそれより落語の口跡とか、あるいは平家物語といった古典の影響が大きい気がする。
日本語は元々リズミカルなのだという事実を、この小説を読むまで忘れていた。
豊かな古典の教養を感じる作風だが、ラスボスが母親なのは現代的だ。
漫画『血の轍』や『チェンソーマン』(これは疑似母性だが)など母親がラスボスとして君臨する物語は現代に多い。
若く優れた作家ほどそういう物語を書く傾向がある。
Evelynさんもそうなのだろう。
自分は鎮西八郎が登場する小説は吉川英治の『新平家物語』しか読んでいない。
まだ十代の八郎が保元の乱で大活躍するさまに、同じ十代の読者としてワクワクした記憶がある。
この異聞~では吉川英治が触れなかった八郎の前史が語られる。
最高である。
自分は熊本の人間だが通っていた高校の近くに鴈回山があった。
そこは肥後に流された鎮西八郎が弓修行にこもった山で、八郎の強弓をよけるため鴈が迂回するようになり鴈回山と呼ばれるようになった……と現国の先生が語っていたのを懐かしく思い出す。
こういうとあれだが異世界ファンタジーが主流のカクヨムで、これほど面白い時代伝奇小説に出会えるとは思わなかった。
が考えてみれば平安末期ももはや我々にとって異世界だ。
その異世界で活躍するヒーローとして鎮西八郎ぐらいふさわしい人物はいないだろう。
今後も一人の読者として、八郎の成長と活躍を追っていきたいと思う。