第14話 照れさせ合い
ある日の授業後。
僕はルナさんと一緒に実行委員の仕事をしていた。
今日も今日とて書類整理。とはいっても、もう殆ど残っていない。
文化祭まで残り僅か。これが終われば、次に待っているのは設営準備。
ただ、そっちをやる必要はなく、今日は書類整理が終われば帰ることが出来る。
ルナさんは書類を眺めながら口を開いた。
「ねぇ、オタク。オタクってさ、何でアニメとか漫画が好きになったの?」
「え?」
書類を整理する手を進めながらそんな事を聞いてくるルナさん。
そういえば、言った事なかったっけ。
「えっと、僕がそういうのを好きになったのは、と、友達が居なかったからかな……」
「え? 急に重いのぶっこむじゃん。そうなの?」
「うん……小学生の頃かな。僕、今以上の引っ込み思案で」
今でも思い出せる。それを思い出しながら言う。
「周りの人達が皆、敵に見えてね。全然人と仲良く出来なかったんだ。話しかけるのも怖かったし、話しかけられたとしても、答えられなくて。でも、一人ぼっちは寂しくて、アニメとか漫画、そういうのが僕の友達だったんだ」
学校に行くのが本当に嫌だった。
周りの子たちは仲良くしているのに、その輪に入る事が出来なくて、それに入ろうとしても、どう入ったらいいのか全然分からなくて。
かといって、自分から話しかける勇気が出るわけもなく、ただただ、僕は教室でぼーっと過ごしていた。
それを6年間やっていく中で、僕は沢山の作品と出会い、彼らの世界に深く入り込んでいった。
「アニメや漫画、二次元の世界は夢と希望に溢れてたから……現実の僕とはまた違う僕になれるような気がして……僕はそんな世界が大好きになったんだ」
「へぇ……本当に大事にしてる世界なんだ」
「うん……ルナさんは? どんな小学生時代だったの?」
僕の問いにルナさんは、あーと呟いてから恥ずかしそうに笑う。
「あたしはね、前はこんな感じじゃなかったよ?」
「え!? そ、そうなの!?」
僕はビックリ仰天、目を丸くする。
僕の勝手な想像だけど、ルナさんは昔からルナさんのままで、このギャルっていうか、皆を引っ張っていくみたいなそんなイメージだった。
でも、どうやら現実っていうのは違うらしい。
「ビックリするでしょ? 小学生の頃はあたしもオタクと似たようなもんだよ。こう地味でね、眼鏡掛けて、それこそ文系女子!! みたいな?」
「……そ、想像出来ない」
「アハハハ、まぁ、頑張ってキャラ変したかんね。中学の頃に」
アハハハ、と楽しげに笑うルナさん。
「中学上がる前にこんなんじゃダメだーって思ってね、真っ黒だった髪を染めてみたの。そしたら、全然違う自分になってね、勇気が出たの。それから、あたしはこういうのをいっぱい勉強して、気付けば、こ~んなキャラになりました」
「……凄いね。じゃあ、ギャルってルナさんの努力の結晶なんだ」
僕の二次元好きというオタクと同じ、ルナさんにとってギャルっていうのは自分を変える事が出来た努力の結果なんだろう。
そう思うと、ルナさんのギャルっぷりを見る目が変わる。
今まではナチュラルなモノだったけれど、今はそのギャルの姿が何処か、ルナさんの誇りのように見えてくる。
「だから、案外人ってのは努力すれば変われたりするもんだよ。オタクもどう? イメチェンしてみる? まず、前髪切ってみるとか。やったげよっか?」
「え? い、良いよ。僕は今のままで良い」
「えぇ? そう? オタク、顔出すとかっこいいと思うけど」
か、かっこいい!?
