エピローグ

エピローグ 旅立ち (本編完結)

 大半の兵を失ったスタニスラフはユーハイム同盟の軍門に降り、奏多が示した和平案を受諾した。

 この大陸は元々スタニスラフ、エピオーネ、ジロデ公国、ユーハイム公国の四大国による分割統治がなされていた。しかし現在はユーハイム公国が他の三国を降してすべての国を従える形となっている。

 それでもユーハイム公国は驕ることなく、三国を対等の関係とみなして四大国同盟を成立させた。これにより大陸民は戦禍をこうむらずに済むようになったのである。


 今はユーハイム公国のへいたんを担っていた天才女性商人コーラル、ジロデ公国の兵站を担っていたショーカことユリウスクラフト、エピオーネのちょう隊隊長カスパーに囲まれていた。


「大陸の統一を果たした今、軍師殿の願いはなんですか」

 コーラルが問いかけてきた。

「とりあえず、習いたい者に兵法を教えて、平和を確立すること、かな。それも半ばは達成しているから、もう目指すものはないのかもしれないな」

「では、もし元の世界へ戻れるとしたら、もうこの世界に未練はないのでしょうか」

 カスパーの言葉は統一を達成してからこれまで考え続けていたことだ。


「そうだな。今なら帰ってもいいかもしれない。エルフィン、ショーカ、カスパーには兵法を教えたし実際の戦い方も見せた。君たちがスタニスラフの人間に兵法を教えればいいわけだけど。まあスタニスラフは張良ゆかりの地らしいから、半分くらいは修めているはずだ。であれば、今は帰れるかもしれないな」

「それでしたら、私を軍師殿の世界に連れて行っていただけませんか。軍師殿の話からは、それ以外の兵法も豊富にあるらしいですよね。それを知りたいのですが」

 カスパーが提案してきた。ただ問題もある。


「そもそも帰り方がわからないんだ。魔法でこちらに来たのなら、魔法で帰れる道理なんだけど、そういう魔法があるでもない。自然現象の一種であれば、いつ眼の前に現れるかもわからない。つまり、僕はあちらの世界で生まれてこちらの世界で死ぬ運命なのかもしれない。こちらに兵法を伝えればお役御免であちらの世界へ帰れるのかもしれない。なにがどうなるのかさっぱりわからないんだ」


