第3話 ギャル、オタクを知る

 如月さんを連れて、僕がやってきた場所。

 それは本屋だ。

 その本屋の一角であるライトノベルコーナーに来ていた。


「……ここがオタクの来たい所?」

「う、うん……今日、新作が出るから……」

「なるほど……へぇ……」


 こ、これ、絶対に選択を間違えたよね。

 恋愛ゲームだったら、間違いなくバッドエンドに直行する選択肢。

 でも、残念な事に僕はここ以外だとゲームショップしか選択肢がない。

 如月さんはキョロキョロと物珍しそうに辺りを見渡す。


「オタクって本とか読むんだ」

「うん。まぁ、ライトノベルっていうジャンルだけどね」

「ライトノベル? 小説とかとは何か違うん?」


 はて、と言わんばかりに首を傾げる如月さん。

 僕は棚を眺める。女の子でも読めそうなライトノベル……。ラブコメとか良いかな。

 僕はラブコメの中でもかなりの有名所を選び、如月さんに見せる。


「小説ほど堅苦しくなくて、手軽に読める本って感じかな? 普段、本を読み慣れていない人でも読みやすいと思う。如月さんとか、女の子はこういう恋愛モノとかはどうかな?」

「……お、オタク。ね、ねぇ」

「何かな?」


 僕の渡したライトノベルを見つめ、ほんのり顔を紅くする如月さん。

 どうしたんだろう、僕が首を傾げると、如月さんはライトノベルを指差す。


「こ、これ……露出多くない?」

「え? そ、そうかな? あ~……でも、そうかも。主人公がハーレム王になるとか何とか言って、結構色んなヒロインをとっかえひっかえする作品だから……その中で最初のヒロインが悪魔の一族とかで、こう、なかなかエッチな誘惑とかするんだよね」

「そ、そう、なんだ……それで……中身とか、えっちなの?

「え? 多少はそういうサービスカットはあるけど、そういうの苦手?」


 時々居るのだ。

 そういう過激な描写が苦手だと言う人が。

 しかし、如月さんは首を横に振る。


「は、はぁ!? あたしを誰だと思ってんの? よゆーだし!! ていうか、私はオタクが読んでる奴が知りたい」

「僕が読んでる奴?」

「そう」


 そう言いながら、僕の手渡したライトノベルを棚の中に押し込む如月さん。

 顔がちょっと紅いのは気のせいだろうか。

 僕が読んでる本か。結構マイナー所だけど、良いんだろうか。


「えっと、僕が読んでるのはこれ」

「これ? どういう話なの?」

「これは大空を巡る大冒険の話。忌み子として生まれた少年が空挺士っていう大空を巡る冒険家になって世界を巡る話かな。一つ一つの島っていうか、空域っていうんだけど、そこで起きる問題を解決していくって話なんだ。物語とか結構作りこまれてて、面白いんだ」


 今、このシリーズは3巻までしか出ていなくて、売上もそんなに良くないらしい。

 でも、僕はこのシリーズが大好きで、新刊が出るのをいつも楽しみにしている。

 僕が如月さんに手渡すと、表紙を眺める。


「……結構女の子が可愛いんだね。オタクはこういうのが好みなの?」

「え? そ、そういう訳じゃないけど……あ、でも、このヒロインが物語の鍵を握ってるんだよ。物語の中でいつも意味深な事を言ってね、一部じゃその考察を議論しているなんて事もあるし。