初めてそんな事を女の子から言われて、僕の心が一気に動揺する。
「え、そ、そんな事ない……か、かっこよくなんて……」
「あはは、照れてる照れてる。いっつも照れさせる仕返しだよ」
「て、照れさせてるつもりなんてないよ!!」
僕は腕を振って反論すると、ルナさんはじとーっとした湿った眼差しを僕に向けてくる。
「え? 無意識なの? だとしたら、オタク、罪すぎなんだけど……ぎるてぃだよ、ぎるてぃ」
「えぇ!? そ、そうなの!? お、思った事、言っただけなのに……」
僕はただ思った事を言っているだけ。
それが罪だったら、一体、僕はどうルナさんに声を掛ければいいのか……。
嘘は吐きたくないし、本心をちゃんとルナさんに伝えたいし、ルナさんには誠実でいたいし……。
僕の慌てた心が表情に出ていたのか、ルナさんは楽しげに笑う。
「アハハハハ、オタク、動揺しすぎ!! あー、ホント、オタクって分かりやすい」
「えぇ!? か、からかって遊んでるでしょ? 今」
「うん♡」
「ひどい!!」
か、からかって遊ぶなんて酷い。
こうなったら、僕も何か意趣返しを……と、僕は考えるけれど。
頭の中に浮かんでこない。えっと、今までどうやってルナさんを照れさせたっけ?
ルナさんが照れたときを思い出す。
確か、手を繋いだり……耳元で囁いたり……映画のラブシーンを見せたり?
ろ、ろくな場面じゃない……。
く、口説くとか、かな?
「る、ルナさんだって可愛いよ?」
「あ、そうくる? それは想定内。だから、全然動揺しないよ? 残念だったね、オタク。からかいたかった?」
「くっ……」
「こういうのは意識するとダメだね。あたしも心の準備が出来ちゃってるから」
ニタニタ、と余裕ぶった笑みを浮かべるルナさん。
何か、ちょっとバカにしてる? でも、多分からかって遊んでるだけ。
な、何とかやり返したい……。いっつもルナさんが負けてるのに……。
僕は書類の整理をしていた手を止め、鞄の中を見る。
な、何か無いかな? 何かルナさんを照れさせられるような……。
あ。
僕は鞄の中にあったものを手に取る。
これは確かに使えるかもしれない。でも、これはちょっと反則、かな?
いや、でも、挑発したのはルナさんだもんね。
ぼ、僕だってからかわれてばかりじゃない。
「る、ルナさん」
「何、オタク。今のあたしは無敵だよ? どんな状況だって想定して、動揺しない鋼の意思を手にしたからね。何でもかかってきなよ」
「こ、これ、読む?」
そう言いながら、僕がルナさんに手渡したもの。
それはただの美少女系ライトノベル。ルナさんはそれを手に取り、首を傾げる。
「これは、オタクが言ってた新作? ただ可愛い女の子が映ってるだけじゃん」
「ルナさん、中、一番最初のカラーページ、見てみて」
「カラーページ? 何、オタク、えっちなやつでも見せようとしてる? そんなの私に……」
自信満々といった様子でルナさんはペラリと一番最初のページを見た。
その瞬間、ゆっくりとルナさんの顔が紅く染まっていき、目をぱちくりをさせ、本を静かに閉じる。
「………………」
「照れてる?」
「ば、バカ!! うざい、マジで!! これはズルじゃん!! ていうか、な、ななな、何で、お、オタクが読んでる本ってえっちな本なの!? あ、ありえないんだけど、マジで!!」
一体、何をルナさんが見たのか。それはヤってるシーンの挿絵である。
僕の渡したライトノベルはライトノベルだけど、作中でヤってるシーンが挟み込まれている。
つまり、R17.9ともいうべきライトノベルなのだ。
僕はルナさんにえっちなやつを持っているという話は既にしてある。
既にしてあるからこそ、使える手法だ。ちょっとズルいけど。
「ルナさん、照れてる」
「は、はぁ!? オタク、せっこ!! 自分じゃ照れさせられないからって、エロに頼るなんて、サイテー!! あ~あ、そうだよね、所詮、オタクの趣味は二次元の女の子だもんね!!」
「ま、まぁね……僕は二次元の女の子が好きだから……」
