第16話 ルナの知らない世界~甘やかし編~
どうして、こんな事になったんだろう。
僕は自分の部屋にルナさんがいて、胡坐をかいて座っている状況を見つめる。
僕は記憶を遡る。
それは唐突なお誘いだった。
今日は土曜日でゲームでもやろうかなと考えていた時だった。
唐突にルナさんから連絡があったのだ。
『オタク、今日暇? ちょっとさ、やりたい事あるから、オタクの家行っていい?』
突然のお誘いに僕は吃驚しながらもこう答えた。
『う、うん。別にいいよ』と。
そうして、今しがたルナさんが僕の家にやっていて、僕の部屋に入るなり、ずっと僕の目の前で正座をしたまま動かない。
ただ、目線はチラチラと僕を観察していて、何かを伺っている様子。
何か目的はあるんだろうけど、それが未だに見えてこない。
「る、ルナさん?」
「へ!? な、何、オタク!?」
「えっと……何か悩み事? 僕に聞きたい事があるなら、何でも聞くよ?」
「あ、あー……えっと……」
きょろきょろ、と全く動揺を隠さずに辺りを見渡すルナさん。
本当にどうしたんだろう、いつものルナさんとの違いに僕は困惑する。
それからルナさんはあー、と前置きしてから言葉を続ける。
「お、オタクってさ……年上と年下、どっちが好み?」
「え? そ、それって女性でって意味、かな?」
「そうそう。それでどっち?」
「えっと……」
いきなりのルナさんの質問に僕は困惑する。
年上と年下……。あまり考えた事なかったけれど、僕はすぐに答えを出す。
「と、年上かな……」
「年上……なるほどね。じゃあ、次の質問。オタクって最近疲れてる?」
「え? つ、疲れ……」
果たして年上と疲れに何か因果関係があるのかは分からないけれど。
「最近はあんまり……疲れはたまってないかな……」
「あ、そ、そう、なんだ……」
僕の返答が望んだものじゃなかったのか、少しばかりルナさんが残念そう。
けれど、すぐに咳払いをして、空気を変える。
「じゃ、じゃあ、も、もう一つ質問!! お、オタクはその……精神的に疲れてない?」
「せ、精神的に?」
さっきのは身体的に疲れていたのか、という質問なのか?
それとも、ルナさん的には今疲れている事が理想なのか?
僕の頭の中でそんな想定が浮かんでは消えていくが、すぐに首を横に振る。
「う、ううん。あんまり疲れてない、かな……」
「……あ、そ、そう……なんだ」
露骨にルナさんが落ち込んだ様子を見せる。
ずーん、と聞こえてきそうなほどの落ち込み具合。しかも、それだけじゃない。
こっちをチラッチラっと何度も見てくる。物欲しそうな子供のように。
えっと……。
これは疲れてる、って言わなくちゃ終わらないやつ、なのかな?
「あ、あー……な、なんだかちょっと疲れてきたかも~……身体も、心もなんだか疲れてきたなー」
「……え? あ、えっと……あー、ちょ、待って!! 今のなし!!」
僕の大根演技にルナさんは突然慌てふためく。
しどろもどろに声を上げながら、両手をブンブン振る。
「い、いきなりすぎ!! ちょ、ちょっとこっちに心の準備させてよ!!」
「えぇ……ルナさんがそうするように仕向けてたじゃん」
「ち、違うし!! ちょ、ちょっとオタクの事、見てただけじゃん!!」
その見てたのが僕に疲れてるって言わせようとしてたんだけど……。
でも、そんな事を気にしてどうしたんだろう、本当に。
僕が考えていると、ルナさんは一つ二つと深呼吸してから口を開いた。
「お、オタクは……疲れてるんだよね?」
「え? うん……」
「んじゃ……」
そう言ってから、ルナさんは胡坐を解き、正座へと座る形を変えていく。
それから真っ白くてきれいな太ももをペチペチと優しく触る。
「ひ、膝枕とか……どう?」
頬を赤らめながらぺちぺち、と何度も太ももを叩くルナさん。
いきなりの行動に僕は目を丸くする。
ひ、ひざ枕?
