第17話 夕日の差し込む教室
「…………」
「返事が無い、ただの屍のようだ」
机の上に突っ伏し、指の一本も動かないルナさんを見て僕は言った。
今日は文化祭に向けた実行委員最後の日。
今日は文化祭に向けて設営の手伝いを任され、僕とルナさんは馬車車のように働いた。
特にルナさんはどこか気合の入った様子で作業に当たっていたから、教室に戻ってきた途端、机に突っ伏して動かなくなってしまった。
対する僕はあまり重いものを任される事はなく……。
というよりも、僕に任されそうなものを全部ルナさんがやってくれたのだ。
「…………」
「る、ルナさん、大丈夫?」
その影響か、ルナさんは動かない。
今日はいっぱい頑張ったもんね、うん。
僕はルナさんの頭の上に手を置き、優しく撫でる。
「が、頑張りました。ルナさん」
「……え!? い、今、オタクが触った!?」
「え? あ、うん……だ、ダメだったかな……」
僕が頭を撫でていると、さっきまで全く動かなかったルナさんが頭を抑え、僕を見る。
せっかく頑張ったからほめてたんだけど、ダメだったのかな。
僕がそんな不安に駆られたとき、ルナさんは首を横に振る。
「う、ううん!! 全然!! むしろ、もっと撫でて!! ほらほら!!」
「え、あ、うん」
なでなで。なでなで。
僕は何度もルナさんの頭を撫でる。
出来るだけ髪を傷めないように優しく優しく、僕がルナさんの頭を撫でる。
すると、ルナさんは嬉しそうに頬をほころばせる。
「えへへ……オタクにこうされるだけでも、あたしめちゃ頑張って良かった」
「そ、そう? 何だかごめんね。僕のやらなくちゃいけない事まで一緒にやってくれて」
「何言ってんの? オタクにあんな重いもの持てる訳ないじゃん」
「…………」
やめて欲しい、本当に。
僕だって男だ。女の子に腕力が負けているとなると、流石に男としてどうかと思ってしまう。
「そ、そんな事無い。僕だってやろうと思えば出来たはず。ルナさんが過保護だっただけ」
「いんや、オタクにはムリだね。普段、本とかゲームばっかりやってて、体力無いじゃん。体育の時だって全然動けてないし」
肩を竦めて言うルナさんに僕はちょっとだけムっとなる。
流石に僕にもかろうじて男としてのプライドくらいはある。
僕はルナさんの前の席に座り、机の上に肘を付ける。
「ルナさん、勝負しよう。腕相撲で」
「お? 面白そうじゃん。じゃあ、せっかくだしさ。勝った人は負けた方に一つ命令できるってルールでやらない?」
「え……そ、そんなの付けるの? それはちょっと……」
それだとルナさんが何かとんでもない事をしそうで怖い気がする。
ルナさんはそんな僕の考えを見透かしたのか、ニヤニヤする。
「えぇ~、オタク。勝てばいいんだよ? そうだねぇ、勝ったらぁ、オタクだってあたしのおっぱいとか触っていいかもよぉ~?」
「……出来ないくせに」
情緒小学生のルナさんにそんな事出来る訳無い。
どうせ、恥ずかしがって、バカーとか言ってくるだけだ。
ルナさんは僕の言葉にカチン、と来たのか、机の上に肘を置き、口を開いた。
「ふん、まぁ、あたしが勝つからどうでもいいけど。じゃあ、オタクが勝ったら、あたしのおっぱい、揉んでもなめても好きにすればいいじゃん!! その代わり、あたしが勝ったら覚悟してね!!」
「えぇ!? る、ルナさん!?」
「出来ないって思われるのがメチャムカツク!! ほら、オタク。早く腕相撲!!」
「え、えぇ……」
僕が勝ったらルナさんのおっぱいを自由に出来るって……。
僕が負けたら滅茶苦茶怖いんだけど……。
でも、焚きつけたのは僕だ。僕はおそるおそるルナさんと手を繋ぎ、腕相撲の体勢を取る。
ルナさんは僕の顔を真っ直ぐ見つめ、口を開いた。
「オタク、手加減なしだかんね!!」
「わ、分かった。でも、どうやってスタートさせるの?」
「ん~。あ、スマホでタイマーが鳴ったらにしよう。えっと、3秒で設定するわ」
そう言ってから、ルナさんは左手でスマホを操作し、タイマーをセットする。
その画面を僕に見せてから口を開いた。
「じゃあ、これね。スタート押すよ」
「うん」
僕の返事と同時にルナさんがスタートボタンを押した。
それと同時に動き出すタイマー。
3、2、1。ピピピピピッ!!
