第49話 スタニスラフと火を消すもの
河の中洲に建てられた木造要塞にスタニスラフ軍が取り付いたのを見た奏多は、カスパーに語りかけた。
「今から火炎魔術師を全員集めてほしい。それまで全軍はこの場で待機」
エピオーネの火炎魔術師を集めている間、スタニスラフ兵が木造要塞に次々と乗り込んでいく。橋頭堡を確保しようというのだ。
しかし、それはあまりにも弱々しい要塞である。
エピオーネの火炎魔術師を集め終えたカスパーが報告に来た。
「全員を集めました。どのような役目を与えられるのでしょうか」
赤い魔術師のローブをまとった一団が背後に見える。
「今から木造要塞を消し炭になるまで徹底的に燃やしてもらいたい。スタニスラフにあえて占領させたのは、この意図があったからだ」
命令を受け取ったカスパーは、火炎魔術師に指示を出した。
その様子を見ていたショーカは感心すること頻りだ。
「そこまで織り込んでいたのですね。なぜ要塞が木造なのか疑問だったんです。建てるのに時間がかからないから、とは考えていたのですが。まさかスタニスラフに奪わせて焼き討ちするためだったとは」
「焼き討ち自体はすぐに効果が出るからな。焼き討ちしたところで河の中洲だから消火する水はある。だが火炎魔術師なら要塞が燃えても消せないだけの火力は出せるだろうし、焼かれた兵が飛び込む水くらいは先ほどの水氷魔法で供給はされている」
「つまり、雷電魔法を封じるための水氷魔法だったけど、焼かれた兵たちの命をつなぐ意図もあったわけですか」
「そういうことだ。河の流域に水たまりを作れば、そこに兵が集まるのは道理だ。そのための伏線も兼ねて、あえて水たまりを作った。そこまでの計略ならちょっと頭がまわれば想像がつく。ただ、本当の計略はまだ始まってもいない。これからだ」
「本当の計略、ですか」
まだまだショーカにはわからないことだらけのようだ。
「木造要塞という策自体は、俺の世界で中国三国時代の名軍師・ホウ統が編み出した連環の計を応用したまでだよ。そちらは木造船を鎖でつないで水上要塞を築かせて、そこに焼き討ちをかけたんだ」
「まさに今回の策そのものですな」
「まあ連環の計自体は別のものを指すという評価もあるんだがな。今回は木造要塞をこちらで用意して、相手に奪わせているから、本物から手を加えてはいる」
ショーカに説明をしている間にカスパーが火炎魔術師に攻撃目標を伝え終えていた。
「カスパー、命令を徹底するように。火炎魔術師全員であの木造要塞を消し炭になるまで焼き払ってくれ。スタニスラフ兵もろともな」
「かしこまりました」
その命令はただちに実行された。
「火炎魔術師たち。目標、木造要塞。消し炭になるまで徹底的に焼き尽くすぞ。魔法、放て」
炎の矢や炎の球、炎の壁といった火炎魔法が次々と発動して木造要塞を焼いていく。材質が木だからか、火の手は一気にまわっていく。火矢でも同じことはできるが、火力が弱いのと矢を消耗するという欠点があるため、今回は火炎魔術師にまかせた。
体に火がつき、急いで細くなった河や水たまりをめがけて兵たちが走り出している。
奥の司令部まで入り込んだ将兵はおそらく逃げ出すことすらできないだろう。
火勢はどんどん強まり、黒い煙が上空高く立ち上っていく。
その間にも焼かれた兵が次々と外へ飛び出し、水を求めて狂奔している。
直接戦うことなく、スタニスラフ兵が倒されていくさまを見て、ユーハイム同盟軍の兵たちは度肝を抜かれたようだ。
「どうやら計略は成功したようですね、軍師殿」
「これは合図にすぎないんだよ、ショーカ殿」
「それはどういうことですか」
「合図は伝わったはずだから、それが始まるまでは高みの見物だ」
「始まらなかったら」
「その場合は、火炎魔法でなぎ倒し続ければいい」
するとどこか遠くからなにかが破壊されたような大きな音が轟いた。そしてゴーッという音が鳴り響き、それは次第に大きくなっていく。
「始まったようだな。終わりの始まりが」
「この音はいったいなんだ」
エルフィンが疑問に思ったようだ。
「さて、なにかな。おそらく木造要塞から脱出した兵たちが最も欲しがるものかもしれないが」
「最も欲しがるもの。それはなんだろうか、軍師殿」
「水だよ、エルフィン殿」
その言葉が掻き消えるような轟音を伴って河の水かさが一気に増した。それは燃え盛る木造要塞をもやすやすと飲み込んでいく。
「河の水が、こんなにも大量に湧くなんて。われらの水氷魔法ですらこれほどの量の水は生み出せませんぞ」
「木造要塞を建設する際、河の上流を堰き止めて水を安定供給するための水路を造っただろう。その堰き止めていたものを破壊したまでさ」
「堰き止めていたものを破壊、ですって」
カスパーも驚きを隠せない。
火攻めの次が水攻め。しかもこれほど大規模な作戦が立て続けに起きているのだ。驚かないほうが不自然かもしれない。
「木造要塞が燃え上がったら堰を切るように指示を出しておいたんだよ」
「ということは、この洪水すらも計略の一部だったのですか」
「そういうことだ、カスパーさん。よし、河から逃げ延びたスタニスラフ兵を捕縛してまわるぞ。ユーハイム同盟軍、出陣だ。目標は増水した河から逃れたスタニスラフ兵」
「はっ」とエルフィン、ショーカ、カスパーが応じた。
それぞれの軍に河の流域には近寄らないよう注意させて、命からがら逃げ延びたスタニスラフ兵を次々と捕らえさせていく。
剣や矛を交えることなく戦況は決した。
すでにスタニスラフ軍は大敗を喫し、わずかな生存者のうちユーハイム同盟側に逃れた者は捕縛され、スタニスラフ側に逃れたものだけが呆然と河を見ていた。
ユーハイム同盟軍は魔法を最大限活かして武器による死者を出すことなく、スタニスラフ軍を壊滅させた。
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