◇◇◇


 コーラル、ショーカ、カスパーとの対談を終えた奏多はデュバルを伴い、大陸の中心に建てられる石造りの要塞を視察するために、駿馬を走らせた。


 本当にわからないことが多すぎる。

 そもそも世界があちらとこちらのふたつしかないのか。三つも四つも、それ以上もあるのか。そして移動方法もわからない。


 たしかこの世界に来たのは、空間に歪みが見えてそこに踏み込んだから。

 であれば帰り方も同じかもしれない。

 どこかの空間に歪みが生じる可能性がある。


 しかし問題もある。誰もが歪みを見られるわけではないことだ。

 級友と一緒にいながら、彼に歪みは見えなかったようだ。

 見える者と見えない者が存在するのだろうか。

 だとすれば、見える者にしか世界を渡れないのかもしれない。


 もし空間の歪みが見えたとして、俺はこことは別の世界に行くことを望むのだろうか。

 この世界では英傑のひとりと認識されているが、それを無条件に受け入れられるほど神経が図太いわけでもなかった。

 いつこの世界に嫌気が差すかわからない。そのときに、元の世界へ帰れる保証はどこにもない。


 また元の世界に戻れたとして、そこで平凡な人生を終えることを望むのだろうか。

 こちらの世界での成果はいっさい評価されず、サラリーマンとして商社にでも入って海外赴任をして栄達する。そんな人生が求めるものなのか。

 それならいっそ起業して兵法の知識で成り上がる、くらいの覚悟も必要かもしれない。

 それがこの世界で兵法を実践できた収穫かもしれない。

 神が存在するのなら、それこそが神の思し召しなのかもしれない。


◇◇◇


 要塞建設現場に到着すると、奏多とデュバルは馬を下りて繋ぎ場へ連れていく。そしてひととおり建設現場を見てまわった。

 さすが石造りだけあり、ひじょうに堅固な要塞になっている。

 ここは同盟の議長国が座して各国を調整していくコントロールタワーとなる。


 要塞を出て、繋ぎ場へと戻るとき、ついに見えてしまった。


 空間の歪みだ。


 なにかがプリズムのようになっているようで、向こう側は歪曲して見える。


「デュバル、俺の眼の前にあるものが見えるか」

 後ろを歩いていたデュバルへ問いかけた。すると奏多の前に出てくる。そこには空間の歪みがあった。

「デュバル、危ない」

 と慌てたものの、デュバルが消えてしまうことはなかった。つまり異世界へ行かなかったのだ。


「カナタの眼の前になにかあるのか」

 明らかにとぼけたようなセリフだが、実際デュバルには見えていないのだろう。

 ということは、この空間の歪みはくぐり抜ける資格のある者にしか見えないということになる。


 ついにこのときがやってきた。


 今回を逃すと二度と元の世界へは帰れないかもしれない。

 しかし、この世界を捨ててまで戻るほどの世界だっただろうか。


 スマートフォンが恋しい。パソコンが恋しい。テレビも恋しい。食事も恋しい。

 どれをとっても懐かしいものであふれている。

 しかしそれらはこの世界で見たような感動を味わえるのだろうか。

 久しぶりにラーメンが食べたいと思っていても、いざラーメンを眼の前にすると、それほど感動しないのかもしれない。


 戻るべきか。とどまるべきか。


 これからも空間の歪みが現れ続ける保証があれば、異世界を渡り歩くのも悪くないだろう。

 しかしもう帰ってこられない場合、本当にこことは異なった世界へ行ってもよいのか。


「カナタ、もしかしてお前の前に例の空間の歪みが現れているのか」

「あ、ああ、そうだ。おそらくこれに入れば元の世界に戻れるはず。だが再びこの世界に帰ってこられる保証はない」

「いっそ帰ってみるか。そしてまた空間の歪みが発生したら、そのときはまた戻ってくればいい。そもそもお前はあちら側の人間だ。あちらで生まれた以上、あちらで死ぬべきだ、と俺は思う」


「もし帰ってこられなかったらどうなるんだ。この世界も平和になったが、いつまでも平和を維持できるとは限らないが」

「それはこちら側の人間に委ねるんだな。元々こちら側の人間がどうにかするべきだったんだ。それをカナタに頼ってしまった。俺たちの水準はカナタに遠く及ばない。それはカナタにとっては無双感を味わえるものだったかもしれないが、こちら側の人間はカナタに頼り切りになってしまった。これは本来恥ずべきことなんだ」


「わかった。僕はこの空間の歪みに入ろう。そうして元の世界に帰れるのか、帰れずにこの地にとどまることになるのか。まったく別の世界へ旅立つことになるのか。どうなるかわからないが、この空間の歪みが発生した以上、俺は入るべきなのだろう」


 奏多は眼の前のデュバルと握手すると、懐からボールペン、シャーペン、消しゴミ、生徒手帳、校章、ハンカチ、鍵を取り外したアクリルキーホルダーを取り出した。


「僕がこの世界を去ったら、これを皆で分けてくれ。長い間、護衛を務めてもらって助かったよ。また機会があれば会うこともあるだろう。それまで達者でね」

「カナタもな。お前が戻ってくる頃には、きっと大陸だけでなく、世界中がひとつになって平和な世が築かれているかもしれないな。それを楽しみにしていてくれ。俺たちもそのつもりで努力を重ねるつもりだ」


「それじゃあ、デュバル。ハイブ公爵、エルフィン殿、ショーカ殿、コーラルさん、カスパーさん。その他、僕に関わったすべての人に、ありがとう、と伝えておいてくれ。じゃあ行くよ」


 一度目を閉じ、深呼吸をした。

 奏多は眼の前で歪んでいる空間に足を踏み出した。




─了─




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兵法マニアの男子高校生が異世界転移で即軍師採用!〜大きくも弱い国家を覇者に押し立てるぞ! カイ.智水 @sstmix

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