第8話 ギャルとレンタルショップ

 半ば無理矢理、という形で僕はルナさんと一緒にレンタルショップへと来ていた。

 ズラリと棚が並ぶレンタルDVDコーナーに立ち、ルナさんは言う。


「オタク、ここだよ」

「う、うん。ここだけど……えっと……どうするの?」


 話を整理すると、今日、ルナさんと一緒に映画を見に行った。

 そこでルナさんがラブシーンになると物凄く動揺して顔が紅くなるんだけど、僕はそういうのを見慣れているせいで、全くといっていいほど、動揺しなかった。

 それがどうもルナさんの逆鱗に触れたらしく、ラブシーンでも動揺しないようにする為にレンタルショップに来た。


 確か、こんな話だった気がするけれど。


 僕は首を傾げる。


「レンタルショップには来たけど……どうするの?」

「オタク、貴方が選んで!!」


 ビシィっと僕を指差すルナさん。

 僕は思わず首を傾げた。


「え?」

「だって、オタクはこういうのを見慣れてるんでしょ? だったら、誰よりもこういうのを見てきたわけじゃない。つまり、オタクが見てきた道を進めばあたしもその境地に辿り着けるって事!!

 どう? 名案でしょ?」

「え? えっと……名案かどうかは分からないけれど……ぼ、僕は別に映画を見てきた訳じゃないっていうか……」

「えっ? そ、そうなの!? ちょっとえっちな映画を見捲くった訳じゃないの!?」


 あ、もしかして、ルナさんはそっちで勘違いしていたのか。

 僕のあの慣れがラブシーンが多くある映画を沢山見ているって。

 でも、実際は全然違くて。僕が慣れてる理由はそれよりも過激なものに多く触れているから。


 僕は顎に手を当てる。


「う~ん……まぁ、ルナさんは慣れてないし。そこから始めた方がいいのかな……」


 もしも、今の情緒でルナさんがエロゲーなんか目にしたら、多分気絶しちゃうんじゃないだろうか。

 そういう意味ではR18規制というのは役に立っているのかもしれない。

 僕は頷く。


「分かった。僕のあまり無い知識を稼動して、ルナさんが強くなれるような映画を探すね」

「ま、マジで!? よ、宜しくお願いします!!」

「えっと……ああいうシーン、濡れ場って言うんだけど……そういうのはホラー映画に良くあるんだ。ホラー映画と濡れ場は切っても切れないなんて言われるくらいにね」

「ほ、ほほほ、ほらー?」


 僕の言葉にルナさんは先ほどまでと別の意味での動揺を見せる。

 その顔が恐怖で引き攣り、顔を歪ませる。


「ほ、ほらーなの? オタク……」

「う、うん。あ、もしかして、怖いの苦手?」

「に、苦手じゃないよ? 何言ってんの? オタク、やだなぁ~……」


 何処か強がっている様子を見せるルナさんに僕は全然違う所を見て、唐突に声を上げる。


「あ」

「どひゃああああッ!! な、何、オタク!!」


 ルナさんは可愛くない悲鳴を上げた瞬間、僕の後ろに周りこんで身体を震わせる。

 ……や、やりすぎたかな。

 僕は何だか申し訳なくなり、ルナさんに声を掛ける。


「え、えっと、何でもないよ」

「ちょっ、心臓止まるかと思ったし!! や、やめてよ……」

「ごめんね。やっぱり、ホラーは無理だね」

「…………」


 こくこく、と僕の後ろに隠れたままルナさんは頷く。

 なら、ホラーはやめておこう。ルナさんが怖がっていたら、意味が無い。

 だったら、次に向かうべき場所は。

 僕が歩き出すと、ルナさんは僕の後ろについてくる。

 

