第50話 スタニスラフと大陸統一 (第十二章完)

 兵の大半を火攻めと水攻めで失ったスタニスラフ軍は散り散りとなって逃げていった。

 洪水によって本国へと帰還できなくなった兵はユーハイム同盟軍に相次いで捕まり、スタニスラフにはほとんど兵が残っていない状況だ。


「軍師殿、まさに完勝でしたな。味方に死者を出さず、スタニスラフ軍を一方的に叩きのめした。これでやつらも再起するのに相当な時間を要するだろう」

「エルフィン殿、捕まえたスタニスラフ兵の中で上級の者を連れてこさせるように。スタニスラフに降伏勧告を伝えさせます」


「降伏勧告ですと。うーん、スタニスラフが受け入れますかね」

 兵数が乏しくなれば、いかな強国といえども受け入れるしかない。

「こちらで捕らえた兵の帰還を交換条件にする。そのためにも何名捕らえたのかを数えておいてくれ」

「せっかく捕まえたのに返してしまうんですか。捕虜として囲っておけば、なにかと牽制するのに役立つでしょうに」

 ショーカの疑問からすると、この世界ではそういう認識なのだろう。


「いや、それではスタニスラフが敵対したままになってしまう。俺の案だが、われわれの一員になることを受け入れさせて和睦する」

「しかし、これまでスタニスラフに殺された兵の親族が黙っていないでしょう。少なくともわがエピオーネにとっては不倶戴天の敵なのですが」

 カスパーがエピオーネの立場を述べた。


「戦争がなくなることと、殺された兵の親族が仇を討つことを対等とはみなせないな。とにかく終戦条約を結んで戦争を根絶する。そのうえで犠牲者の損害を償わせればよい。今こちらから戦争放棄を唱えなければ、いつまで経っても大陸は統一できない」


「ですが、スタニスラフが受け入れますかね。中小国の兵も多数参加していたはずだから、仮にスタニスラフが受け入れてもそういった国々が満足しないと思うのですが」

「カスパーさんに中小諸侯の切り崩しをしてもらった成果がここで現れる。もしスタニスラフに和睦を申し込んで拒否されたら、諸侯がスタニスラフを見限ってわれらにつくだろう。スタニスラフを丸裸にできる好機だぞ」


「そのために、私は中小国をまわっていたのですね」

「カスパーさんに真実を伝えてしまうと、中小国は足元を見てくる可能性がある。あくまでもスタニスラフとの離間を働きかけたからこそ、彼らは敗北した国に従属する必要性がなくなるのだ。その諸侯の流れを見れば、いかにスタニスラフが強かろうと和睦に応じざるをえない」

 スタニスラフ軍の捕虜を見繕っていたエルフィンが戻ってきた。


「本当に講和はなるのですかな、軍師殿」

「こちらから提案して蹴られるとも思えない。もし和睦がならなければ、その責任を問うてスタニスラフを撃滅する戦に挑めばよい。今彼らには自由に動かせる兵などごく少数なのだから」


「まあ戦がなくなれば、兵法は存在する意味がなくなりますよね。われらが兵法を学んだのも無意味になってしまいそうですが」

 ショーカは兵法に疑問を持ったようだ。兵法の兵は「いくさ」である。

 戦での法則をまとめたのが兵法である以上、戦がなくなったら用済みだと思うのだろう。


「いや、大陸の平和を求めるなら、四大国いずれもが兵法に通じるべきだ。もし一国でも兵法がなければ、今回の戦のように弱い者いじめをして結局最強の国しか残らず、後は地図から消えている可能性すらあるのだ」

「ということは、スタニスラフにも兵法を伝えるのですか」

「もちろん」

 奏多は即答した。迷いはいっさいない。


「われらがめざすは大陸の統一であり、戦乱をなくすことにある。今、最強のスタニスラフが弱っているのだから、この機を逸せずに取り込んでしまう。そして四大国が並立してまとまれば平和は長続きする。四大国がそれぞれを牽制すれば、それだけで戦自体は減っていくだろう。一度平和が訪れれば、和を乱す国は大陸の民から反発を買うことになる。つまり大陸の敵と認定されるわけだ。四大国が並立するには、スタニスラフにも兵法を教えなければならないのだ」


「それが大陸の平和につながるというのであれば、致し方ない、か」

「平和になればわれら後方支援もその必要度が下がりますね。商隊でも編成して貿易に精を出そうかな」

 エルフィンとショーカは納得したようだ。

「エピオーネとしては王の意向を確認しなければなりません」

 カスパーの口ぶりは鋭い。


「少なくともどの国の覇権も認めるつもりはない。どうしても盟主が必要なのであれば、同盟軍の盟主たるユーハイム公国以外にないだろう。ジロデ公国やエピオーネに隣接する中小国は軒並みユーハイム公国を支持している。そしてカスパーさんにスタニスラフへ従っていた中小国を切り離させた。それらもおそらくユーハイム同盟に属することになる。だからどうしても盟主が欲しいのならユーハイム公国が覇権を握る。しかしそれは形式的なもので、会議の議長のようなものだ。何年かおきに盟主を変えていけば鬱憤もたまらないだろう」


「盟主を変えていく、ですか。国際会議の議長をどの国が務めるのか。それだけの存在であれば、中小国も反感は覚えないでしょうね」

 カスパーもどうやら納得してくれたようだ。


 これで大陸の平和に向けた器が示された。あとはこれを完成させて水をたたえるように持っていけばいい。


 生き残ったスタニスラフの中隊長に講和の条件を伝えると、奏多はためらいもなく送り出した。

 返事がよければ捕らえたスタニスラフ兵は全員帰国させるつもりだ。

 そして、スタニスラフはこの講和を逃すはずがないと見ていた。

 少なくともスタニスラフにも軍師がいたようだからだ。

 道理に通じた者がいないはずもない。必ずこちらの意図を見抜く者が現れるはずだ。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る