第18話 本物の恋人
僕は一人、自室でスマホゲームをやっている。
すでにお風呂には入り、身体はポカポカ。
後は眠るだけ。ただ、寝る前に日課となったスマホゲームの周回をこなしていく。
最近はこういうのもあんまりやらなくなってしまった。
部屋にあるゲームもちょっとずつだけれど、積み上げられていく。
今までの僕だったら絶対に考えられないような事。
学校では誰とも関わる事なく、真っ直ぐ家に帰り、ゲームをやる。
そんな生活を当たり前のようにやっていあら、積みげーなんてほとんど作らなかった。
でも、今は違う。
今は学校帰りにほぼ毎日、ルナさんと一緒に過ごしている。
ルナさんと一緒に居られない日は大抵、アルバイト。
でも、アルバイトもルナさんと同じなので、結局、そこでも一緒に居る。
僕の放課後のほとんどは今、ルナさんと一緒に過ごしている。
「……あんまり、面白くないな」
僕はスマホをポチポチしながらそんな事を呟く。
前まではこういう周回も楽しめていたのに、今はあんまり楽しくない。
何だか義務感が出てきてしまっていて、惰性でやってる感じだ。
僕は一つ息を吐き、スマホを優しく放り投げる。
面白くない。
ゲームを面白くないと思うのはいつ振りだろうか。
クソゲーと呼ばれるゲームでも、僕は割りと楽しんでプレイする事が出来る。
でも、最近はどんなゲームをやっていても、楽しめない自分が居る。
「……寝よ」
楽しくないゲームをやってもしょうがない。
僕は布団の中に身体を預け、眠ろうとした時。
ブー、ブー、とスマホが震えた。
ん? 何だろう。
僕は気になり、スマホを拾う。それからすぐに画面を確認し、心臓が高鳴った。
え? ルナさん!?
あて先はルナさんで、電話が掛かってきている。僕はすぐに出た。
「もしもし!?」
『あ、もしもし、オタク? もう寝てるかと思ったけど、まだ起きてるんだね、悪い子じゃん」
「それはルナさんも同じでしょ?」
現在時刻は0時。
学生であってもそろそろ眠らないと明日に支障が出る時間だ。
こんな夜中にルナさんから電話が掛かってくるなんてとても珍しい。
僕は疑問をそのままルナさんにぶつける。
「ルナさん、どうしたの? 珍しいね」
『うん、何かね、オタクの声、聞きたくなっちゃった』
「ぼ、僕の声? ホラーとかでも見たの?」
それは良くある寂しくなったから、という奴だろうか。
ルナさんが寂しくなる要因といえば、僕の頭の中に一番に思い浮かぶのはホラー映画。
しかし、電話の先から聞こえてくるのは笑い声だった。
『アハハ、そんなんじゃないよ。ホント、オタクの声が聞きたくなっただけ。ねぇ、時間があるならさ、少しお話ししない?』
「う、うん。僕もルナさんと話したい」
嬉しかった。
ルナさんがこんな夜中に僕に電話を掛けてきてくれた事が。
今までそんな事、無かったから。
ゲームをする事よりも何倍も嬉しくて、楽しくて、心が踊る。
『そっかそっか。オタクも寂しがり屋だね~』
「そ、そんなんじゃ……」
『はいはい。ねぇ、オタク。今、オタクは何してたの?』
「えっと、スマホゲームの周回、かな? でも、何だかつまらなくてやめちゃった」
さっきまでやっていた事を伝えると、ルナさんの怪訝そうな声が聞こえてきた。
『え? オタクがゲームを途中でやめるなんて珍しいね。どうしたの?』
「何か最近、ゲームをやってもあんまり面白くなくて……。ルナさんと一緒に居た方が面白いって思ってるから、かな?」
『アハハ、そっか。オタクもとうとう、外の世界に目を向け始めたんだね』
外の世界に目を向け始める。
ルナさんの言葉に僕は心の中で頷いてしまう。
確かに、最近はルナさんと一緒に居る影響か、ゲームやアニメなどの二次元ばかりではなく、三次元、現実にも良く目を向けるようになった気がする。
ルナさん限定ではあるけれど。
「そう、かもしれないね……」
『オタクも本当に変わったんだね。あたしは嬉しいよ』
「そ、そう?」
『うん。だって、それだけオタクが成長したって事だもん。最初の頃なんてオドオドしてて、居るのか居ないのかすら分からないような奴だったし』
ルナさんのあっけらかんとした言葉に僕の心がえぐられる。
確かに、ルナさんと出会う前にそうだった。
路傍の石。その言葉が良く似合う存在だった。でも、そんな僕をどんな形であれ、ルナさんが見つけてくれた。
「でも、ルナさんと出会って、嘘の恋人になって……いっぱい、いろんな事教えてくれたから……」
『それはあたしだってそうだよ。オタクの趣味の事とか、料理とか、あたしだって色んな事をオタクから教えてもらった。だから、これはお互い様だね』
「う、うん……ねぇ、ルナさん……」
そうお互い様。
お互い様なんだ。僕もルナさんも互いに足りない部分を補い合っている。
だからこそ、僕はずっとずっとこの関係が続いて欲しいって思っている。
いつまでも、いつまでも、ルナさんの隣に居たいって思うようになっている。
僕は勇気を振り絞るようにぎゅっとスマホを握り締める。
「こ、この関係って……いつまで続くのかな……」
『あ~……そういや、具体的な期限って決めてないんだっけ?』
「う、うん。決めてない……」
当時、勢いそのままに恋人になる、という形になってせいで、明確な期限を設けていなかった。
そして、僕は知ってる。永遠なんて都合の良い事がこの世にはない事を。
しばし沈黙が流れる。
僕もルナさんも今後の事を考えていて、口には出さない。
でも、こういうのは男が言うべきだと思う……。
僕は更なる勇気を振り絞り、口を開いた。
「る、ルナさん……」
『ん? 何?』
「ぼ、僕は……その……ずっとずっとルナさんと一緒に居たいです……嘘の恋人でもいいから……この関係をずっとずっと続けたいです」
『……え~、あたしは嫌かな』
え? 僕の頭の中が真っ白になる。
ルナさんは僕と一緒に居たくないって事?
