カクヨムトップクラスの傑作

最初にいっておくと『異聞・鎮西八郎為朝伝』はカクヨムトップクラスの傑作である。
豊かな古典の教養を感じるリズミカルな文体(この文体にまずショックを受けた、web小説でこれほど雅な表現に出会えるとは!)、八郎や母玉藻の強烈なキャラ造形、平安末期というなじみの薄い時代なのに読者を迷わせない確固たるビジュアルイメージ……など完成度や面白さでこの小説の右に出る作品はほとんどないと思う。

リズミカルな文体というとラップを連想しがちだが、むしろそれより落語の口跡とか、あるいは平家物語といった古典の影響が大きい気がする。
日本語は元々リズミカルなのだという事実を、この小説を読むまで忘れていた。

豊かな古典の教養を感じる作風だが、ラスボスが母親なのは現代的だ。
漫画『血の轍』や『チェンソーマン』(これは疑似母性だが)など母親がラスボスとして君臨する物語は現代に多い。
若く優れた作家ほどそういう物語を書く傾向がある。
Evelynさんもそうなのだろう。

自分は鎮西八郎が登場する小説は吉川英治の『新平家物語』しか読んでいない。
まだ十代の八郎が保元の乱で大活躍するさまに、同じ十代の読者としてワクワクした記憶がある。
この異聞~では吉川英治が触れなかった八郎の前史が語られる。
最高である。

自分は熊本の人間だが通っていた高校の近くに鴈回山があった。
そこは肥後に流された鎮西八郎が弓修行にこもった山で、八郎の強弓をよけるため鴈が迂回するようになり鴈回山と呼ばれるようになった……と現国の先生が語っていたのを懐かしく思い出す。

こういうとあれだが異世界ファンタジーが主流のカクヨムで、これほど面白い時代伝奇小説に出会えるとは思わなかった。
が考えてみれば平安末期ももはや我々にとって異世界だ。
その異世界で活躍するヒーローとして鎮西八郎ぐらいふさわしい人物はいないだろう。
今後も一人の読者として、八郎の成長と活躍を追っていきたいと思う。

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