 いくつかの棚を越えて辿り着いた場所。それはアニメコーナーである。


「洋画よりもアニメで慣れるっていうのも一つの手だよ」

「なるほど……どういうのが良いの? こういうの?」


 ルナさんが手に取ったは国民的な猫型ロボットが出てくるアニメ。

 それは、いくらなんでも低年齢な気がする。勿論、大人が見ても面白いと思うけれど。

 今求めているのは、そういうのではない。

 僕はR18版と全年齢版の両方が作られているアニメを見つけ、パッケージを見る。


 これは……百合か。


 百合はちょっと傾向が変わっちゃうよね。


「あ? 可愛い子が二人映ってるね。これ、そうなの?」

「えっと、これは百合ってジャンルで」

「百合? 百合ってアレでしょ? あの白百合とかの百合」


 これはどう説明したものか。

 女の子同士がぐんずほぐれつする奴だよ、と説明しても果たして良いものだろうか。

 何というか、ルナさんが純粋すぎて、こういう邪なものを教えたくない自分が居る。


「……気にしないで」

「え~、そう言われると滅茶苦茶気になるんだけど……ネットで調べよ」


 そう言ってから、ルナさんはブレザーのポケットからキーホルダー付きのスマホを取り出し、手馴れた様子で操作する。

 

