第7話 ギャルと映画鑑賞
僕とルナさんは地元にある映画館に来ていた。
何でもルナさんが見たいという映画があるらしく、チケットを買いに行ってくれているルナさんを待つ為、ボクは目の前にある映画のポスターを眺めていた。
これから見るものは洋画でR15。
ラブロマンスモノであり、今、世界中で話題らしい。
確かにあまり映画を見ない僕でも何となく知っているものだ。
そのポスターを見つめ、僕はルナさんを待つ。
「この作品、結構過激らしいけど、大丈夫かな……」
洋画という点やR15作品という事もあり、全年齢対象というよりも少々過激な部分があると推測される。
まだ一日、二日の付き合いだけれど、ルナさんはこういう過激なものに耐性があまり無い。
こういう時、オタクは強い。
何故か、僕はこの年にして、既にエロゲーに手を出しているから、何というか嫌な話だけれど、こういうのに慣れてしまっている。
「オタク!! チケット、買って来た!!」
「あ……うん。おかえりなさい」
「席はね、ちょっと前の方になったけど、大丈夫?」
「全然大丈夫だよ。……ルナさん、本当に見ても大丈夫?」
「もー、オタクは心配性だな。あたしがそんなので動揺するわけないじゃん」
自信たっぷりに笑うルナさん。
ルナさんが自信あるなら良いんだけど。
「それより、オタクこそ大丈夫? 隣に美少女が居て、いきなりラブシーンとかになって動揺しない?」
「僕は大丈夫。慣れてるから」
「慣れてる?」
「うん」
「あ、ふぅん……そう、なんだ……」
チラっと僕の顔を伺うルナさん。
何かあったのかな? 僕はルナさんに尋ねる。
「どうしたの? 何かあった?」
「ううん。何でもない。それより、時間もすぐだし並ぼうよ」
ちょうど開演ギリギリの席を買う事が出来たし、僕とルナさんは上映ルームに繋がる通路の前に並ぶ。
周りを見ると、僕たちよりも年上のカップルばかりだ。
やっぱり、恋愛映画って恋人とかと見に来るものなのかな?
「何か周りもカップルばっかりだね」
「う、うん……」
「あたしたちも制服デートって周りに思われてるのかな?」
にひひ、とイタズラっぽい笑顔を浮かべるルナさん。
確かに言われてみれば、僕たちも制服で映画館に来ている。これは恋愛漫画とかで良く見る制服デートだ。
ルナさんに指摘され、僕は何だか緊張してしまう。
「うぅ……な、何かそう思ったら、緊張してきた……」
「どうして、オタクが緊張するの? 全く。一日経ったから、ちょっと慣れたかなって思ったのに」
「な、慣れないよ。だって、ルナさん、凄くか、可愛いし」
「……っ!? ごほっ!! ごほっ!!」
「る、ルナさん!?」
ルナさんがいきなり下を向いて咳き込み始めた。
ど、どうしたんだろう!? 体調が悪くなったのかな?
僕が駆け寄ると、ルナさんは僕の肩を軽く叩く。
「だ、大丈夫、大丈夫。ふぅ、落ち着いた……」
「本当に大丈夫? 何か病気とかじゃないよね?」
「そんな訳ないじゃん。あたしは元気だよ、元気、元気」
そう言いながら、ルナさんは元気アピールをする為に笑顔を見せてくれる。
元気なら、それで良いんだけど……。
僕達がそんな話をしていると、入館が始まる。
僕達はチケットを店員さんに見せて、上映ルームの中へと入っていく。
そして、座席に座る。ルナさんが小さな声で言う。
「映画ってこの待ってる時間も良いよね」
「うん。不思議だけどさ、映画館で見る映画の予告って凄く面白そうに見えない?」
「あ、分かる。でも、実際、映画が終わると予告の事なんて何も覚えてないんだよね」
「そう。多分、映画あるあるだよね」
何て、当たり障りのない日常会話をルナさんとしていると、あっという間に上映時間になる。
照明が落ち、スクリーンに映像が流れ始める。
少々前目で、首を上げないといけないけれど、音圧をダイレクトに感じて、臨場感がある。
僕は普段、後ろの方で見ているけれど、前も悪くないかも。
目的の映画は身分差の愛がテーマであり、主人公が奴隷で、ヒロインがお姫様というありきたりな設定から始まり、主人公の成り上がりの様子やヒロインを取り巻く従者たちの人間関係や隣国との縁談、そうした二人の関係だけではなく、国同士のいざこざにいたるまで広がる、壮大な物語だ。
その映画を見ていると、何だか僕は思ってしまう。
この奴隷が僕で、お姫様がルナさんだ。
お姫様は奴隷である主人公の事が好きで、ずっと心の中に恋心を燃やしているけれど、身分の違いでそれは決して叶わない。
けれど、奴隷である主人公はお姫様にふさわしい自分になる為、成り上がりを目指す。
僕は映画を見ながら、ふと思ってしまう。
ルナさんは僕の事、どう思ってるんだろう。
こう言ったらいけないかもしれないけれど、好意は持たれてるんだと思う?