「うわ、悪びれる様子もなく言ったよ……こんなギャルが目の前に居るのにさ」
「る、ルナさんは別格だよ?」
「……へ?」
二次元の女の子とルナさん。
それを比べるっていうのはとてもおこがましいけれど。
いきなりな事を言われて、目を丸くするルナさんに僕は笑顔を向ける。
「ぼ、僕は二次元の女の子とルナさんだったら、ルナさんの方が好き……かな……」
「っ!? だ、だから、もぅ、ほ、ホントに!?」
「る、ルナさん!?」
いきなりルナさんが顔をゆでタコのように真っ赤にし、地団駄を踏む。
「な、何で、お、オタクはすぐにそういう事っ……ホント、良くない!!」
「えぇ? だ、ダメかな……ルナさん、すっごく魅力的で可愛くて、は、話してても楽しいし……」
「ば、バッカ、ホント……ずるい……」
か細くなる声で袖で口元を隠しながら恥ずかしがるルナさん。
「オタクは、いっつもそう……あたしが喜ぶ事ばっかり言う……」
「え? そ、そうかな? でも、ほ、本心で……」
「本心だって分かるから……こ、こんな気持ちになるんじゃん……バカ……」
「…………」
バクン、と僕の心臓がとてつもなく高鳴った。
夕日の影響か、それともルナさん自身が熱くなっているのか、顔を紅くし、目を潤わせて恨めしそうに睨むルナさんの姿を見たら、僕の胸がぎゅっと締め付けられるように苦しくなる。
本当に可愛くて、可愛くて……どうにか、なってしまいそうになる。
それを理解すると、僕も何故だか分からないけれど、一気に顔が熱くなる。
あ、あれ? ど、どうしたんだろ……。
何かすごく、息苦しくて……ルナさんを、直視出来ない。
「あ、ご、ご、ごめん……なさい……」
「お、オタクだって……照れてんじゃん……」
「え? あ……う、うん……」
「じゃ、じゃあさ、この際に一つ、聞いても良い?」
こちらの伺うように、まるで子犬のような縋る眼差しを向けてくるルナさんに僕は一つ息を飲む。
なんだろ、凄くルナさんが魅力的に見えて、何だか輝いて見える。
それは外から降り注ぐ夕日の灯りのせいなのか、それともルナさん自身が僕の目線によるフィルターでそう見えるのか、分からないけれど。
僕はルナさんを直視出来ない。
「……お、オタクは、あ、あたしの事……た、タイプって思う?」
「え? あ……え、えっと……た、タイプっていうのは、そ、そういう……」
「こっ、答えて……」
ルナさんは質問を許さずに、ほんの少しだけ前のめりになる。
そのせいか、僕の視界は少しだけ下がって、ルナさんの開かれた胸元に行く。
深めの谷間が見えていて、いつも見えてるはずなのに、今はすっごくえっちに見える……。
「あ、えっと……ぼ、僕はる、ルナさんみたいな人は、た、タイプです……」
「そ、そっか……そうなんだ……ふぅん……」
「…………」
ルナさんは顔の紅さはそのままにそっぽを向く。
ただ、その顔は何処か嬉しそうで。僕ははやる鼓動を感じながらも、口を開く。
「……ルナさんは魅力的だと思う。僕には勿体無いくらい」
「も、勿体無いって、お、おおげさだよ……」
「そうかな?」
「お、オタクだって魅力的なんだから」
「う、うん……ルナさんに言われると嬉しいな……」
他の人に言われるよりも、ルナさんに魅力的と言われるのが物凄く嬉しい。
もう、心がぴょんぴょんし始めてしまうくらいには。
僕がその喜びを噛み締めていると、ルナさんが口を開いた。
「ねぇ、オタク、この後、暇?」
「う、うん。時間あるよ」
「じゃ、じゃあさ、前みたいに手、繋いで、で、デートしない?」
「あ……う、うん。デートしたい」
「うん、じゃあ、早く終わらせて、いこっ?」
「うん」
その後、僕とルナさんは実行委員の仕事を終えて、デートをした。
今回のデートは何だかいつもよりもドキドキして、ルナさんがいつもよりも魅力的に見えた――。
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