「百合、百合、百合……えっと、なになに、女性のど、どうせいあい……またの名をが、ガールズラブ……」

「そういう事だね」

「お、おおおお、女の子同士って事?」

「お、落ち着いて、ルナさん」


 顔を真っ赤にして、蒸気機関車のように頭から湯気を出すルナさん。

 ちょ、ちょっと、落ち着かせないと。


「そ、そんなに過激なモノじゃないから……」

「お、女の子同士ってど、どういう事!? 意味分かんないし!!」

「だ、だよね? だと思う。だから、忘れよう? ね? まだ、ルナさんには早かった、うん」

「……ねぇ、オタク。あたし、大丈夫だよね? 何か知っちゃいけない世界とか知ろうとしてないよね?」


 何だろう、それには答えかねる気がする。

 この二次元という沼はあまりにも深い。

 いつだって、何処で誰がどんな性癖を持ち、どんな創作がなされているのか分からない。

 当然、僕の知らない世界だって無数にある。それこそが二次元という深遠なのだ。


 百合なんてのはほんのその上澄み。


 しかし、何も知らない無垢な存在からすれば、それこそ劇物だ。


「だ、大丈夫!! ルナさんは真っ当な道を進んでるよ。ちょ、ちょっと……オタク界隈っていうのは変な所があるだけだから」

「そ、そうだよね……。ち、因みにオタクは百合ってすき?」

「え? ぼ、僕は別に……」

「そ、そっか。良かった……」


 尚、場合によるが付くけれど、それは黙っておこう。

 一旦、この百合モノは棚の中に戻して、僕は次なるものを探す。

 ルナさんも落ち着きを取り戻してきたのか、棚を眺め、自分の直感で選び取っていく。


「オタク、これはどう? 表紙に可愛い女の子が居るよ」

「あ……それは……」

「え? また、何か問題があるの!?」


 確かに。それは可愛らしい女の子が描かれた作品だ。

 しかし、それは二次元でよくあるパッケージ詐欺であり、本質的には『鬱アニメ』

 これはどう説明したものか。

 ルナさんにオススメしたい気持ちもあるけれど、是非ともネタバレ無しで見て欲しいが、ルナさんの小学生情緒が果たして耐えられるのか。


「……それ、見たい?」

「うん、何か惹かれたから。パッケージの女の子も可愛いし、これならちょっとえっちなシーンもあるっしょ!! うん」

「えっと……えっちさはあんまり、かな?」

「そうなの?」

「うん。でも、面白いから見てみても良いけど」

「オタクがそう言うなら借りよ。何話まで見ると良いとかある?」

「3話」

「分かった」


 とりあえず、3話だ。

 3話まで見て、心が鬱になってからどうなるか、である。

 しかし、今のアニメはただ面白いアニメという事になる。

 これは本格的にえっちなアニメを探すべきか。


 僕は考える。えっちなアニメ、というと、やはり、ラッキースケベである。

 ラッキースケベと言えば、学園モノのコレが一番である。


「ルナさん」

「何? 良いのあった?」

「これはオススメだよ」

「あ。それっぽい。女の子も滅茶苦茶可愛いし、ていうか、女の子多ッ!!」

「うん、ハーレムアニメだから。それは割りとえっちだと思う。むしろ、エロ全開っていうか、エロこそ至高っていうか……」


 可愛い女の子のラッキースケベとは、男にとっては無くてはならないものだ。

 このアニメはそのラッキースケベに全ぶりした、世の中全ての男の為の作品。

 これなら、慣れるという点ではまだ戦えるかもしれない。


「こ、これが……え、えっちなアニメ……ゴクリ」


 ルナさんがそのパッケージを凝視しながら、喉を鳴らす。

 とはいっても、これは少年誌でやっていたから、あくまでも全年齢の範疇だけどね。

 本当の深遠はまだまだ、ある。


「とりあえずはこれだけで良いかな。せっかくオタクが選んでくれたんだし。是非、見てみよう。それでオタクもビックリな大人の女になってやる」

「う、うん……」


 しかし、本当にコレだけで大人の女性に果たしてなる事が出来るのだろうか。

 どちらかと言えば、今日借りたのはアニメとしての入門のような気がするけれど。


「……う~ん。ねぇ、オタク」


 何か思ったのか、考え込んだ様子のルナさんに声を掛けられる。


「どうしたの? ルナさん」

「……あたしが見た奴ってもっと過激だったよね?」

「えっと……そうだね。あ、アニメはこうそういうシチュエーション的なモノだから……」

「……や、やっぱり、一本くらいほ、ホラー借りようかな……」

「え? だ、大丈夫?」


 怖い物を無理してみる必要は無いと思うけれど。

 ルナさんはきゅ、っと僕の袖を掴む。


「そ、その、ほ、ホラーさ。きょ、今日、オタクの家で見て、良い?」

「……え?」


 唐突なルナさんの提案に僕の頭が真っ白になる。

 ルナさんが家に来る? 僕の、あの部屋に? え?

 

「ひ、一人はや、やっぱりむ、無理だからさ。で、でも、オタクが一緒なら見れるっていうか……」

「え……えっと……その……」


 僕が言いよどんでいると、ルナさんは手をブンブンと振る。


「あ、や、やっぱり、無し!! あー、ごめんね。いきなり変な事言って。い、いきなりすぎたよね、うん」

「え、えっと、べ、別に嫌とかじゃなくて。その……ぼ、僕の部屋を見られるのが恥ずかしいっていうか……」

「え、えっちなのがあるから、とか?」

「……う、うん……」


 こ、この際、嘘を吐いてもしょうがないし、僕は頷いてしまう。

 すると、ルナさんは頬を紅く染めながら、そっぽを向く。


「ふ、ふーん……そ、そう、なんだ……で、でも、あたしは全然気にしないよ? そ、その、オタクの事もっと知りたいっていうか……」

「そ、そうなの?」

「あ、当たり前じゃん? あたしら、こ、恋人なんだし……」

 

 ルナさんがこう言っているし、ここで断るのは良くない気がする。

 それに僕も、その……ルナさんが少しでも僕のオタク趣味を理解してくれたら、それは凄く嬉しいから。

 僕は頷く。


「う、うん。分かった。じゃあ、ルナさん。と、とりあえず、レンタルしよっか」

「お、オッケー。うわあ、オタクの家に行くんだ……あたし……。な、何か本物の恋人っぽいね」

「う、うん、そ、そうだね……」


 初めての経験だ。初めて、女の子を僕の部屋に入れる。

 そんな緊張で僕の心臓はずっとドキドキと騒がしくて、とても煩かった――。

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