けたたましい音と同時に僕とルナさんは同時に力を込める。
その瞬間、ぐぐぐっと僕の手がルナさんの手に押されていく。
「アハハハ、オタク、ほら、よっわ!!」
「――っ!! ふぬぬ……」
僕は必死に力を込める。
けれど、ルナさんの腕力を押し返す事なんて出来ずにすぐさま力尽き、僕の右手は机に付く。
それと同時にルナさんは声高に笑う。
「アハハハ、オタクの負けー!! 弱すぎでしょ!!」
「くぅ……も、もう少しだったのに……」
「もう少しでも何でもなかったじゃん。ね? オタクにパワーは無いでしょ?」
「認めるしかないね……」
完敗だ。
まさか、女の子に腕相撲で負けるなんて。
僕も少しは運動しないといけないな。
そんな事を考えていると、ルナさんはニコっと何だかいやな予感を覚えてしまう笑顔を向ける。
「じゃあ、オタク。何してもらおっか?」
「え……あ、あんまり変なのはダメだよ? お、お金出せ~とか……」
「はぁ~、オタクはあたしがそんな事すると思ってる訳? ったく、そんな訳ないじゃん」
だよね。ルナさんがそんな事する訳ないよね。
僕は安堵の息を漏らす。
じゃあ、何が望みなんだろう。僕が首をかしげると、ルナさんはキョロキョロと辺りを見渡す。
「ん~っとね……あーっと……」
ルナさんは迷いながらキョロキョロと目線が泳ぐ。
どうしたんだろう。
「何か言いにくい事?」
「言いにくいっていうか……えーっとさ……実行委員って今日で終わり、だよね?」
「うん。もうすぐ文化祭だからね」
「だよね。だとさ、もうこういう集まりは無くなる訳じゃん? こういう夕日が差し込む学校で~みたいなシチュエーションでさ」
「あ~……そうかもしれないね」
確かにこういうシチュエーションっていうのは学園ラブコメとかで時々見る。
こう夕日が差し込む教室でちょっとノスタルジックになるっていうか、学生恋愛独特の雰囲気になるっていうか。そういうのがあるのは良く知っている。
ルナさんも最近、そういうのを知ってくれてるのかな?
僕がそんな事を考えていると、ルナさんはおもむろに立ち上がり、窓際にある席に腰掛ける。
「こういう所に座ってさ。ほら、オタクもそっちに座って」
そう言いながら、ルナさんが指差すのはルナさんの前の席。
僕も立ち上がり、そこに座る。それから身体をルナさんの方へと向ける。
すると、そこには机の上に肘を付き、夕日に照らされ、どこか幻想的なルナさんの笑顔があった。こういうの良くイラストで見た事があった。
こう青春を感じるイラスト、みたいなもので。
ルナさんは僕の顔をじっと見ながら、口を開いた。
「こうやって、話したりさ。学生の内にしか出来ない事だよね」
「そうだね」
「……ねぇ、オタク。やって欲しい事なんだけどさ……」
ルナさんはほんのり顔を紅くしたまま、ゆっくりと手を伸ばし、僕の手を掴む。
それをただ握るのではなく、指と指を絡める恋人繋ぎにして、口を開いた。
「ま、前にね、読んだ漫画で……こういう夕日の差し込む誰も居ない教室で……き、ききき、キスをしてたシーンがあったんだよね……」
「うん……ん? え? き、キス!?」
キス。
その言葉と同時に僕は前にルナさんが家に来た時の事を思い出す。
あの時は未遂に終わったけれど、僕もルナさんも間違い無くキスをしようとしていた。
その続きを今、ここで?
