第24話 文化祭の仕返し

 翌日。僕たちの学校では文化祭が行われていた。

 多くのクラスが露天等を開く中、僕はと言うと――。


「オタク、はい、あ~ん」

「あ、あ~ん……」


 文化祭が始まってからずっとルナさんと一緒に居た。

 ルナさんは僕の腕にずっとしがみつき、決して離れようとはしない。

 まぁ、これが僕の考えた作戦ではあるんだけど。

 因みに、今日、僕とルナさんはまだ東郷くんに会っていない。

 多分、彼は彼で色々とやる事がクラスであるんだろう。

 こういう時、文化祭実行委員は優先して遊ぶ事が出来るから、今に関してはやって良かったと心から思っている。

 ルナさんは満面の笑顔のまま、僕の口元に付いたクリームを拭う。


「あぁ~、オタク。唇に付いてる」

「え? 本当? ど、何処かな?」

「もう取っちゃった、あむ……ん~、甘くて美味しい」


 今日は一日ずっとこの調子だ。

 それもそのはず。

 僕はルナさんと正式にお付き合いをしているし、恋人関係だ。

 それを余す所なく周りに見せ付ける事こそが、僕の作戦。

 この作戦は最初、ルナさんも難色を示した。

 流石に人前でイチャつくのは恥ずかしかったのかもしれないけれど、ルナさんはこれを承諾してくれた。

 僕が思い付くのはこの方法しかなかった。

 別に東郷くんを陥れたい訳でもなければ、東郷くんの人生を終わらせたい訳でもない。かといって、ルナさんが東郷くんに取られるのは嫌だし、東郷くんに肉弾戦で勝てるはずも無い。