それは恋愛的なモノじゃなくて、友人の一人っていうか、そんな感じだと思う。
……この関係は偽りで嘘。きっと、僕達がこれ以上の関係に進む事は無くて。
これは夢のような時間だけれど、必ず終わりが来る。
『そうだ。もう君には会えないんだ』
『そんな……』
『僕は君を愛している。けれど、もうダメなんだ』
主人公がそう言う。決して叶わぬ恋心を持ってしまったが故に苦しみ、お姫様に別れを告げる。
それは何だか僕の未来を暗示しているようで、何だか辛い。
けれど、それにお姫様は言う。
『貴方を手に入れる為なら、この地位も名誉も全て捨てる!! だって、私はこんなにも貴方を愛しているから!! ずっとずっと!!』
そう叫びながら、お姫様は主人公と熱いキスをかわす。
これは濃厚だ。何度も唇の位置を変え、情熱的に互いを求め合う熱いキス。
それだけに留まらず、主人公がお姫様をベッドの上に押し倒し、その身に纏ったドレスを剥いでいく。
あ、結構行くね。
女性の一糸纏わぬ姿が露になり、主人公も脱ぐ。
鍛え上げられた肉体が露になり、お姫様が熱い嬌声を上げる。
本当に過激だ。だ、大丈夫かな……。
僕はチラリと隣を確認した。
「あ……」
ルナさんは顔をゆでタコのように真っ赤にしながら、両手で顔を隠している。
けれど、指の隙間からしっかりとその情熱的なベッドシーンを目に焼きつけ、呟く。
「う、うわあ……うわあ……こ、ここ、こんな、感じなんだ……」
僕は思わず俯いてしまう。
えっと、じゅ、純情すぎないかな?
こ、これはまた偏見って怒られてしまうけれど、ギャルってこういうのを見ても平然としているイメージだった。
あ、キスしてる!! って茶化すくらいなものだって思っていた。
でも、ルナさんの反応は完全に慣れていない。
むしろ、そういうものから縁遠い存在で全然知らない。でも、年相応には気になるみたいな感じ。
何というか、とても可愛らしいって思ってしまう。
僕はスクリーンに向き直り、映画に集中する。
ちゃんと見ないと。それでも、何故だろう。隣が物凄く気になる。
今、ルナさんはどんな顔で見てるんだろう。
僕はルナさんに気取られないよう、チラっと横を見る。
もうラブシーンは終わっているのに、顔が紅くて、スクリーンに釘付けになっている。
集中してるみたい。僕はスクリーンに向き直り、映画を楽しむ。
それから1時間後。映画は無事終わり、僕とルナさんは上映ルームを後にし、外に出た。
「うぅん……はぁ、良い映画だったね。最後は主人公とヒロインが結ばれて良かったよ」
「そうだね。途中、結構ハラハラしたし、皆が夢中になるのも分かったよ」
「そ、そう、だね……」
映画中盤辺りの事を思い出してしまったのか、ルナさんの顔がかーっと紅く染まっていく。
あ、思い出させちゃったかな?
「ご、ごめん。あんまり慣れて無かったよね?」
「……何で」
「え?」
「何であたしばっかり動揺して、オタクは全然動揺してないの?」
「えぇ!?」
ぷくーっと頬を膨らませ、不服顔で僕を睨むルナさん。
「ねぇ、何で? 何でオタクは慣れてるの? も、もしかして、ああいう事、経験、あるの?」
「えぇ!? い、いきなり、どうしたの!?」
「こ、答えてよ!! な、何で?」
さっきよりも顔を真っ赤にして聞いてくるルナさん。
え、そ、それって、あの経験ってど、童貞か、そうじゃないかみたいな話、だよね!?
え? え? それを考えると、僕の頭も沸騰しそうなほどに熱くなる。
「え、えっと……な、無いけど……」
「な、無いんだ……ふぅん……」
何でちょっと嬉しそうなの?
訳が分からないよ。
僕が困惑していると、ルナさんは僕の顔を見たまま尋ねる。
「じゃ、じゃあ、何で慣れてるの?」
「え、えっと……その……あ、あうぅ……」
い、言える訳がない……。
お、オタク文化というか、二次元を愛する人間は良くこういうものを見て回っていると。
二次元とエロは切っては切れないのだ。
二次元という新たな供給が生まれれば、そこに『エロ』という需要が生まれ、新たなる深淵が生まれる。それを繰り返し続けてきた歴史がある。
つまり、オタクとは。二次元を愛し、エロを愛する。という事だ。
「い、言えないの? か、彼女に、言えないんだ」
「い、言えるけど……引かない?」
「ひ、引くわけないじゃん!! 教えて!! 何でそんなに慣れてるの?」
これはどうやら答えないと逃がしてくれないらしい。
僕はルナさんの言葉を信じて、少しだけルナさんに近付く。
「え、えっと……オタクっていうのは、こういうのを良く見てるから……その、気付かない内に耐性が出来てて……」
「……あ、も、もしかして、え、えっちな……」
「う、うん……」
沈黙が流れる。
良かった、周りに誰も居なくて。
僕の言葉の意味を理解したのか、ボン、と急激に顔が紅くなるルナさん。
む、無理しない方が……僕は心配するけれど……。
「ずるい」
「え?」
「私ばっかり動揺して、何でオタクは全然動揺してないの? 何かすごいムカツク」
「え? え? ルナさん?」
「ねぇ、オタク。あたしも平気になりたい」
「……えっと……え?」
おまえは何を言っているんだ?
突然、僕の脳内に真正面を向いた外国人の姿が浮かぶ。
えっと、ルナさんはこういうちょっと過激なものに慣れたいっていう話だよね?
それは一体、どういう事? いや、言葉通りの意味だよね? え?
僕の頭の中は盛大に混乱する。
しかし、ルナさんは僕の混乱なんて全く気にも留めずに言う。
「だ、だって、オタクは動揺しないで、あたしばっかり動揺するの、何かダサいじゃん? あたしはオタクの彼氏なのに……そういうのもしっかりと受け止めたい!!
か、彼氏の趣味を理解するのも彼女の務めだし!!」
「え、えっと……え? それは、そうなの?」
「そうなの!! だから、オタク!! レンタルショップ行こう!!」
「え? ちょ、ちょっと待っ、腕、引っ張らないで!!」
そのまま僕は頭の整理も出来ないまま、ルナさんに強引に連れて行かれた――。
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