 この子の話だけでも追ってみると、また新たな発見があったりするんだよ。それもまた面白くてね」

「へ、へぇ~……」

「あ、ご、ごめん!! 何か僕だけ話しちゃって」


 あはは、と思わず僕は笑ってしまう。


 ああ、いつものだ。

 オタク特有の自分の興味がある分野は話したがって、相手が聞いてもいない事を喋りだす奴。

 この悪癖だけは本当に何とかしなくちゃいけない。


「ご、ごめん。今の話は忘れて? 聞きたくなかったよね、こんな話」

「ううん。そんな事無い。だって、これはオタクが好きなものなんでしょ?」

「え? そ、そうだけど……」

「だったら、話したいって気持ちは当たり前じゃん。でも、あたしじゃまだ、その話にはついてこれないな~……う~ん……」


 そう言いながら、如月さんは顎に手を当て、棚を眺める。


「オタク、何か初心者とかに読める奴とか無い?」

「え? き、如月さんって」

「ルナ!!」

「え?」


 いきなり話を遮られて僕が目を丸くすると、如月さんが腰に手を当て、ずいっと顔を寄せてくる。


「彼氏、彼女なんだから下の名前で呼んで。そうじゃなくちゃ、恋人って感じじゃないじゃん」

「え? えぇ!?」


 僕は驚いて変な声が出てしまう。

 この子を僕が下の名前で呼ぶ!? 今まで一人も女の子を下の名前で呼んだ事ないのに!?


「ほら、ルナって呼んで?」

「……えぇ」


 僕は何故だか辺りを見渡してしまう。

 今、このライトノベルブースには僕たちしか居ないみたいだ。

 で、でも、本当に呼んでも良いんだろうか。

 そもそも、女の子を下の名前で呼ぶって本物の恋人関係の人達がやる事じゃないの?

 僕が困惑していると、如月さんが更に距離を詰めてくる。


「オタク!!」

「は、はい!?」

「オタクは何でそんなにビクビクしてんの?」

「え? ビクビクしてる?」


 僕が尋ねると、如月さんは頷く。


「うん。ライトノベル? の事を話してるときはあんなにイキイキしてるのに。あたしと話すとすぐにな~んかビクビクして、何、あたしってそんなに怖い?」

「うん」

「いや、頷くなし!! ていうか、あたしは怖くないから!!」


 そう言いながら、如月さんは自分自身を指差す。


「だって、あたしはオタクの事が知りたくてここに来てるんだよ? なのに、それでうわ、キモとか言うと思ったとか?」

「うん……だって、ギャルってそういうものだし」

「うわっ、偏見!! とんでもない偏見だわ!! それは!!」


 額に手を当て、ショックを受けるかのような素振りを見せる如月さん。

 へ、偏見かな? すると、如月さんはムスっとした表情で僕の顔を見る。


「オタク!!」

「は、はい!?」

「あたしは怖くない!!」

「え?」

「あたしはオタクの事、知りたい。オタクがどんなものが好きでとか、普段はどういう事をしてるのかとか。そういうちょっとした事でも何でも良いから、知りたいって思ってる」