あのカップルたちがするって言われてる、あの膝枕?
僕はその言葉を理解し、ルナさんと距離を取る。
「えぇ!? ひ、ひひ、膝枕!? な、何で!?」
「な、何でって……し、してあげたいから……」
ボソっと呟くように言うルナさん。
し、してあげたいって……い、良いのかな?
正直言うと、今すぐ寝転がりたい。
ルナさんの太ももはいつ見てもムチムチで肉感的だ。こうそそるって言ったらいいのかもしれないけど、短いスカートから覗くそれはまさしく、『えっちの権化』
できる事なら、触りたいし、舐めたいし、挟まりたい。
それが男の本能、というやつだけど……。
そんな事をしたら間違いなくルナさんに嫌われるからしないけど……。
僕はじーっとルナさんの太ももを見つめる。
すると、その視線に気づいたのか、ハーフパンツから伸びる白い太ももを手で隠す。
「お、オタク、今、すっごい視線がえっちだったんだけど……」
「え!? あ、ご、ごめんなさい……」
「……触りたいの?」
「え? あ、えっと……ひ、膝枕、ほ、本当に良いのかなって……」
僕の言葉にルナさんは一つ溜息を吐く。
「こ、こっちが良いって言ってるんだから、良いんだよ……ほ、ほら、おいで?」
そういいながら、ルナさんは太ももを隠していた手を広げる。
それは僕を包み込んでくれそうにやさしく開かれる。
それに僕は抗う事ができずにゆっくりとルナさんに近づく。
「え、えっと……本当に良いんだよね?」
「う、うん……は、早く。あたしの心が変わらない内に」
「うん……」
僕はルナさんの太ももに向かって頭を下げる。
それから頭を完全に預け、右半分がルナさんの温もりと匂い、太ももの柔らかさに包まれる。
心いっぱいに広がる多幸感に僕は胸がいっぱいになる。
「こ、これは……すごく……いいです」
「ほ、ホント? そ、それは良かった」
そう言いながら、ルナさんは僕の頭を優しく撫でてくれる。
それから口を開いた。
「オタクはいっつもがんばってるね」
「ルナさん?」
「オタクはいつも一生懸命で、自分が大好きなものを誰よりも真っ直ぐがんばってるもんね、えらい、えらい」
なでなで、なでなで。
僕の頭を撫でながらそんな事を呟くルナさん。
こ、これは、このシチュエーションは。僕は良く知っている。
これは俗に言う『甘やかし』というモノだ。
昨今、世の中の人たちは疲れていて癒しを求めている、と言われている。
そんな人たちを慰める為に生まれた一つのジャンル。それが『甘やかし』
ルナさんは僕の頭を撫でたまま、言葉を続ける。
「オタクは毎日いろんな事をがんばってるし、学校でも誰かの為にってがんばってるよね。そんな姿も、その……かっ……かっこいいよ……」
「…………」
これはダメかもしれない。
僕はなぜか分からないけれど、涙腺に来てしまう。
何ていうか、こう心に響くっていうか、自分の存在を肯定されているような気がして。
でも、ルナさんの前で泣く訳にはいかない。僕はそれを堪えながら、口を開く。
「ね、ねぇ、ルナさん?」
「ん? 何?」
「ど、どうして、いきなりこんな事を?」
僕の質問にルナさんは頭を優しく撫でたまま言う。
「その、昨日の夜にネットで色々見てたら甘やかし? っていうのを見つけてね。これ、オタクにできないかなって思って。それにオタクってさ、あたしの為にって色々頑張ってるでしょ?」
「そ、そんな事ないよ? 僕は別に……そんな……」
「ううん。そんなケンソンしないの。オタクは頑張ってるんだから……」
ルナさんは優しい声音のまま言葉を続ける。
「この関係を始めたのだって、あたしのワガママなのにオタクはここまで付き合ってくれてる。それにあたしの出来ない事をオタクは何でもやってくれる。なのに、あたしってオタクに何もしてあげられてないなって思って」
「だから?」
「うん、だから。……嫌だった?」
ルナさんの心配そうな問いかけに僕は首を横に振る。