やっぱり、そうだ。陰キャは勝手に勘違いして、勝手に傷つく。
やっぱり、僕はルナさんに対して何か勘違いを――。
『あ、オタク。今、陰キャは勘違いするから~とか考えてるっしょ?』
「な、何で分かるの?」
『アハハハ、最近、読んだ作品でそういうのあったから。全く、オタク、あたしがそんな事言う訳ないでしょ?』
「だ、だけど……嫌って……」
『うん、嫌だよ』
「じゃ、じゃあ……」
意味が分からない。
嫌なら、嫌で良いじゃないか。嘘の恋人が嫌なら、いったいどういう形があるというのか。
僕が困惑していると、ルナさんの優しい声が鼓膜を震わせた。
『本当の……恋人なら……良いよ?』
「え? え……え?」
ほ、本当の、恋人?
僕は首をかしげる。
本当の恋人っていう事は、僕はルナさんとお付き合いするっていう事?
それはつまり、ルナさんが僕の事をす、好きって事?
「え、えっと……えと、あの……る、ルナさん!?」
『な、何……?』
「えっと……こ、こういうのって、ぼ、ぼぼぼ、僕から言うべきだとお、おおおお、思うんですけど……」
こういう告白は僕の頭の中だと男の方からするべき、みたいな話を聞いた事があった。
本来であれば、僕がするべき事をルナさんにやらせてしまった。
それがものすごく申し訳なくなる。すると、ルナさんは言葉を発した。
『そ、そんな事言って、どうせ、オタクはあたしの前だと恥ずかしがって言えないじゃん』
「そ、それはルナさんだって同じ……」
『っていうか、オタクは気付けっつーの!! あたしが好きって思ってるの、気付かなかった訳!?』
「え? す、好き……だったの?」
『……サイテー』
「あ、ご、ごめん!!」
心底がっかりしたルナさんの声が聞こえ、僕は心の底から謝罪する。
ルナさんが僕を好きになる要素なんかあったかな……。
それは全然僕には分からないけれど……。
僕は全然落ち着かない心臓と心を持ったまま、口を開く。
「る、ルナさんはぼ、僕なんかで良いの?」
『なんかとか言わないでよ。あ、あたしがどれだけオタクの事、好きか。ずっとずっと言いたかったし、言われたかったけど、全然オタク、言わないし……あたしって女の魅力ないのかな~とか考えた事もあったし? ホント、サイテー』
「ご、ごめん……そ、その……自信がなくて……ぼ、僕なんかじゃルナさんに釣り合わないだろうし……」
僕はオタクでルナさんはギャル。
クラスで路傍の石と中心的存在。釣り合う訳がない。
僕の言葉に落胆するかのような溜息が聞こえてきた。
『はぁ~、変な所でヘタれるんだね。オタク。はい、じゃあ、質問!! オタクはあたしの事、好き?』
「…………」
その答えは心のままに従うのなら、一つだけ。
「う、うん。好きです……」
『それは友達として? それとも……女の子として?』
「お、女の子として……だ、大好き……」
『っ!? そ、そう、なんだ……じゃ、じゃあ、それで良いじゃん』
「い、良いの?」
『い、良いの!! か、カノジョのあたしが言うんだから!!』
「か、カノジョ……」
彼女。
なんてすばらしい響きだろうか。
ルナさんが僕の彼女……。
彼女なんて一生出来ないって思ってた。
僕を好きになってくれる女の子なんて一人も居ないって思っていた。
クラスの隅っこ、大人になっても、窓際族。
誰からの注目を集める事もなく、ただただ、そこにいるだけの自分だと思ってた。
僕はたまらなく嬉しかった。ルナさんが好きって言ってくれた事が。
僕を見つけてくれた事が……。
その思いはあふれて止まらず、瞳から零れ落ちる。
「……っ……ぐすっ……」
『オタク、泣いてるの?』
「な、泣いてない……」
『声が泣いてるじゃん。もー、いつまでも経ってもオタクはオタクなんだね。それが可愛い所なんだけど……ほら、もう泣かないの』
僕を励ますような優しい声がルナさんの口から出てくる。
『今は傍に居られないんだから、泣かないでよ。よしよし、してあげられないじゃん』
「近くにしたら、してくれるんですか……」
『当たり前じゃん。泣いてる彼氏にそういう事すんのも、彼女の務めって、本に書いてあったし』
「そ、そうなんだ……」
『だから、オタクも。あたしが泣いたら、よしよししてよぉ?』
「う、うん……」
僕はルナさんの励ましで心が温かくなり、涙を拭く。
そうだ。泣いてる場合じゃない。
それにもう一人じゃないんだから。ルナさんっていう大事な彼女が出来たんだから。
「る、ルナさん」
『ん? 何?』
「だ、大好き……です……」
『っ……うん、あたしもオタクが大大大好き。ずっとずっと一緒に居てね』
「うん」
この日、僕とルナさんは嘘の恋人じゃなくて、本当の恋人になった――。
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