顔が熱くなるのを感じ、僕は目を見開く。
「え? そ、それが……や、やりたいの?」
「だ、だって、あたしたち、こ、恋人同士でしょ? 恋人同士なら、キスくらいしないとって……」
「で、でも、それは嘘で……」
「……今後の為に、さ?」
「え……」
今後の為に。
それはつまり、ルナさんに恋人が出来た時のための予行練習という事だろうか。
それでキスを簡単にしてもいいのだろうか。僕の中に疑問が浮かぶ。
しかし、その疑問を遮るようにぎゅっと強く、僕の右手が握られる。
「あ、あたしはオタクの事……すごく気に入ってるし……そ、そういう事、してもいいかなって……お、思ってるんだけど……」
「え、えっと……そ、それって、前の続きって事だよね?」
「……う、うん。お、オタクはどう? して、みたくない? キス」
「そ、それは……してみたい、けど……」
したいか、したくないか、で言えば滅茶苦茶してみたい。
ルナさんのような綺麗で可愛い人とキスが出来るなら、どれだけ幸せな事か。
でも、前とは違って今は考えられる。
ルナさんは本当に僕なんかで良いのかなって、考えてしまう。
「じゃあさ、してみようよ、キス……」
「……い、良いの?」
「あたしが良いって言ってるんだから……ほら、しよ?」
そう言いながら、ゆっくりとルナさんが僕に顔を近づけてくる。
僕もそれに合わせるようにルナさんに顔を近づける。
そうだ、ルナさんがしたいって言っているし、僕だってルナさんとキスしたい。
一度だけじゃない、何回も。
ゆっくり、ゆっくりと僕とルナさんの顔の距離は縮まって行く。
近づくにつれて、ルナさんの瞳はゆっくりと閉じて行く。
あ、も、もうすぐ……き、キス……。
僕は緊張で変な汗が出てくるのを感じたけれど、すぐにぎゅっと手を握られ、我に帰る。
まるで、キスに集中してと言わんばかりに。手をぎゅっと強く強く握られる。
もう少しで唇が触れる――。
そう思ったときだった。
ガラガラ、と教室の扉が開く音がした。
「おーい、如月、小山~。いるか~って……お前ら、どうした?」
「な、何でもないよ!? うん、ね、ね、オタク!!」
「え? あ、う、うん!!」
突然の先生の乱入。
その扉の音を聞き付けた僕らはすぐさま距離を取り、互いに違う方向を見つめている。
何で、何で、何で!!
僕は心の中で激昂する。
いつもじゃん、前はお母さんに乱入されて、今度は先生!?
「顔、赤いぞ、お前ら」
「ゆ、夕日のせいだから!! それで何!! 先生!!」
「ああ、実行委員の仕事お疲れと思って、ジュースを買ってきたんだが、いるか?」
「……いる。オタクは?」
「え? い、いる……」
ジュースごときでキスの邪魔しないでよ!!!
僕は心の中でそう叫ぶ。ルナさんも同じ気持ちなのか、凄い勢いで貧乏ゆすりをしている。
先生は僕とルナさんにジュースを渡し、口を開いた。
「あんまり遅くならないようにな。すぐに帰るんだぞ?」
「分かってる!!」
「わ、分かりました」
「じゃあな」
その言葉を最後に先生は教室から去っていた。
その背中を見つめ、ルナさんは口を開く。
「……何かあたしたちって運ないよね」
「かも……しれないね」
「……まぁ、良いや。何かそんな気分じゃなくなったし。オタク、帰ろっか」
「え、あ、うん。あ、ルナさん。この後、駅前のパフェ食べない? お、奢るよ」
「あ、マジで!! さっすがオタク!! んじゃ、行こ!!」
ぎゅっと自然にルナさんが僕の手を掴む。
しかも、指を絡める恋人繋ぎで。キスは出来なくて残念だけれど、今はこれで十分、かな。
「……したかったな」
「ルナさん?」
「何でもない!! ほら、いこ?」
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