そんな訳がないから。
「そんな訳ないよ。僕だってルナさんとその、こういう関係になってちょっとは変われた気がする……から……」
これまでずっと僕はルナさんについて行くのが必死だったし、ずっと嫌われたくないって思いながら行動してきた。
きっかけは些細な事だったかもしれないけれど、僕は今、毎日がすごく楽しくて、過去の自分では考えられないほどの勇気をもらった気がする。
それだけじゃない、僕はほんの少しだけ変われた気がした。
まだまだ人が怖いし、仲良くする方法は全然分からないけれど、ギャルに対する偏見とか、ルナさんに前まで抱いていた恐怖心はもう無い。
僕だって、ルナさんにはたくさんのものを貰ってる。
「……僕だってルナさんにたくさん貰ってるよ。その、ルナさんみたいなギャルと仲良く出来るようになったし、女の子の事も少しは分かるようになってきたし……二次元以外にも楽しい事があるって教えてもらった。だから、お互い様だよ」
「オタク……ホント、ズルィ……」
「る、ルナさん?」
そう言ってから、ルナさんは僕の頬を両手で掴んだ。
そして、僕の顔をルナさんの目線と合うように動かした。
その時、見たルナさんの表情は今まで見た事もないくらいに――女だった。
頬は赤くて、目は潤んでいて、なんだか唇が艶っぽく見える。
それだけじゃない。あの時と同じように、ルナさんの瞳の奥に大きなハートマークが見える。
ルナさんは僕の頬を優しく撫でながら言う。
「オタク……オタクはさ……ギャルって好き?」
「え? ぎゃ、ギャル? ギャルはえっと、その……好き、だよ?」
「じゃ、じゃあさ……オタクはさ……あ、あたしの事……好き?」
どっくん。
僕の心臓が今までに無いくらい高鳴った。
全身に熱が巡り、顔が一気に熱を持ち始める。それだけじゃない。
思考が鈍り始め、どっくん、どっくん、と心臓が耳元で聞こえるかのように大きくなる。
ルナさんのその熱い眼差しから僕は視線を逸らす事が出来ない。
それだけじゃない。顔もホールドされているせいで、逃げる事も出来ない。
でも、僕は逃げたくないって思ってる。
「オタク……」
「ルナさん……」
互いに名前を呼び合う。
どっくん、どっくん、と鼓動はどんどん早くなっていく。
ルナさんは潤んだ眼差しで僕にゆっくりと顔を近づけてくる。
その顔は蕩けていて、理性よりも行動が先に来ているように見える。
ゆっくりと、ゆっくりと――。
ルナさんの顔が近づいてくる。僕もそれを受け入れる覚悟を決める。
だって……僕はルナさんと――。
ドンドンドンドン!!!!
僕たちのどこか甘い空気を切り裂く扉の音が部屋中に響き渡る。
「タク~いるぅ~。おかーさん、ちょっとでかけてくっから、留守番よろしくー!! んじゃなー!!」
「…………」
「…………」
お母さん……今、滅茶苦茶良い雰囲気だったんですが……。
お母さんの間の抜けた声にルナさんの理性が取り戻されてきたのか、みるみる内に顔を主に染まっていく。
「あ、あああ、お、おおおおおお、オタク、い、いいい、今の無し!!! ナシナシ!! わ、忘れて!! 忘れてええええええッ!!」
「る、ルナさん、落ち着いて……」
「落ち着けない!! あたしは何をしようと……があああああああッ!!」
ルナさんは頭を抱えて先ほどの光景を思い出しているのか悶絶している。
けど、なんていうか良かったって思える自分が居る。
僕の気持ちをまだルナさんに伝える事が出来ていないから。
ちゃんと伝えてからじゃないと、ダメだよね。
「あああ、もぅ、ムリ!! オタク、下りて!! 恥ずかしいから!!」
「え? ぼ、僕はもう少し膝枕を……」
「は、はぁ!? お、オタクのえ、えっち!!」
けど、この変な所で恥ずかしがり屋な所は何とかしないとね……うん……。
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