第4話 オタク、ギャルを知る

「ウェエエエエイ!! オタク、盛り上がってるぅ~!!」

「う、ウェエエイ」

「声、ちっさ!!」


 本屋を後にした僕たちが次にやってきた場所。それはカラオケボックスだった。

 僕は初めて来た。こういう場所には殆ど近付かなかったし、行く理由も特に無かったから。

 しかし、僕の目の前に居るルナさんはマイクを片手、声を張り上げる。


「やっぱ、一日嫌な事があったら、歌うに限る!! そう思わない!?」

「それがルナさんのストレス発散法?」

「まぁ、そんな感じ!!」


 マイクの声でルナさんが言うせいで、部屋全体にルナさんの声が響き渡る。


 ちょっと、うるさい。


 しかし、ここまで声が響くんだ、カラオケって。

 それに少し耳を済ませると、他の部屋の歌声も聞こえてくる。

 何か、自分の歌が他人に聴かれるのって、僕だったら死にたくなるんだけど。

 

 きっと、カラオケに来る人たちは平気なんだろうな。


「オタクはカラオケ始めて?」

「うん」

「えぇ……ねぇ、オタクって何を楽しみに生きてるの?」

「漫画とかゲームとか……」

「あ~そっかそっか。オタクだもんね」


 やれやれといった様子で肩を竦めるルナさん。

 しかし、ルナさんは目を輝かせて、僕を見た。


「でも、今日でオタクにカラオケの素晴らしさっていうのを教えてあげるよ!! 良いもんだよ、カラオケって」

「る、ルナさんは恥ずかしくないの? 人前で歌うのって」

「慣れだよ、慣れ。それにここで聞いてるのはオタクだけっしょ? なら、余裕よ!!」


 ふふん、と少々自慢げなルナさん。

 流石、カラオケマスター。

 このお店に入るときも凄くスムーズだったし、行き慣れてる雰囲気があった。

 すると、ルナさんは手元にある機械を操作して、曲を選ぶ。


 あ、これで曲を選べるんだ。


 検索は、コレか。あ、最新アニメの主題歌もある。


 すると、曲が流れ始めた。それは僕も良く知っているバンドグループの曲だ。


「あ、コレ知ってる」

「ふふ、オタクでも知ってそうな曲にしたからね。一緒に歌う!? ほら、マイクあるよ」

「う、ううん。も、もう少し後にしとくよ。今はルナさんが歌って?」

「任せて!!」


 その声のすぐ後にルナさんが歌い始めるのだが――。


 何ていうか、下手。


 音程は外れているし、リズム感もあんまり無い。こう言ってはいけないけれど、人に聞かせて良いものじゃない気がする。

 でも、ルナさんはとても楽しそうに歌っている。本当に、笑顔のままで。

 僕はそんなルナさんの様子をじーっと見つめていると、ルナさんと目が合う。


「……あ、ご、ごめん」


 僕が思わず視線を逸らす。

 それでも、ルナさんは特に気にした様子もなく、歌い上げ、声を上げる。


「ふふ、どうよ。オタク!! 私の美声に見蕩れちゃった?」

「……うん。凄く楽しそうだった。ルナさんって本当にカラオケが好きなんだね」

「そうだよ。皆で騒げるし、大声を出すってストレス発散にもなるしね。オタク、次、歌う?」

「も、もう少し……」

「しょうがないなぁ~。じゃあ、もっと私の歌声を聴いてね!!」


 そう言いながら、ボクはルナさんのソロコンサートを見つめる。

 本当に色んな曲を歌うな。

 バラードにJPOP、英語の曲に、童謡まで。本当に何でも歌うけど、やっぱり下手だ。


 でも、全部、本当に楽しそう。


 ルナさんはあんなにも楽しそうに笑うんだ。


 何だか少しだけ違うルナさんを見れて、嬉しく思う自分が居る。

 何ていうか、学校でのイメージのルナさんはやっぱり、怖いっていうのが一番最初に来ていた。

 怖くて、近寄り難くて、雲の上のような、住む世界が違う人。

 でも、不思議な縁で今、僕と同じ空間に居て、笑ってる。それが何だか不思議でならない。


「……ふぅ、どうよ!! オタク!!」

「すごい汗だよ、ルナさん」

「そ、そりゃね。ぶっ通しで歌えばこうなるよ……ちょ、ちょっときゅうけ~い」


 そう言いながら、ルナさんはソファーに座り、ドリンクを飲む。

 歌か。僕は機械に触れ、曲を探す。


……ルナさんが休憩の間、僕も一曲くらい歌おうかな。


「お? オタクも歌うの?」

「う、うん。ルナさんが一歩からでも始めたらって言ったから。ルナさんを知る為にも、一曲、歌ってみる。た、多分、知らない曲だから、つまらないと思うけど……」

「大丈夫。ちゃんと見てるし、聞いてるから」


 ニコっと優しく笑うルナさんに僕は一瞬、たしろぐ。

 今、何だかルナさんが凄く可愛く見えた。それこそ、僕の愛する二次元キャラのように。

 うぅ、失敗したら……ううん、そんな事考えるな。


 ルナさんは絶対に笑ったりしない。


 僕が歌う曲が流れ始める。うん、知ってる曲。聞いた事ある曲。


 僕なら、歌える曲。僕は意を決して歌い始める。


「……え?」


 精一杯、出来る限りの僕の全力で歌い上げる。

 ……出来るだけ、ルナさんを見ないように。


「え、ヤバ……オタクってこんな歌、上手いの」


 僕は歌いきった。うぅ、何だろう、お腹がキリキリしてきた。