 だったら、どうするか。簡単な話だ。


「……なかなかあのバカ姿見せないな」

「そうだね」

「まぁ、それはそれで良いんだけど、オタクとこうして一緒に文化祭回れるし」


 ニシシ、と嬉しそうに笑うルナさん。


「うん、僕もそう思う……」

「ふふ、じゃあ、次の所行こっ」


 僕とルナさんが教室でやっていたコスプレ喫茶を後にし、廊下を進んで行く。

 色んなクラスが様々な催し物をやっていた。

 お化け屋敷に迷路だったり、クイズとかもやっていたり。

 学生たちが思い思いの時間を楽しんでいる中、僕とルナさんは少し人気の離れた所に来ていた。


「ちょっと、疲れちゃったね」

「うん……なんか人疲れしちゃった……」


 今日は全校生徒が大移動をしているし、外部からも人を招いているせいで、とにかく人が多い。

 普段、僕はほとんど人が居るような所にはいないせいで、こうした場所に長時間居ると何だか少し疲れてしまう。

 僕が一つ息を吐くと、ルナさんは僕の腕にぎゅっとしがみつき、口を開く。


「オタク、疲れた? じゃあ、あたしの膝で休む?」

「う、ううん。大丈夫……」

「そう? 本当に大丈夫?」

「大丈夫だよ。ありがと」

「そっか。……周り、誰も居ないよね」

「うん」


 僕はキョロキョロと辺りを見渡す。

 学生たちも外部からのお客さんの姿も見えない。完全な二人きり。

 少し遠くから学生たちの喧騒が聞こえてくるけれど、それもほんの少しだけ。

 足音等も無いし、人の気配もない。

 すると、ルナさんは遠慮がちに立ち上がってから、僕の膝の上に座る。


「え? る、ルナさん!?」

「こっち向いて……ほら、向かい合ってる」


 クルっと僕の膝の上で周り、僕と向かい合うような体勢に変わる。

 僕の目の前には綺麗なルナさんの顔があり、鼻にはルナさんの甘い香りがビリビリと頭を刺激する。ルナさんは僕の首の後ろに手を回し、呟く。


「ねぇ、オタク。誰も居ないならさ、あたし、ちゅーしたい」

「……き、キスですか?」

「うん……今は誰も居ないし、誰も見てないよ?」

「分かりました。僕もキスがしたいので、良いですか?」

「うん。して」


 僕はルナさんの腰に手を添えて、優しく口付けをする。

 ルナさんも僕を強く求めるように、唇を何度も重ねてくる。


「んっ……んぅ……ちゅ……ぷはぁ……オタク、好き」

「僕も好きだよ……」

「ん……」


 学校にも関わらず、何度も何度も僕とルナさんはキスをする。

 とてつもない幸福感が唇を通じて、胸いっぱいに広がる。

 ルナさんはぎゅっと強く僕を抱きしめてくる。


「ぷはっ……オタクとのキス、好きぃ……昨日もいっぱいしたけど……ふふ、もうあたし、オタクなしじゃ生きられない身体になっちゃったかも……」

「そ、それは僕も同じだよ」


 それは僕も強く感じていた。

 もう、僕はルナさんのこの暖かくて、優しい温もりが無ければ生きていけなくなっている。

 ルナさんがいない人生なんてとても考えられない程に。

 僕の言葉にルナさんは頬を紅く染め、ぎゅーっと強く抱きしめてくる。


「んふふ、本当にあたしの彼氏はあたしにゾッコンなんだから。あたしもオタクに夢中だからね」

「う、うん……ありがとう」

「うん。ねぇ、もっかいしよ?」


 そうルナさんが言った時だった。

 ざっ、と地面を踏みしめる音が聞こえた。

 あ、まずい。僕はルナさんの肩越しに見た。そこには東郷くんが居た。


「お前ら……何してんの?」

「ん? この声、あ、何お前」


 ルナさんは僕にしがみついたまま、東郷くんを睨み付ける。

 東郷くんはギリ、っと歯噛みし、僕を睨み付けた。


「どういうつもりだ? 小山……」

「ど、どういうって……ぼ、僕はただ、ルナさんの恋人だから……」

「は? お前、前と話が違うよな。それにその時に忠告もしたはずだぜ? 次はどうなるか分かってるか?」

「分かってるけど、ルナさんは……僕の恋人だから……誰にも渡さないし……」


 僕はぎゅっとルナさんを抱きしめる。

 すると、ルナさんは東郷くんに見せ付けるかのように僕にしがみ付いて言う。


「ねぇ、早くどっか行ってくれない? 今、オタクとデート中なんだけど?」

「……は? これ、写真撮るか?」

「良いよ、別に。ウチの学校恋愛禁止じゃないし。何もまずい事はないけど、でも、アンタは良いの?」

「は?」

「オタク、脅したじゃん、今。あたしが先生にチクったら、全部終わるけど? それともパパかおじいちゃんに泣きついてどうにかしてもらう?」


 ルナさんが完全に挑発するような物言いで東郷くんに言う。

 東郷くんは苛立ちを隠そうともせずに、舌打ちをするが、ルナさんは更に火に油を注ぐ。


「オタク、ちゅーしよ。あ、それかちゅー以上もする? あいつに見せ付けるみたいにエッチな事もしちゃう? あいつじゃ、出来ない事、あいつの目の前でいっぱいさ」

「は? お前らな……」

「残念だったよね。好きな人がさ、目の前で別の男の人に取られるなんて。しかも、相手は自分よりも劣ってたって思ってる人に、全部、奪われちゃうんだよ? でもね、あたしはオタクが世界で一番大好きだから、今ここで、オタクがシタいって言うなら、喜んでしちゃう。ね? どうするの? オタク?」


 ルナさんは甘えた声を出しながら、僕に頬ずりをする。

 それを見ているであろう東郷くんの顔がどんどん白くなっていき、絶望感に満ちていく。

 ていうか、あの……ルナさん、滅茶苦茶楽しんでませんか?

 その台詞、昨日、練習した奴ですよね?  NTRモノの。

 ルナさんの演技は更に加速する。


「あーあ、ごめんね、東郷。あたし、もう身も心もオタクに染まっちゃってるの。もうね、誰のものでもない、あたしはオタクのモノなの。誰も奪い返せないし、誰も手に入れる事も出来ない。だって、もう全部、捧げちゃったから。どう? 自分よりも下だと思ってた人に全部奪われちゃうの。

 大事な女の子一人も手に入れられないなんて可哀想。あ、オタクがもしも、許可を出してくれるなら、東郷にもほんの少しだけ触らせたりしてあげようかな? でも、それじゃあ、もうオタクに服従したも同然だよね? ねぇ、どうするの? 東郷。あたしが欲しい? だったら、オタクに服従しなよ」

「…………な、何だよ、こいつら……」


 東郷くんは完全に引いたような顔をして、バケモノを見るかのような目でルナさんと僕を見てから、その場から去って行く。

 そんな情けない背中を見つめ、高笑いをするルナさん。


「アハハハ、どう? オタク。あたしの演技!! 完璧だったっしょ?」

「いや、完璧すぎて僕も引くんだけど……」

「えー!! こういう風にしたのはオタクじゃん!! あーあ、責任取ってくれないの?」

「責任は取るけど……」

「ふふ、じゃあ、いーの!! さ、これで邪魔者は居なくなったし!! いちゃいちゃしよ?」

「え? あ、うん……しよっか」


 それから文化祭が終わるまでの間、僕はずっとルナさんとイチャイチャしていた。

 それから僕とルナさんが帰る際、東郷くんを見かけたけれど、まるでバケモノを見るような目で僕たちを見ていて、それ以降近づく事はなくなった。


 どうやら、別の意味で脳が破壊されてしまったらしい……。


 けれど、これでようやく僕とルナさんの平穏が約束された――。


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