 若干の苛立ち混じりの強い口調だけれど、その声は何処か優しさを持っているような気がした。

 僕は黙って聞き入ってしまう。


「だから、そうやってビクビクされるとこっちが悪い事してる気分になるじゃん。あたしはただ、オタクの事、知りたいだけなのにさ」

「……ごめん」

「だから、一歩ずつ、始めよ」

「え?」

「まずはあたしを名前で呼ぶ所から!! そうすりゃ、多少は親近感ってのは湧くでしょ?」


 ……そっか。

 僕はそこで気付く。如月さんは僕に歩み寄ろうとしてくれているんだ。

 嘘から始まった恋人関係なのに。僕を知ろうとしてくれてる。

 今までそんな人は居なかった。でも、それって、もしかして。


 僕が知ろうとしなかったから、なのかな。


 勝手にギャルはこういうものだって偏見を自分で植え付けて、その型枠の中に押し込めた。


 如月さんもギャルだから、どうせそうだって。

 ……それって凄く、失礼な事なんじゃないかな。

 こんなにも歩み寄ろうとしてくれるのに。


 僕はぎゅっと拳を握る。言わなくちゃ……。だったら、ちゃんと。


 如月さ――ルナさんの目を見て。


「る、ルナさん」

「……さん? え~……そこは呼び捨てじゃないの?」

「よ、呼び捨て? る、ルナ!!」

「っ!? ふ、ふーん……ま、まぁ……悪くない、かも……」


 僕がルナ、って呼ぶと、ルナさんが顔を赤らめる。


 ? どうして、顔を紅くするんだろう。


 僕とは違って呼ばれ慣れていると思うのに。


「じゃあ、僕はこれからルナさんって呼ぶよ」

「え? 結局、さん付けなんだ……」

「え? あ、うん。よ、呼び捨てはもう少し時間が欲しいかな」

「まぁ、いいよ。オタクなりに頑張ったんだもん。それで、オタク。あたしでも読めそうな本、無い?」


 ふふん、と胸を張るルナさん。

 ルナさんに読みやすいライトノベルを選ぶか。難しいな。


「ルナさんって普段は本って読む?」

「読まない。因みにあたしは国語の教科書も無理!!」

「……それじゃ、ライトノベルは難しいと思うけど」

「そ、そこはオタクが教えてくれたと思って頑張るから!!」


 頑張るか。

 だったら、それを信じてみよう。だとすると、あんまり内容が複雑じゃない奴が良いね。

 それだけじゃなくて、読みやすいといわれる方のモノで。

 女の子でも読みやすい……。う~ん。やっぱり、活字が読めないのは致命的。

 僕は考える。


「……難しいな、やっぱり」

「そ、そうなの?」

「うん。本を読むって結構エネルギーを使うから、慣れてないと結構難しいんだ。だからさ、ルナさん。漫画はどうかな?」

「おぉ!! オタク、頭良い!!」

「ライトノベルって良くコミカライズって言って、漫画にもなっていたりするんだ。そういうのは活字が読みなれてないルナさんでも読めると思う。えっと……こっちに来て」

「あ……」


 漫画コーナーは確かこっちに。

 僕はルナさんの手を取り、連れて行く。

 客層が似ているから、ライトノベルコーナーと漫画コーナーは近い。

 僕はルナさんの手を取ったまま、棚を眺める。


「……えっと、僕が読んでる奴は」

「お、オタク?」

「何? 今、探してて……」

「て、手……い、いつまで握ってるのかなって……」

「……え?」


 と、僕はそこで気付く。右手に柔らかくて暖かい感触がある事に。

 僕はすぐに手を離す。


「ご、ごめん!! む、夢中になって……本当にごめん!!」

「う、ううん。べ、別に……い、いきなりだったから、ビックリしただけ……」

「そ、そっか。本当にごめんね」

「い、良いから!! そ、それよりもほら、漫画探そ?」

「うん」


 僕は漫画を探すけれど、どうやら入荷されていないらしい。

 

「う~ん、何処を見ても無いね」

「そっか。それは残念」

「……良かったら貸そうか?」

「え!? 良いの!?」


 買う事が出来ないなら、僕が読んでいる本を貸せば良いか。

 今になってそれを思い出す。どうやら、僕も結構、混乱してるみたいだ。

 こう、新しい事の体験で。

 僕の提案を聞き、ルナさんは笑顔を浮かべる。


「うん!! 何か本の貸し借りって恋人っぽいし良いかも!! それにオタクの好きなものだって知れるんだし!! 一石二鳥ってやつ?」

「うん、そうだと思う。じゃあ、明日、学校で渡す?」

「うん、それで良いよ!! うわあ、オタク、ありがと」

「そ、そんなに喜ばれると思ってなかったけど、うん……」


 キラキラの笑顔を浮かべるルナさん。

 何というか、自分に正直っていうか、素直なのかな。

 

 話も決まったし、後は僕が本を買うだけ。


「じゃあ、僕は本を買ってくるよ」

「あたしも付き添う!! あ、それからさ、オタク」

「何?」

「次はあたしの好きな所に付き合ってよ。お互いの事、知るって事でさ。どう?」


 ニコっと笑顔のまま尋ねて来るルナさん。

 ……それを断る理由は無い。僕は小さく頷いた。


「う、うん。僕もルナさんの事、知りたい」

「……っ!? い、今のは反則……」

「る、ルナさん? だ、大丈夫!? いきなり、口元抑えて」

「だ、大丈夫だから!! ほら、行くよ、オタク!!」

「ちょ、ちょっと引っ張らないでって!!」


 何だかルナさんの耳まで真っ赤だったけれど、多分、気のせい、だよね? 

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