 それにルナさんの方を見れない。でも、ルナさんは立ち上がり、僕の手を取った。


「オタク!! すっごい上手じゃん!! プロかと思った!!」

「え? そ、そう?」

「うん!! それでカラオケ行った事ないの!? 勿体無いって!! 何かやってたりするの?」

「いや、全然……」


 興奮した様子で言うルナさんに僕は戸惑う。

 そ、そんなにも上手だったのかな? でも、ルナさんは嘘を吐かないだろうし、多分、本当の事なんだろう。

 ルナさんは僕の手を離してから、マイクを手に取る。


「じゃあ、次はオタク、二人で歌おうよ!! 二人で歌うのも楽しいよ!!」

「え……い、良いの?」

「勿論!! ほら、歌うよ。曲、何が良いかな?」


 ニコニコと嬉しそうに、それでいて楽しそうに曲目を見せてくれるルナさん。

 上手く言葉には出来ないけれど、今、僕は凄く楽しいって思えてる。

 普段、一人でゲームや漫画を楽しんでいるのとはまた全然違う楽しさを感じてる。


 ああ、そっか。


 多分、僕がずっと欲しかったのは、こういう時間なんだ。


「…………」

「オタク? 何で泣いてるの?」

「え……あ、アレ?」


 ルナさんに指摘されるまで分からなかった。

 僕の瞳から少しだけ涙が零れているのを。これはきっと嬉し涙だ。

 僕は鼻を啜りながら、それを拭う。


「ご、ごめん。いきなり、意味分からないよね。こ、こんなに楽しい時間って初めてだったから……」

「オタク……何言ってるの!!」

「え?」

「楽しい時間はこれからもいっぱいあるのに、こんな事で泣いてたらダメだよ」


 そう言いながら、ルナさんは僕の背中を叩く。

 まるで僕に勇気をくれるように。


「あたしが一緒に居るんだから!! オタクはもっともっと楽しい事を知るんだよ!! にひひ、良かったね。あたしが彼女で」

「……偽物だけどね」

「……そうかもしれないけど!! 彼女には変わりないじゃん!!」

「うん……そうだと思う」

「そうだって。ほらほら、オタク。早く二人で歌おうよ」

「う、うん」


 それから僕とルナさんは時間いっぱいまでデュエットをした。

 感想を言うのなら、ただただ、楽しかった。








「ん、んぅ~……はぁ、楽しかったぁ~」


 カラオケを出てから、僕たちは帰り道を歩いていた。

 既に外は夕暮れ。僕は一応、危ないからとルナさんを駅まで送ろうと思っている。


「オタクも楽しかった?」

「……うん。凄く楽しかった」

「にひひ、それは良かった」


 僕の少し前を歩きながら、笑顔を向けるルナさん。

 本当に今日は楽しかった。多分、人生で一番楽しかったと思う。

 

 それくらいに充実した一日だった。

 それからすぐに僕達は駅に辿り着く。

 僕はこの駅が最寄り駅である為、乗る必要はないけれど、ルナさんはここから数駅先に家があるらしい。


 ルナさんは改札を抜ける前に、僕の方を向く。


「あ、そうだ。オタク。スマホ持ってる?」

「え? う、うん」

「連絡先、交換しよ。RINE使えるでしょ?」

「……えっと、インストールしてない」

「え? マジ!?」


 ルナさんは僕へと近づき、スマホを覗き込む。

 その画面を見て、目を丸くした。


「ホントじゃん!! オタク、ぼっち極めすぎだって」

「ご、ごめん。す、すぐにインストールするね」


 僕はアプリサイトからRINEをインストールし、開く。

 誰も居ない『友だち』。それをルナさんに見せる。


「ルナさん、これ、どう使うの?」

「もう。ちょっと待ってね。これをこうして……ほら、出来た。これ、あたし」


 そう言いながら、僕の画面に映っているのは『ルナ』と書かれた連絡先。

 それからルナさんがキーホルダーの付いた可愛らしいスマホの画面を僕に見せてくる。

 

 そこには『オタク』と書かれた連絡先があった。


 それからルナさんは何も言わずに改札を抜け、立ち止まる。


 ポーン、という小気味良い音が響き、僕はスマホを見た。


『どう? 届いてるっしょ?』


 僕はルナさんを見ると、ルナさんは笑顔を向けている。


『オタク、今日はすっごく楽しかった♡また、デートしようね♡大好き♡』

「っ!? え、えええッ!? る、ルナさん!?」


 僕が戸惑っていると、改札の向こうでルナさんがニコっと優しく笑った。

 何だか、顔が紅い気がするけれど……多分、夕暮れの光だと思う。


 それからルナさんは手を振る。


『じゃあね、オタク。また明日』


 そんなメッセージが飛んできた。

 僕はすぐに返事を返す。


『また、明日。僕も楽しかった。また、デートしたいです』


 僕の返事を読んだのか、ルナさんは笑顔を見せてから、電車の乗り場へと消えていく。

 僕はその姿が見えなくなるまで見送って、呟いた。


「……何か不思議な一日だったな」


 今でもこれが夢だと思っても何ら疑わない。それくらい、自分には考えられない一日だった。


 でも……凄く楽しかったな。


「帰ろう」


 僕はスマホをポケットに押し込んで、踵を返し、夕暮れに照らされる道を進んだ――。

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